アクセスランキング
--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2014-03-28(Fri)

袴田さんの涙の48年/再審、そして釈放

今日、とても嬉しい一報があった。
以前、デンゼルワシントン主演の『ザ・ハリケーン』の記事を書いたときに、一緒に紹介した、(どう考えても)冤罪だろうと思っていた袴田巌さんが、3月27日夕方に釈放されました。これを知った瞬間、嬉しくて涙ぐんでしまいました。この事件と向き合ってきた「無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会」のホームページを通し、この事件の杜撰でいい加減な調査を知り、彼が早く自由になれることを願って、署名とページ紹介をしていました。もしも私の記事のリンクから、署名をして会に送付して頂いた方がいらっしゃったら、感謝の気持ちを伝えたいと思います。
そして長い間活動をした「無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会」の方々、他の多くの関係者の方々。本当にお疲れ様でした。

袴田さんのこのニュースの記事を、以下に転記しておきます。


姉と共に拘置所後に=再審開始に「うそだ」―感謝の言葉も・袴田さん 時事通信 3月27日(木)21時4分配信
 再審開始が認められ、48年ぶりに釈放された袴田巌さん(78)は27日午後5時20分ごろ、東京拘置所の玄関から姉秀子さん(81)と共に姿を現した。待ち構えていた報道陣に対しては一言も発することなく、弁護団が用意した車に秀子さんと一緒に乗り込み、拘置所を後にした。袴田さんは黄色い半袖シャツにベージュのズボン。かつての面影はあるものの、髪は白髪交じりで、約半世紀の年月を感じさせた。
 弁護団によると、秀子さんと2人の弁護士は午後4時ごろ、袴田さんと2010年8月以来の面会を果たした。アクリル板越しに再審開始の決定文を見せると、袴田さんは最初に「うそだ」と話し、「袴田事件は終わった。もう帰ってくれ」といら立ちを見せた。
 約1時間後、刑務官に付き添われ、手に紙袋を持った袴田さんが拘置所の応接室に現れた。秀子さんは目を潤ませながら「巌」と肩をたたき、「やっと出てきたね」と声を掛けると、袴田さんは「うんうん」とうなずいたという。
 半袖シャツで寒くないかと問われると、「寒くない寒くない」と答えた。ただ、長期間の拘置による影響か、十分な意思疎通は難しいといい、表情に変化もなく、独り言が多かった。
 拘置所を出た後はほとんど話さず、車の中から外を眺めていた。途中で車に酔い、都内の駐車場で休憩を取った。外に出た袴田さんに、弁護人が「釈放されたことが分かるでしょう」と問い掛けると、「ありがとう」と話したという。

姉と共に拘置所後に=再審開始に「うそだ」―感謝の言葉も・袴田さん 時事通信 3月27日(木)21時4分配信



当初から証拠が合わない明らかな冤罪事件でした。私は何時間もかけて関連の事件記事を探し、その写真に撮られた「証拠」とやらをいくつも見たのですが、素人目から見ても矛盾だらけでした。どうしてこんな事がまかり通ってしまったのでしょうか?決して許される事ではありません。彼が刑務所で過ごした時間は二度と戻りません。せめて残された時間を早く戻してあげたいと思いました。化学も生物学も進化しているのだから、同時に事件の取調べのありかたも進化すべきだと思います。いま論議されている「取調べの録画」は絶対に必要だと私は考えます。「密室」で、こんな非人道的なこと、二度と行われてはいけません。皆さんはどう感じますか。

以下は、私がこの事件を知ったときに「無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会」に袴田さんがどんな状態なのか、メールで尋ねたところ、それに対し返信されてきた内容です。何の影響力も持たない個人である私にと、もうずいぶん前になりますが、感激でした。

1122336_20140328030429910.jpg
113675396 (1)

静岡地検は同日27日、拘置停止を取り消すよう、東京高裁に通常抗告していたが、3月28日(金)東京高裁(三好幹夫裁判長)は、拘置の停止を認めた静岡地裁の判断を支持する決定をしました。死刑確定事件の再審開始決定と同時に、拘置停止まで認められた初のケースとなったそうです。



★外部関連記事★

袴田事件wikipedia/
【袴田事件】袴田巌さん、東京拘置所から釈放 逮捕から48年、再審開始決定受け
【画像】袴田さんが犯行時着ていたとされるズボンがひどい これで死刑 #freehakamadanow
とらちゃんの動画大集合!崎山記者解説「袴田事件、再審決定について!」2014.03.27 関係動画いろいろ・・・
事件から48年が経ったため、外の様子がかなり変わっていたという表情を袴田さんはしているということです。外の様子が、こんなにも変わったんだというように、少しぼーっとした様子で外を眺めているということです。今後についてですが、27日、袴田さんと姉のひで子さんは東京のホテルに泊まります。そして、今後については、静岡市の医療センターに入る手続きを弁護団が踏んでいるということです。

スポンサーサイト
2014-03-27(Thu)

アルバート氏の人生/不器用な主人公の幸せのビジョン

2011年 アイルランド
アルバート氏の人生この映画は、30年程前にグレン・クローズが舞台で演じ、それ以降、本人が、何度も映画製作を試みてきたという、彼女の思い入れの強い作品です。文芸映画的なものと予測していましたが、それだけではなく、予想外なところで可笑しかったり、驚かされたりと、ありきたりではないところが良かったように思います。物語の舞台となっている19世紀のアイルランドは、飢饉貧困時代。上流階級以外の人々は生きていくのが精一杯。そんな中で、特異な生き方をした、一人の女性と、彼女を取り巻く、登場人物達のそれぞれの生き様と心理が丁寧に描かれています。

主人公のアルバートは貴族の子であり私生児だった。親類と共に母からの援助を受けて成長していたが、母がなくなると、その援助を受けることができなくなり、スラム街で生活していた。やがてその保護者も亡くし、たった14歳でひとりになってしまう。そんな中、無情にも男達に身を傷つけられるという暗い過去があった。当時のアイルランドは、成人男性でさえ仕事に付くことが困難だったため、国外に渡航ができる者は仕事を求めて国を次々出て行くという現象が起きていた。そんな状況で、たった14歳の身寄りのない少女を雇うところなどあるわけもない。そんな彼女が生きるために選択した道は「男性になること」だった。男になる事で、仕事を得、男になることで身を守り、そして長年女性である事を誰にも知られず、給仕人(ウェイター)として生きてきた。こんな秘密を持っている彼女は、人と距離を離さざる得ない寂しい人生を送ってきた。彼女のたった一つの楽しみは、毎日コツコツと貯めたお金を手帳に記録すること。務めているホテルの自分の部屋の床下にお金を隠し、将来自分の店を持つことを毎日夢見て過ごしていた。そんな彼女にある日、ホテルの女主人から、塗装の仕事に来ていた、ペンキ職人の男を部屋に泊めるようにと言われる。断りきれないアルバートは仕方なく・・。

1122336_20140323141419c24.jpg
案の定、ペンキ職人の男ペイジにバレてしまう。 あまりにも心配するアルバートに・・・      !?なにかの冗談ですかぁぁーーー!

ペイジは同性愛者で結婚していたことを知る。これがきっかけでアルバートは「パートナー」というもうひとつの希望を持つようになります。
1122336_2014032314545403b.jpg
この日ホテルで仮装パーティ。2組の貴族夫婦客、彼らはそれぞれに同性愛者で、男装&女装で参加。(ワンピ姿のジョナにビックリ)

アルバートはペイジのような生活を自分も手に入れられるかもしれないと夢を膨らませます。そして一緒に働いているメイドの可愛いヘレンを誘いますが、彼女はクズな男ジョーと交際中。ジョーはヘレンをアルバートと付き合わせ、最終的にはお金を貢がせようと企むのです。

113675396 (1)
他力本願のジョーの夢はアメリカ         ヘレンの気持ちを置き去りにアルバートの妄想は一人歩き 初夜?ッテナニスルツモリ!!

やがてヘレンはジョーとの子を孕んでしまいます。ジョーは子供の面倒を見ると言いつつもその態度はヘレンの心を傷つけます。その頃、国中でチフスが流行り、ホテルでもメイドが一人死に、アルバートも感染した。その後、幸運にも回復したアルバートは、ペイジが結婚するときに、自分が女であることを、いつ、どのように打ち明けたのかを聞こうと彼の家を訪ねた。しかしペイジは妻をチフスで亡くし失意の底にいた。そんなペイジにアルバートは自分と一緒に暮らさないかと提案する。あまりの唐突さにペイジは、アルバートの心理を感じとったのか、パートナーが欲しければ自分で探すことだ。と言い、アルバートに、自分の妻が作った女性の服を着せ、二人で海辺を散歩した。アルバートは女性用の服装で楽しそうに走ります。彼女は同性愛者なのではなく、ただの男装した女性だと感じるシーンです。不器用なアルバートは ペイジと同じ方法、「結婚」と言う形でパートナーを得ることを考えたのですが、彼女が本当に求めたのは、「家族」だったのではないでしょうか。女性であることを隠していたアルバートにとっては、同性の友人すらいなかったのだから。ヘレンは妹のような、娘のような、そんな感覚だったのでは?。恋愛感情そのものを知らないアルバートは、へレンがジョーと付き合っているのを知っていても、嫉妬の感情などなく、ヘレンを心配するだけでした。また、ヘレンにプロポーズしているのに、妻を亡くしたペイジに一緒に住もうと言ったりと、アルバート自身が、「好意を抱く」のと「恋愛感情」との区別がつかない(気づかない)という、純粋でもあり、欠落ともとれる複雑な感情を表現しているように思えました。
一方、何度かのデートをした上、結婚まで申し込みながらも、手も握らないアルバートを理解できないヘレンは・・。

1122336_201403231929342eb.jpg
キレまくるヘレンの怒りのチュゥ!          ヘレンの不安に一撃のセリフ。        泣き崩れる。

やがて、ヘレンの不安は的中する。ジョーはヘレンに自分は父親になれないと告げ、二人は別れます。同時にアルバートもなんとも「あっけなく」亡くなってしまうのです。責任放棄の男はアメリカへ。アルバートが女性だったという事実は世間を騒がせた。アルバートが貯めていた大金をこっそりと盗んだホテルの女主人は、ペイジを呼びホテルの塗装を依頼した。アルバートの部屋に泊まることになったペイジは、彼女の母の写真を見つける。その写真を眺めながら、孤独な人生を送らなければならなかった、アルバートの描いた夢を思う。ふと窓の外を見ると、洗濯物の隙間から赤ん坊を抱いたヘレンの姿が。他に行き場のないヘレンが、我が子と一緒にいるためには、女夫人から、ただ働きの条件を突きつけられても、それを呑むしか生きていく方法がなかった。それを知ったペイジが彼女に告げた言葉は・・。
アルバートが描いた幸せのビジョンはペイジによって引き継がれていく・・・。

ヘレンはアルバートが女性だったことに、さぞ驚いたことでしょう。この後、彼女には二度目の驚きが待っています。文芸的な作品なのに、 そうではない、アンバランスなシーンを想像をしてしまうことと、この先に思い浮かぶ親子の幸せの情景が、悲しい感情を和らげます。 

この作品のキャストですが、なかなか面白いです。ペイジ役は当初、本当の男優と思っていたのですが、ビックリ、あの1992年に公開の映画 『嵐が丘』で女中役で出ていたジャネット・マクティアでした。ちなみに『嵐が丘』はイギリスのブロンテ兄弟のエミリーが執筆した小説で、その姉妹のシャーロットがとてもロマンティックな恋愛小説「ジェーン・エア」を執筆しこれも何度も映画化されているのですが、一番最近映画化されたのが、この「アルバート氏の人生」と同時期に公開されていて、今回のヘレン役のワシコスカが、主役のジェーン・エアを演じています。こちらも良い作品に仕上がっていて、かなりお勧め。そしてもう一人、注目を浴びているのがジョー役のアーロン君。『アンナ・カレーニナ』でその美形ぶりが話題になりました。そして私が好きなジョナサンは・・ちょびっとの役でした。どうせ女装するなら徹底的にやって欲しかった・・www・・(でも目立っちゃダメなのね、脇役なので)。ちなみにジョナサンが、この作品の前年まで主演した『チューダーズ <ヘンリー8世 背徳の王冠>』の時に、彼の王妃役として共演していたマリア・ドイル・ケネディがジョナサンと続けて共演で登場していたのにも驚きました。彼女が出演する作品は、自国のTVドラマぐらいで知名度の低い女優さんですが、今回はメイド役として、かなりの出番がありました。そして、主役のグレン・クローズですが、彼女はこの作品で、製作/主演/共同脚色/主題歌の作詞の4役をこなし、アカデミー賞で、主演女優/助演女優/メイクアップ/の3部門でノミネートされるという功績を残しました。過去30年間の間に、何度か製作を試みて頓挫している作品だったそうですが、個人的には女フェロモンが抜けてしまっている(笑)今の年齢になってからのアルバートで正解だったと感じました。

アルバート氏の人生 [DVD]


[監督]
ロドリゴ・ガルシア

[出演]
アルバート・ノッブス     グレン・クローズ
ヘレン・ドーズ        ミア・ワシコウスカ
ジョー・マッキンス     アーロン・ジョンソン
ヒューバート・ペイジ    ジャネット・マクティア
ホロラン医師        ブレンダン・グリーソン
ベイカー夫人        ポーリン・コリンズ
ポリー            ブレンダ・フリッカー
ヤレル子爵         ジョナサン・リース=マイヤーズ
メアリー           マリア・ドイル・ケネディ
キャスリーン・ペイジ    ブロナー・ギャラガー



★外部関連記事★

マンガソムリエ煉獄編/アルバート氏の人生
この、主人公自身もコントロールできない、既に描いてしまった幸福像への妄執ってやつは、わりと普遍的な物語なのかもしれない。だれだって、ずっと思い描いてきた幸福ってのはあって。それを実現するために四苦八苦しながら生きていくわけだけど。生きていく間にやっぱり、それとは全然違った形の幸福ってのが提示される時はある。でも、その時にすぐにそっちにハンドルを切れるかっていうと、なかなかそうはいかない。それは、思い描いてしまった幸福像という呪縛だ。


2014-03-14(Fri)

レジェンド・オブ・エジプト レオノア・バレラ/魅惑の女王の底なき野望

1999年 アメリカ
145699.jpgエジプトの女王といえばクレオパトラ(7世)。彼女はエジプトのプトレマイオス朝、約250年続いた最後の統治者でした。紀元前1世紀、クレオパトラの父親のプトレマイオス12世は素行が悪い上、遊楽にふけり国を上手く統治することができず、民衆の反乱により退位しローマに亡命。彼には多くの子供がおり、クレオパトラの姉のベレニケ4世がファラオとなるも、プトレマイオス12世はその後、ローマの有力者の力を借りて復権すると、娘のベレニケを処刑します。プトレマイオスの一族は、肉親を殺して王になるという骨肉の争い繰り返してきた血族でした。(後にクレオパトラも弟と妹を殺します。)しかし僅か4年後、プトレマイオス12世はクレオパトラと彼女の弟のプトレマイオス13世に、共同でファラオに就くよう遺言し亡くなります。クレオパトラは親ローマ主義であったため、弟のプトレマイオス13世とファラオの座を狙う妹のアルシノエ4世と対立。クレオパトラはアレクサンドリアから追放された。この間、彼女は復権を遂げるべく男を虜にする術を学んでいたという。シーザーが、国にやってきたのを知った彼女は綿密に作戦を練っていました。

ある日、先代のエジプト王が残した負債の回収にやってきたシーザーは、クレオパトラと兄弟達の仲裁をしようと考えていた。宮殿に立ち入れなかったクレオパトラは、絨毯に巻かれ身を隠しシーザーの元に現れると彼を誘惑。シーザーを瞬く間に魅了し、彼の愛人となった。シーザーは、プトレマイオス13世とクレオパトラが結婚し共同統治者となることを認めた。しかし、王位を狙う妹のアルシノエは、すぐに弟プトレマイオス13世を引き連れて、反乱を起こす。兄弟二人は、シーザの軍に負け疾走。プトレマイオス13世は死に、アルシノエは捉えられた。
113675396 (1)
18歳のワタシ!支配力があれば50過ぎのおっさんだってかまわないわけで。あっ、邪魔な妹はシーザーに内緒で殺しちゃった!フフン・・

やがて骨抜きのシーザー。かつての威厳はどこへやら??。ローマでは、いつになってもエジプトから帰って来ない彼を非難する声が高まっていた。それを知りシーザーはローマに戻ることに。既に身ごもっていたクレオパトラは、そのことを彼に伝えなかった。シーザーがローマに帰った後、出産したクレオパトラは、突拍子もない野望を頭に描いてローマに向かいます。ローマでは彼女はシーザーの情婦と言われ歓迎されなかった。しかし、それに屈せず、公の場で生まれた息子のシーザリオンを、シーザーの足元に置いて、シーザーの息子だと公表した。突然の息子との対面に面食らったシーザーだったが、抱きかかえ我が子と認めた。この時代にしちゃ、道義的責任感のある男です。

1122336_20140313045546d2f.jpg
ねーねー!ビックリした?あなたの子よ!あなた子供いないじゃない!私の子がシーザーの後継者!ローマとエジプトを支配するの!フフッ

クレオパトラはエジプトだけでなく、ローマとの共同統治者としての地位を狙いました。シーザリオンの存在を脅威と感じたのは、この頃既に後継者と定められていたオクタウィアヌス。彼は、シーザの兄弟の養子であり、シーザーとは血のつながりのない甥だった。

1122336_20140313053101668.jpg
オクタウィアヌス「赤ん坊殺してください」     クレオパトラ「オクタウィアヌスは血族じゃないしぃ~」  なんだか気の毒なシーザー
 
ある日、オクタヴィアヌスに反シーザー派が歩み寄る。「仲間にならないか?」オクタヴィアヌスは「身内は裏切れないが、止めもしない」と。「どうせ、後継者は俺だしぃ~」かくして、シーザーは(有名な「ブルータスおまえもか」とセリフはなかったけれど)殺されてしまうのでした。立派な男だったのにねぇ(シクシク・・)。シーザーが死んでしまっては、さぁ大変!クレオパトラは、とっととエジプトに戻ります。「次の手を打たなくちゃ!」と、次にクレオパトラが目をつけたのが、三頭政治の一頭として権力を握っていたアントニウス。例によって誘惑します。あっというまに、骨抜きになるアントニウス。でも、なんだかんだで、二人はいつの間にか、ラブラブに~♪。アントニウスは、エジプトに入りびたり。 彼が、シリアをエジプトに渡してしまうと、アントニウスはローマから反感を買うようになります。さらに、アントニウスがオクタピアヌスの姉と離婚したこともあり、二人は対立。ローマはエジプトに宣戦布告します。(受けてやろうじゃないのとクレオパトラ)、しかし、エジプトがローマを相手に戦うなど無謀なことでした。エジプトは迎え撃った海戦で敗北。大勢の兵を失ったアントニウスはアレキサンドリアに戻ります。

1122336_20140313071944a3d.jpg
尻を叩きまくり戦わせようとするクレオパトラ。  シーザーと比較され気の毒なアントニウス。   僅かとなった兵を連れて再び戦いに挑む。

1122336_20140313074621d13.jpg
圧倒的な兵力の差で勝てるはずもなく。      瀕死の状態でアントニウスはクレオパトラのところに連れてこられます。

クレオパトラはオクタウィアヌスに屈することを拒み自殺。かくして彼女の野望は散ったけれど、アントニウスとの愛がなかったら、彼女はただの血塗られた家系の愚かな野心家で歴史に刻まれていたかも?クレオパトラを伝説にしたのは、アントニウスでしょう。彼は今もどこかで、 クレオパトラと一緒に眠っているはず・・です。

この作品は、物語を単純化するためか、細かなところや時期などが史実と異なっています。クレオパトラが殺したもう一人の弟プトレマイオス14世も登場しません。テレビ映画なのですが、その割にスケールが大きく、役者もシーザー役に「007」のボンド役だったティモシーや、アントニー役にビリー・ゼインが出演していたりと、キャストもなかなかのもの。あえて、ひと昔前の歴史大作のような仕上がりにしているようです。そして、この作品のクレオパトラですが、とても攻撃的なタイプで、イメージとはかけ離れてはいますが、彼女のあからさまな図々しさが、なんだか面白くて、数あるクレオパトラ映画の中でも結構楽しめる作品になっています。娯楽的要素の高い史劇映画だと思いました。

レジェンド・オブ・エジプト [DVD]


[監督]
フランク・ロッダム
[出演]:
クレオパトラ    レオノア・バレラ
シーザー      ティモシー・ダルトン
マーク・アントニー ビリー・ゼイン
オクタヴィアヌス  ルパート・グレイブス
ブルータス     ショーン・パートウィー
オリンポス     アート・マリク



★外部関連記事★

YUCASEE MEDIA/エジプト女王クレオパトラとアントニウスの墓発見か
クレオパトラとその恋人、マルクス・アントニウスの墓が、近く発見される可能性があることが判明した。15日、エジプト考古最高評議会事務局長のザヒ・ハワス博士らが発表した。調査隊はエジプト・アレクサンドリア西部の神殿、タップ・オシリス・マグナで3年間続けていたレーダー調査を終了した。来週から、2人の墓がある可能性が確認された神殿付近で・・


2014-03-02(Sun)

王妃マリー・アントワネット/無邪気な王妃の「無関心」の罪

2006年 フランス/カナダ
マリーアントワネットオーストリア皇女として生まれ、14歳でフランス王太子のもとに嫁ぎ、革命により37歳で死刑台に登った、有名な王妃マリーアントワネットの物語です。この作品は、最初から最後までずっとナレーションで物語が進みます。そのため俳優のセリフは少なめで、学校教材としても使えそうな作品です。時代背景と政治的背景が説明されながら進むので、理解しながら観られるのが、この作品の長所でしょう。他のマリーアントワネット関連の映画と異なり架空の設定をしていたり、明白ではないことをあたかにそうであったかのように想定して作っていないため、現実的なマリーアントワネットの姿が映し出されています。フランス革命が始まるまでは、あまり面白みはありませんが、マリーアントワネットを知ると言う目的であればお勧めの作品です。ドラマの作りが地味な分、衣装、髪型、アクセサリーや小物に至る大変細かいところまで、綿密に装飾されているので視覚的には飽きることはありません。また、宮殿の撮影はCGもありますが、他の映画と比較しても多く使われており、建物内ならず各所の庭園なども見所です。これだけの宮殿内ロケを敢行出来たのは、歴史の記録に忠実で真面目な作品でもあり、かつ自国製作でもあることの強みでしょうか。

西暦1770年のフランス。王太子ルイとアントワネットの結婚式がヴェルサイユ宮殿で挙行された。この時、既に国庫は火の車。国民は貧しい暮らしをしていたが、アントワネットを歓迎した。僅か14歳の少女にはベルサイユ宮殿の外の世界など知るよしもない。結婚した夫は身体的な問題があり、真の夫婦の関係になることなく数年経過する。やがて退屈な古いしきたりに飽き飽きしたアントワネットは気晴らしにと、宮殿を抜け出しては賭博場へ出かけ大金を使う。彼女は宝石やドレスも大好き。後に彼女に付けられるあだ名は「赤字婦人」。

夫の兄弟には二人の弟「シャルル10世」と「ルイ18世」それに3人の姉妹がいた。義理の父となった王ルイ15世とは、親しくなったアントワネットだが、彼の寵姫デュ・バリー夫人は娼婦からの成り上がり。王妃のように振舞う彼女をアントワネットは毛嫌いし、徹底的に無視した。しかし後に、アントワネットの母であるマリア・テレジアからの通達で、アントワネットは譲歩し、デュ・バリー夫人に声を掛けることとなる。1774年ルイ15世崩御。ルイ16世が即位するとデュ・バリー夫人の居場所はなくなり、一時修道院へ移ったのち、彼女は他の貴族の愛人となる。

享楽的なアントワネットは夜毎仮面舞踏会。既に結婚から7年。なかなか子供が出来ないので彼女の兄レオポルト2世 (神聖ローマ皇帝)がやってきた。無能な医者とウブなルイ16世に呆れた兄だが、彼のアドバイスで夫婦生活は解決。やがてアントワネットは王女を産むと、ホッとするシャルル10世とルイ18世。「俺達にもチャンスはあるさ、兄貴が王子が出来ないうちに死んでくれればね」。一方アントワネットは子供が生まれると賭博はピタリとやめた。やがて彼女がフランスに来る前に亡くなっていた、ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人のために建てられたプチ・トレアノン宮殿を与えられた。フェルゼン伯爵との関係を噂さされる事もあったが、それでも国王と仲睦まじく待望の王子が生まれる。これを快く思わなかった弟達シャルル10世とルイ18世がアントワネットの悪い噂を流したのではないかとも伝えられている。

1144556.jpg

母になっても相変わらず彼女が作るドレスは、年に170着。そしてプチ・トレアノンで、のんきな暮らし。お気に入りの少数の貴族だけを呼んで頻繁にパーティ。ベルサイユで使うろうそくの数は、一日1万本。1本のろうそくは労働者の一週間分の賃金。彼女は相変わらずベルサイユの外の事を知ろうとしない。高額な税金と農作物不作で飢饉に襲われ、飢え死になってしまう国民もいるその頃、アントワネットは、取り巻き達に官位を与え、多額の年金を与える。特に悪名高きポリニャック婦人には膨大な額を与えた。一方、プチ・トレアノン宮殿に呼ばれない貴族達は大層妬み、マリーアントワネットとその取り巻きの貴族を非難した。王妃の悪評は国民だけではなく、ベルサイユ内でも高まる。

1144556_20140302124101541.jpg

やがて追い討ちをかけるように、有名な首飾り事件が発生する。犯人はジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人。この事件にはアントワネットは一切関与していないのに、国民はそれを信じず、王妃の陰謀だと噂になった。このように既に国民に不評であった王政はジャンヌを死刑にできなかった。いつ暴動が起きるか判らないからだ。それほど王政に対する信頼は悪化していた。ジャンヌは刑を受けるも命拾い。

1144556_20140302130211547.jpg

国民の飢えは全てアントワネットのせい?実は、過去に彼女の浪費とは比べようにならないほどの多額の出費があった。先代のルイ15世が、対外戦争に膨大な軍事費を使ったことが大きな打撃となっていたのだ。そんな事を知らない国民の憎悪のはけ口は、アントワネット一人に集中する。ルイ16世は財務長官を変えるなどして財政改革を行おうとした。当時、聖職者と特権階級の人々は税金を免除されていたが、当然行き着くところは税の平等化。財務長官は王に提案する。「税制の徴収を平等にする事で解決する」と。しかしアントワネットは、あくまでも国債を発行するという。特権身分の激しい反対もあり、結局王は彼女の言いなりになる。すると行き詰る国庫対策に「三部会だけが課税の賛否を決める権利がある」と主張したパリ高等法院は、第三身分(平民)から支持された。どうしても解決の糸口をみつけられない王は、三部会の開催を認めざるえなくなる。国王は自ら三部会を主導し問題解決を目論んだが結局、今までどおりの身分制度では解決できる見込みなどなかった。議論は進まず愛想をつかした平民の代表達は、三部会に見切りをつけ「国民議会」を発足。そして国王に国民議会を正式な議会であることを認める事と、憲法の制定を要求した。また第一身分、第二身分の代表者の中にも絶対王朝のまま解決することが無理な事を理解している者は国民側に寝返った。やがてルイ16世は、国民議会を正式な議会として承認せざるえなくなる。

1144556_201403021319015c2.jpg

承認を得た国民議会は憲法制定国民議会と改称して憲法制定に着手する。しかし王はこれに反対し、平民に圧力をかけようとヴェルサイユとパリに軍隊を集結させた。軍隊が動員されたことを知ると国民は、それに対抗するため市民軍を編成し、武器弾薬が保管されているバスチーユ牢獄を襲撃する計画をたてた。王は、国民側寄りであり軍隊を動員する事に意見したネッケルを罷免すると、国民の怒りは頂点に達し、市民軍は3日後の1789年7月14日バスティーユを襲撃した。慌てた国王はネッケルを呼び戻したが、もう遅い。この事件は苦しんでいた人々の心に連鎖し、あっという間にフランス全体に飛び火した。あちこちで暴動が起き王政と封建制度は崩壊。貴族達は次々に亡命。この混乱の中、国民議会は封建的特権の廃止を訴え人権宣言をした。しかし国王がまだ主権者であった為、国王に承認が求められた。しかし、アントワネットが第三身分を侮蔑していた事や、王の周囲は強硬派で占められていたためルイ16世はこの訴えを拒否した。

113675396 (1)

このように、深刻な状況を全く把握できていない国王夫婦は突然現実を知ることになる。10月5日パリの数千の飢えた女性達が武器を持ってヴェルサイユ宮殿に乱入、国王と議会に食糧を要求した。一部は暴徒と化したため危険を感じたルイ16世は人権宣言を承認した。

1144556_2014030213453947a.jpg

王一家はテュイルリー宮殿に移され、この後はパリ市民に監視されて暮らすことになる。アントワネットと、彼女の子供を心配したフェルセン伯爵は、国外に逃れることを説得。彼は王妃の実家である、オーストリアへの逃亡を計画し手配した。だが、国王一家はパリを脱出するも、国境の手前の町で国民に見つかりパリへ連れ戻されてしまう。王の逃亡によりフランス国民は衝撃を受け、さらにルイ16世は宮殿を出たときに、革命思考を批判した自らの書き物を宮殿に残してきたため、王の目論見が暴露されることとなり、国王を擁護していた最後の国民の支持まで失った。チュルイリー宮殿に戻った国王一家は、以前にもまして監視され、憲法が制定されると、王は拒否権を除く一切の権限を失っていた。王はその拒否権を頻繁に行使したため、さらに民衆に憎まれることとなる。アントワネットは諦めず、新政府と戦うよう王に求めていた。さらに、彼女は内密にオーストラリアとプロセインにフランスへの攻撃を求めた。母国オーストリアがフランス革命への干渉をしたことがきっかけとなり、当時のフランス革命政府はオーストリアへ宣戦布告。フランス革命戦争が勃発する。アントワネットは、戦争でフランスが負ければいいと思った。彼女が敵軍にフランス軍の作戦を漏らしているとの噂がたつと、パリ市民と義勇兵は再びテュイルリー宮殿を襲撃。王政は廃止され、国王一家と国王の妹エリザベート王女はタンプル塔に幽閉される。時は恐怖政治が革命を主導していた。

1144556_20140302143201ec2.jpg

恐怖政治により革命裁判所が設置され、王の裁判がはじまるとその裁決は一票差で有罪、ルイ16世は処刑された。さらに革命裁判所は、これから始める多数の反革命者を処刑するために、最初の生贄としてマリーアントワネットの首を欲した。アントワネットは、7才の息子と引き離されたのち、コンシェルジュリー牢獄に移され、その後裁判が行われた。提示された罪状については証拠などなく、業を煮やした裁判所は息子の近親相姦の罪まででっち上げる。彼女は毅然とした態度で無実を主張したが、最初から決まっていた裁判の結果は覆ることなく、彼女は死刑判決を受けた。執行前日、アントワネットは王の姉、エリザベート宛に手紙を書いた。しかし手紙は永遠に彼女に届く事はなかった。何故なら、エリザベートにもまた、悲しい運命が待ち構えていたから。テルミドールのクーデターを経て1799年のナポレオンの政権掌握までフランス革命は終わりません。そして、この革命が終わっても、王権は復活し、人々が再び飢えに苦しむ時代がやってくるのです。

113675396 (1)

マリー・アントワネットの処刑は、フランス革命の序章に過ぎませんでした。先代の王や王妃、貴族達の堕落した生活の仇をその一身で受け、その激動にわが子の命さえ守ることが出来なかった悲劇の王妃。たった一冊の本も読破できなかった彼女は賢い王妃ではありませんでした。けれど子を思う母のように、国内の不幸な人々を知り、心を痛める優しさががあれば、歴史は変わっていたのかもしれません。裁判所で提示された罪は事実を歪曲されたものでしたが、国庫全体から見れば、「僅かな割合」と言われていた、彼女が使ったお金で、どれだけの人の命を救えましたか?と問われたら、「私は無罪です」と、この映画のように彼女は胸を張って言えたでしょうか。アントワネット王妃の物語を最初に知ったとき、「見ない」「気が付かない」「知ろうとしない」という事も罪なのだと思いました。しかし、国中の人からの恨みの念を浴び、死んでいった彼女の受けた罰は、その罪以上のものです。歴史の解明と共に真実が明らかになった事は僅かな救いといえるでしょう。

王妃マリー・アントワネット [DVD]

[監督]
イヴ・シモノー

[出演]
マリー・アントワネット カリーヌ・ヴァナッス
ルイ16世        オリヴィエ・オーバン
フェルゼン       ダニー・ギルモア
ルイ15世        ポール・サヴォア




1144556_20140304020154990.jpg
アントワネットと子供達                マリー=テレーズとルイ=ジョゼフ王子      ルイ17世(ルイ・シャルル)

◆内部関連記事◆

・「首飾り事件」のジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人の物語→マリー・アントワネットの首飾り
・フランス革命が終結した後のフランスを描いたフィックション作品→レ・ミゼラブル (ミュージカル映画)

★外部関連記事★

母の死を知らず母の部屋の前に花を置いた王子のあまりにも悲しい生涯→ルイ17世(享年10歳)
アントワネットとその家族を救出しようと試みた者達→マリー・アントワネット救出大作戦
国外へ脱出することを拒絶し一家の元を離れず運命を共にした心優しい王の妹→エリザベート・フィリッピーヌ・ド・フランス
アントワネットの身を案じイギリスから戻り虐殺された、アントワネットの元女官長→ランバル公妃マリー・ルイーズ
捕虜との引き換えに利用された王女のその後→フランス王ルイ19世妃 マリー・テレーズ(まりっぺのお気楽読書より)


ブログ内検索
ブログ内ページランキング
外部アクセス元ランキング
プロフィール

ちゃのりん

Author:ちゃのりん
映画から歴史を探るのが好きです。
俳優&映画紹介と、ノンフィクション映画の実在の人物像も探ります。


★好きな俳優★

ジョナサン・リースマイヤーズ

ssssj.jpg


お気楽ブログ55011enn_20150420222943fef.jpg


アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
183位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
洋画
18位
アクセスランキングを見る>>

にほんブログ村 映画ブログ 外国映画(洋画)へ
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ

新作映画情報「ぴあ映画生活」ドラマ
アクセスカウンター



RSSリンクの表示


お役立ち
ブログ翻訳
favorite
・★前田有一の超映画批評★

・映画ライター渡まち子の映画評

・死ぬまでに一度は行ってみたい場所

・イナダ・ラングエイズ研究財団(ILFAR)稲田頼太郎

・NPO法人イルファー稲田頼太郎
(One Coin のご寄付を!)

・薬屋のおやじのボヤキ

・世界飛び地領土研究会
・欧州:世界遺産めぐり

・不思議館 古代の不思議

・KIKIの今日

・面白いおすすめ映画20選!騙されたと思って観て欲しい【最新版】

カテゴリ
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスランキング
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。