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2016-02-27(Sat)

『映像の世紀』第1集「20世紀の幕開け」/大戦の序章

1995年 日本
001_(15)_20160225020820716.jpg 『映像の世紀』シリーズは、戦後50周年とNHKの放送開始70周年の記念番組として1995年から、アメリカとの共同取材により、制作されたNHKの歴史ドキュメンタリー作品です。古い映像を切り貼りして編集したものといえば簡単に思えますが、通信技術も進んでいなかった当時、世界中から情報と記録映像を収集しそれを編集して5年以上かけて制作されたそうです。シリーズは11集まであり、教科書でも見たことないものも多く、その労力は相当なものだったと思われます。映像は、ナレーションとともに続き、淡々と社会の様子を映し出します。過去の映像は多くありますが、それだけを見てもそれは単に「映像」でしかありません。ですが、この作品の特徴は、その中にいる、たった一人の声を伝えているところでしょう。これは、ナレーターとは別の人が朗読します。この第1集は映写機が使われるようになった1890年後半の、世界が比較的平和だった頃の街の様子や、トルストイやルノワール、ライト兄弟といった、多くの著名人も登場します。子供のころに見た児童書の伝記の中の人物が、現実に動いているのが目に飛び込んでくるため、改めて、彼らも20世紀の人だったことに気が付かされました。中でも、一番印象的だったのは、踊り子ダンカンの手記です。皇帝のもとへ行く道中で彼女が遭遇した、棺の行列の様子は、その映像はありませんが、まるで自分もそれを目撃しているようでもあるかのように、その情景をリアルに想像させます。これは、第一次世界大戦の序章ともいえるものでした。皇帝一家(ロマノフ家)のその後の運命は、歴史に残る悲劇として刻まれた事を知る人も多いでしょう。悲しみや怒りといった製作側の誇張はなく、視聴者は、過去の人の声に共感、あるいは反発するのです。第一次世界大戦の映像は次の2集からですが、この1集だけでも、たった100年と少し前、現在の世界の礎を築いてきた無数の先人たちが、塵のように消えていったことに、改めて思いを馳せるのです。


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左)クロード・モネ/画家(1840年11月14日 - 1926年12月5日)/ 右)オーギュスト・ルノワール/画家(1841年2月25日 - 1919年12月3日)

初めて映像化された戦争が第二次ボーア戦争(1899年10月~1902年5月)。ダイヤモンドと金の鉱脈が発見され、その利権の為に始まった。
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イギリスが勝利しアフリカを植民地に。終戦後、ボーア人は農地と農家が焼き払われ強制収容所に入れられた。収容所では2万人が死亡したとされる。イギリスは後に国際的な批判を浴びた。右は戦時中、現地に新聞特派員として現地に赴いていた若き日のチャーチル。彼は、「どんな戦争といえども容易なものはない。一度戦争に身を委ねた政治家は、制御しがたい戦いの奴隷となる。」と発言している。

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20世紀の幕開け、1901年1月にイギリスのヴィクトリア女王崩御。右の映像は葬儀の列席者。中央の白い馬に乗っている人物を挟んで、女王の孫にあたるドイツ皇帝のウィルヘルム2世(左)と、後にイギリスの国王になるエドワード5世(右)。二人ともヴィクトリア女王の孫で、いとこ同士である。この13年後に起きる、第一次世界大戦では、彼らは互いに敵として戦うことになる。

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ライト兄弟が飛行機を完成させると・・飛行機ダンスや飛行機の形の帽子などが流行。滑稽です。
 

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レフ・トルストイ。当時78歳。彼はロシアの行く末を案じていた。1905年、日露戦争が始まると、イギリスのタイムズに、その反戦論を発表。


トルストイ反戦論 タイムズ[思い出せ]より

「戦争はまたしても起こってしまった。一方は一切の殺生を禁じた仏教徒であり、また一方は、世界の人々の兄弟愛を公言するキリスト教徒であるというのに。今や極めて惨たらしい方法で お互いに傷つけあい殺戮を重ねようとしている。陸に海に 野獣の如く相手の隙を覗っているのだ。これは夢ではない」


00a.jpg1905年 「血の日曜日事件」の2日後の早朝、踊り子イサドラダンカンがペテルグルグの駅に降り立った。 貴族のパーティで踊るために皇帝に呼ばれていたのです。夜明けの町で馬車に乗っていた彼女が見たものは、2日前の血の日曜日事件で亡くなった犠牲者の棺を運ぶ男たちの行列でした。

『ダンカンの手記』より

「踊る私は皇帝や貴族達に大喝采を受けました。何かに楯突くような ショパンの軍隊ポロネーズ。悲しみに満ちたプレリュード。あの夜明けの 殉教者に捧げた私の魂が、金持ちの貴族達である観客に感激を与えたのです。奇妙なことです。」


『血の日曜日事件』(1905年1月)は労働者による皇宮への請願行進であった。屈指の財力を誇るロマノフ王朝に相対して、日露戦争により国力は疲弊し、ロシア労働者の生活は貧困に喘いでいた。皇帝を崇拝していたロシアの国民は、労働者の法的保護と日露戦争の中止、それと憲法の制定、基本的人権の確立などの要求をした。自分たちの声が皇帝に届くならば、必ず状況は良くなると信じていたが、武器など持たない民衆に向けられたのは、無差別な発砲だった。これによりデモの参加者1000人以上が死亡した。これ以降、民衆の皇帝崇拝の幻想は打ち砕かれ、後にロシア第一革命と呼ばれる反政府運動が勃発。この時に始まったロシアの共産主義運動は、後のロシア革命の原動力に成長してゆく。


00a_20160227020347e23.jpg1909年トルストイ 82歳。
祖国の有様、世界の行方、妻との生活に失望し、ひたすら沈黙を守るようになったトルストイ。映像は亡くなる3週間前のもの。このあと彼は、妻を残し家を出て汽車で南に向かい、旅の途中、アスターポヴォという小さな駅(現在はトルストイ駅」)で倒れ、その駅舎のベッドで亡くなる。

トルストイが最後に書いた手紙は、ガンジーに宛てたものでした。

あなたの雑誌「インディアン・オピニオン」を受け取りました。そこに書かれている無抵抗主義の人々の事を知り喜んでいます。そこで、私の心に生まれた考えを貴方に聞いて頂きたくなりました。それは無抵抗と呼ばれている事は愛の法則に他ならないということです。愛は人間の生活の最高にして唯一の法則であり、この事は誰でも心の奥底で感じていることです。私達は子供の中にそれを一番明瞭に見出します。愛の法則は一度、抵抗という名の下での暴力が認められると無価値となり、そこには権力という法則だけが存在します。ですから私は、この世の果てと思われるトランスバールでの貴方の活動こそ現在、世界で行われているあらゆる活動の中の最も重要なものと信じます。-「ガンジーへの手紙」より



00a_20160227035847d2d.jpgロマノフ家とほぼ同じころに成立した中国の清王朝も、時同じくしてその歴史の幕を閉じようとしていた。時の皇帝は「愛新覚羅溥儀 あいしんかくらふぎ」です。(映画「ラストエンペラー」で有名です)19世紀のアヘン戦争からアロー戦争、日清戦争にも敗れ、中国国内でも清王朝打倒の声が高まっていった。1900年には義和団事件が起こり、それがかえって列強の進出に拍車をかけた。1909年、海外にいた革命家の孫文は祖国の再建と外国支配からの独立を掲げた政治運動をしていた。

-孫文の宣誓文『興中会章程』より-
中国の弱体化は今急に始まったことではない。為政者は姑息にして、民衆は無知蒙昧、遠く将来の事を考える者は少ない。今、列強は虎視眈々と我国を取り巻き、豊かな資源を狙っている。我が国が列強の為に分割にされる危機は目前に迫っている。国民を苦しみから救い、国家の滅亡を防ごう。


清朝末期、列強下の北京を見たアメリカ人ジャーナリストはこう伝えている。
「何も起こっていなかったのではありません。ニュースはあった。ただそれが我々のところに届いていなかったのです。北京では陰謀が渦巻き、自殺の強要、殺人が繰り広げられ、地方では権力をかさにした役人が金持ちを冤罪で告発し、財産をむしり取っていました。飢餓によってその地方の人口が一掃されたところもあったのです。毎日毎日、全世界の新聞の紙面を飾って多くの人々の関心を集めるはずのことが起こっていたのです。しかし、我々はそれを知ることはなかった。」-「カール・クロウ」の手記より-

1911年、孫文率いる革命軍は帰国。革命により清が打倒されて君主制が廃止された。(辛亥革命)翌年、孫文を臨時大総統とする、革命政府成立。アジアにおいて史上初の共和制国家である中華民国が成立。しかし、中国はこの後も第二、第三革命に突入し混乱が続く。


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1912年タイタニック号 処女航海 この後1503名の犠牲者を出した。   1910年 南極探検が出発する。 後援会長は大隈重信

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チャップリン。アメリカ大陸に、大勢のヨーロッパ人が移住しました。   アメリカは豊かな資源と移民の労働力に支えられて超大国となっていく。

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ロシアの皇帝一家はこの数年後に惨殺され、それを隠蔽される。   サラエボ事件当日のオーストリア・ハンガリー帝国皇太子夫妻。

甥であるフェルビナンド皇太子を殺害された、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝、フランツ・ヨーゼフ1世はこれを口実に、セルビアに宣戦布告。オーストリア・ハンガリー帝国はドイツに支援を求め、ドイツはそれに加担。一方、ロシアはセルビアの独立を支持しているため、ドイツとロシア間で戦争が始まる。戦いの火蓋が切られた。それぞれの同盟国や連合国も対立し、多くの国が次々と参戦、または巻き込まれていくのです。

[追記] ※ご紹介した画像はデジタルリマスター版のキャプチャーです。(ツタヤや他店でも、レンタルが開始されています。)
第一次世界大戦の各国の思惑やストーリーは、2015年10月から『新・映像の世紀』(月1回ずつ、6回シリーズ)で放送された第一集「100年の悲劇はここから始まった」で詳しく描かれています。、ロシア革命を成した恐怖政治の創始者といわれるレーニン、現在に至る、中東紛争のきっかけとなったアラブ人に対するイギリスの裏切りなど。歴史を知るという観点からは、この作品と合わせてみてもいいかもしれません。ちなみに現在は、最終章、第6集「21世紀の潮流・あなたのワンカットが世界を変える」が2016年3月20日 21:00-21:50にNHKで放送予定となっています。

NHKスペシャル デジタルリマスター版 映像の世紀 ブルーレイBOX [Blu-ray]


◆内部関連記事◆

オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝、フランツ・ヨーゼフ1世が(少しだけですが)登場する映画→太陽の雫


★外部関連記事★

僕のほっと一息、ひとり言/20年ぶりに復活!NHK-TV「映像の世紀」は平和への祈りですね、テーマ曲で涙が止まりません♪
「映像の世紀」で使用されている、悲しげで切ないテーマ曲があります。曲名は「パリは燃えているか」という、加古隆さんの作曲によるものです。この曲を聴くと、白黒フィルムによる壮絶な世界大戦、原爆投下、冷戦時代、ベトナム戦争の枯葉作戦など、悲しい人間の歴史がよみがえるかのように感じ、涙を隠すことができません。そして、「平和への祈り」の曲と感じます。

 

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