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2013-10-27(Sun)

キャスト アウェイ/トム・ハンクスのサバイバル

2000年 アメリカ
Cast Away
トム・ハンクスがみせてくれるサバイバル。とても良い作品です。彼が演じる主人公は飛行機が墜落し、九死に一生を得、無人島へ流れ着きサバイバル生活を経て4年後、自力で島を脱出。帰国を果たすのですが・・・・。必死のサバイバル生活で、生き延びる彼の一人演技が上手い。これはフィクッションですが、サバイバル的には実話を基にした『ロビンソン・クルーソー』よりこちらのほうがより現実的に映ります。帰国後の人間ドラマもとても深く、哀愁の中にも、前向きな 姿勢が感じる仕上がり。そして、素晴らしい名言を残してます。見ごたえの有る一品。

[あらすじ]
主人公は宅配便会社フェデックスに務めるバリバリ社員のチャック。彼はケリーとの結婚を考えていた。クリスマスの夜、二人はプレゼント交換をする。チャックはケリーの祖父の形見で彼女の写真の入った懐中時計を貰い、彼女はプレゼントの他に小さな小箱を貰った。チャックはこれから仕事で積荷と一緒に貨物便でタヒチへ向かうが大晦日に帰るのでその時にその箱を空ける事と告げた。彼女はそれが婚約指輪であることを一瞬で理解した。しかし、チャックは大晦日を過ぎても戻ることが無かった。彼の乗った飛行機は墜落してしまうのです。幸いにも、チャックは何とか生き延びて無人島に漂着。飛行機に積んでいたいくつかの荷物を拾い集めてサバイバル生活が始まる。


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サバイバルの知識などない普通の男がたった一人放りだされた現実は、決して甘いものではありません。

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チャックは漂着してまもなく海のかなたに船の光を発見する。しかしはるか彼方にある船は、こちらに気づくはずもなく、朝方になって意を決した彼はゴムボートで沖に出ようとしたが、高い波を越えられず海に放り出されてしまい、サンゴの群集に叩きつけられ怪我をしてしまう。  陸に上がるとすぐに嵐が・・荷物をゴムボートで守り洞窟へ非難した。そして翌日、ようやく荷物を開封しだした。

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何故、荷物をすぐに開けなかったのでしょう?彼が「トラックが故障した時に足の悪い子供の自転車を盗んで荷物を届ける人」だったから?。こんな状況でも荷物を届ける事が彼の脳裏にあったのでは?と思わせるような演出です。さて、荷物の中身はというと、離婚同意書・スケート靴・女性のドレス・バレーボール。ここで一瞬「全部使えないじゃん」(食べられないじゃん)って思ってしまった私はサバイバルで絶対に生き残れないでしょう。彼は他の荷物とは違う「羽の絵柄」が描かれた最後の荷物を開封しようとしたが手を止め、これから4年もの間、手元に置いておきます。

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とにかく生きるためには「食べなくては」ということで、ドレスのレースで魚を採り、スケート靴の金属部を刃物として使い・・。いろいろ上手いことやるもんだと関心。そして「獲物を採ったどーーー!」「キャーッ!生食はまずい こりゃ、火が必要だわ!」ということで・・・・はじめます、サバイバルには必須の火をおこし。・・当然最初から上手くいくはずもなく怪我をしてしまい、癇癪を起こす。それでも、どうにかコツを掴み・・

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原始人が最初に火を起こしたときはこんな感じだったんだろうなと思わせるシーン。。

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そんなサバイバル生活に悪戦苦闘しながら、4年が経過。。。まーっ!めたぼちっくな体が引き締まったこと!(22.7kg減)

サバイバルでの生活も慣れたものの、孤独に苛まれる日々。そんなある日、大きな廃材が波打ち際に漂着していた。チャックはそれを立てて暫く眺めていた。そして思いつく。そう「サバイバルに使えないものは無い」これを帆にして波を超えようというのだ。そして、すぐにいかだを作り始めた。4年もこの島にいた彼は潮の動きを知っていた、だが出発の時期が迫っていたのにロープが間に合わない。彼は以前、「ある事」をやろうとして一年前に作ったロープが島のがけの頂点にあった。それを取りに行きロープを間に合わせる。必要なものを積み込み、未だ開封していない宅配の荷物を積み、そして超えられなかった高波を超えることに成功。大海原に出た。

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命綱をつけて魚を採り、夜露を集めて飲料水にする。嵐を乗り切り、筏は出発時の原型を留めていないにも関わらず、逞しく生きていた。  しかしある日、チャックは海に懐中時計ではない大切なものを流され失ってしまった。彼は希望をなくし子供のように泣き続けた。そしてとうとう櫂を海に流し、筏をこぐのをやめてしまった。どれほど時は経ったのか、死を待つだけの彼の横を貨物船が横切る。もはや叫ぶ事も出来ない彼を船員が見ていた。チャックは生還した。

20060317011432_20131027051025e81.jpg 帰国するまでのチャックにとって生き抜くために最も貴重な物となったもの。

  ・懐中時計 ケリーへの想い。
  ・バレーボール 孤独を救ったもの。 
  ・未開封の荷物 自分が存在する意味・文明社会とのつながり。 

 帰国を果たした彼だったが、どうすることもできない悲しみが訪れる。
 ケリーは既に他の男性と結婚して子供がいた。結婚生活は幸せそうであったが、
 彼女のほうもショックも隠せない様子。ケリーは、気持ちを抑えられず、今の自分の生活を
 投げ出す様子をあらわにしていた。奪おうと思えば容易に奪うことが出来たかもしれません。
 けれど、自分達の望みを叶えることは、一つの家庭が毀れる事を意味しています。
 ・・悲しみの感情を堪え、二人は愛を終わらせます。

チャックは島から持ち帰ってきた外箱がボロボロになった、「未開封の荷物」を発送元へ返しに行ったが、不在であった。彼は「この荷物のおかげで生き延びることができた」とメモを書き残しその家を立ち去った。道の途中、方向が判らなくなった彼に一人の女性が方向を教えて去っていく。彼女の乗った車の後ろの絵に気づくチャック。

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このあと彼はどうするのだろう 前に進むのか 又は来た道を戻るのだろうか?。  
このストーリーの終わり方は、次のストーリーが始まる余韻を残します。

「潮が何を運んでくるかわからない。これからもぼくは、息をし続ける・・・」のセリフどおりに。


キャスト・アウェイ [DVD]

[監督]
ロバート・ゼメキス
[出演]
チャック・ノーランド   トム・ハンクス
ケリー・フレアーズ   ヘレン・ハント
スタン          ニック・サーシー
ベッカ・トウィグ     ジェニファー・ルイス
ユーリ          ピーター・フォン・バーグ
ジェリー・ロベット    クリス・ノース
ベッティーナ       ラリ・ホワイト
レイモン         ポール・サンチェス

★受賞★
[第58回ゴールデングローブ賞]主演男優賞(ドラマ部門)トム・ハンクス


◆内部関連記事◆

もっとリアルなサバイバル!→サバイバルゲーム ベア・グリルス 

★外部関連記事★

映画の心理プロファイル『キャスト・アウェイ』(2000 米)
けれど、『フォレスト・ガンプ』のゼメキス監督、ただの哀しいお話では終わらせません。救いがあるんです。しかも、『フォレスト・ガンプ』に通じるようなオチで♪「人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみるまではわからない」確かそんな名台詞が『フォレスト・ガンプ』にありましたよね。その台詞はこの映画でもそのまま使えそうな感じ♪そうそう、その台詞が流れる時に宙をふわふわ飛んでいたのは白い羽根。今回のは白い天使の翼。なんかオーバーラップしてきちゃうんだなぁ。

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2013-10-19(Sat)

エリック・バナ Eric Bana プロフィール

20060317011432_201310192259512a3.jpg1968年8月9日生まれ オーストラリアの俳優、身長189cm。

メルボルン出身。子供の頃から家族や身近な人物の物真似をしていた。10代の時にメル・ギブソンの『マッドマックス』を観て俳優になりたいと考え、国立の演劇学校(NIDA)にいたが演技のキャリアを積む事に関し、当時はさほど真剣ではなかったようである。学校を卒業後バーテンダーとして働いていた時に、コメディをやってみないかとテレビ関係者からオファーを受け1991年コメディアンとしてデビュー。1993年頃からコメディ番組で有名人や俳優などの物真似をして人気者となった。1996年には冠番組『エリック』が放送され、翌年には『ザ・エリック・バナ ショー』も放送された。その後、1997年、オーストラリア映画『The Castle』で映画の初出演を果たす。2000年には『チョッパー・リード 史上最凶の殺人鬼』でオーストラリア映画協会賞とストックホルム国際映画祭で主演男優賞を受賞し国際的に注目を集めるようになった。2001年『ブラックホーク・ダウン』でハリウッドに進出。2003年『ハルク』でハリウッド初主演を果たし、その後も順調に話題作、注目作に出演し活躍している。私生活では、1997年にテレビ局に勤務していた女性と結婚。二人の子供がいる。 また、オーストラリア国内の様々な慈善活動にも積極的に参加している。

当初はコメディアンでテレビ界へ進出した方だったんですね。映画出演は彼が30歳位の時なので俳優としては遅いスタートでした。最初に彼を知ったのが社会的問題を描いた「ミュヘン」。自分が観ている限りの他の出演作からもコメディのイメージが想像出来ませんでした。動画UPしたのでご覧下さい。このギャップと可笑しさにあなたは笑いをこらえられますか。

 エリックのシュワルッネッガ―     エリックのトム・クルーズ          エッ?ホントにエリック?
                                                 S・スターローン お馬鹿なクリフハンガー


♪エリックのブルガリ♪ メンズフレグランス「BVLGARI MAN EXTREME」2012年

シブカッコイイ! 鷲とのコラボがよく似合ってます。(舞台はローマ文明博物館)



[出演作品]
2000年 チョッパー・リード 史上最凶の殺人鬼(TVシリーズ)
2001年 ブラックホーク・ダウン
2002年 トレジャー・ハンター 一攫千金を狙え!
2003年 ハルク
2004年 トロイ
2005年 ミュンヘン
2007年 ラッキー・ユー/ディア マイ ファーザー
2008年 ブーリン家の姉妹
2009年 スター・トレック/素敵な人生の終り方/きみがぼくを見つけた日
2011年 ハンナ
2013年 ローン・サバイバー



★外部関連記事★

ニュースくるくる(旧)エリック・バナ、昔はコメディアン
彼の過去を語るとき、誰もが驚きを隠せないという。それというのも、そもそも彼のキャリアはスタンドアップ・コメディアンとして始まったからだ。俳優として成功をつかむ前の彼は人を笑わせることでお金を稼いでいたというが、今になってコメディアンという職業がいかに大変なものだったか身にしみているという。バナは、「アメリカ人たちは皆僕の過去を知ると驚いて、僕じゃ全然笑えないというんだ。コメディをやるにはものすごいプレッシャーがあるって、それはドラマしかやらない人には・・

2013-10-16(Wed)

キリング・フィールド/狂人独裁者に支配された悲劇のカンボジア

1984年 イギリス
THE KILLING FIELDS1970年代の内戦中のカンボジア。実在の通訳兼現地人ジャーナリストのディス・プランとアメリカ人ジャーナリストのシドニー・シャンバーグとその仲間達の実体験に基づく物語です。この内戦に至るまでの背景には様々な国や国内の権力者による政治的思惑があり、それに翻弄されたカンボジアの苦難と悲劇を描き出している。過激な映像があり苦手な方にはあまりお勧めできません。物語の展開は早く、当時の政治的動向を把握していないと細かな所までは理解しづらいかもしれません。残念なことに効果音楽と選曲のセンスがイマイチです。しかし、プランを演じたハイン・S・ニョールの演技は群を抜いて見事です。この方は本人のブランと同じく当時カンボジアにいて、ポル・ポト政権下を生き延びた人物であり、彼の記憶が演技に反映されているかのようです。そして、カンボジアの当時を知る上でも非常に貴重な作品といえます。
[背景]
カンボジアは第二次世界大戦前はフランスにより植民地化されていた。当時は食料輸出国として豊かな国であった。戦後の1953年、王位を持っていたシアヌークはフランスからの完全独立を果し国王に就任。カンボジア王国が建国され社会主義国となる。シアヌークは「独立の父」として国民の尊敬を集めた。しかし独立を果たした直後からクメール・ルージュはその政権の座を狙っていた。シアヌークは共産主義を容認してはいたが、カンボジア共産党の急進派に弾圧を加え都市部から追い出した。その左派の指導者達は逃れたジャングルで、武力闘争に走ることとなる。この中にクメール・ルージュであるポルポト派も含まれていた。シアヌークは、当時のベトナム戦争で南ベトナムが勝利すると、自国が脅かされる恐れがあったため、南ベトナムよりのカンボジア国内に、北ベトナム軍の基地を作る事と軍の駐留を認めていた。これにより、後にカンボジアはアメリカによる激しい空爆を受けることになる。

1970年3月、シアヌークはクメール・ルージュではなく、首相兼国防相の、ロン・ノル将軍が率いる反乱軍によるクーデターにより政権は奪取された。ロン・ノルは大統領に就任し国名は「クメール共和国」と改められる。このクーデターは、シハヌークが「容共主義者」であったため当時懸念されていた「ドミノ理論」(貧困地域で、1つの国が共産主義化するとドミノ倒しのように周りの国々も共産主義化する)により、カンボジアが共産主義化する事を阻止する為に行ったアメリカの策略であった。

カンボジア人は、フランスによる植民地時代の前はベトナムからの圧迫を受けていたため、ベトナムとは非常に仲が悪かった。ロン・ノルは、国民の支持を得るために国内のベトナム人を弾圧した。そしてアメリカは表向きはベトナム人保護を掲げながらも、南ベトナム解放民族戦線(共産主義)とアメリカ軍でカンボジアに出兵する。アメリカの真の狙いは、カンボジア国内に潜伏している共産主義勢力を攻撃することだった。アメリカ軍は北ベトナム軍の基地と共産主義者が潜伏していると思われる農村部を空爆。これにより30万人以上のカンボジア人が死亡。200万人以上が難民となり都市部になだれ込む。アメリカの後ろ盾により政権を得たロン・ノルはアメリカの空爆を容認していた。そのため国民の反発は強まり「クメール・ルージュが指示されるようになってしまう。

一方、政権を奪われたシアヌークは亡命先の北京から密かに帰国し政権を奪回するため、かつて弾圧したクメール・ルージュと手を組んでしまう。クメール・ルージュ側としては国民の支持を得ている王を利用しない手は無かった。国民の支持とシアヌークを手に入れたポルポト率いるクメール・ルージュはロン・ノル政権を打倒するために武力闘争を開始しカンボジア内戦が始まった。

カンボジアの大地はアメリカにより徹底的に破壊され、食料輸出国で豊かであった国内は飢餓の国と変貌してしまった。1973年、隣国で起きていたベトナム戦争は北ベトナムの勝利に終わり、アメリカ軍は南ベトナム民族解放戦線ともにカンボジアを破壊するだけ破壊してさっさと撤退した。しかし政府軍とシアヌークを取り込んだクメールルージュの内戦は終わるはずもなかった。

[あらすじ]
1973年8月、ニューヨーク・タイムズ記者のシドニー・シャンバーグはこの取材の為に首都プノンペンに降り立った。シャンバーグは空港で待っているはずの現地人のプランがいなかった為、一人でタクシーに乗りホテルへ向かった。ブランはというと少し前に、事件を聞きつけ空港を離れていた。シドニーはブランからアメリカの空爆により、ニェクロンという町で多くの死傷者を出したことを聞く。この空爆はアメリカの誤爆であった。プランとシャンバーグは町に取材に向かった。取材中、政府軍がクメールルュージュの捕虜を射殺する際に現場にいた二人は政府軍に捉えられてしまう。やがてアメリカの手配により釈放されるが迎えに来た知人の大使館員と軍人から非難される。当初より現地滞在のアメリカ人は取材に対し非協力的であった。しかし1975年3月、取材の記事はニューヨークタイムズの1面に掲載されることになる。

同月、クメール・ルージュのプノンペンへの進攻が迫り、占領の直前外国人や政府関係者は、国外へ次々と出国していく。プランの家族はシャンバーグの手を借りて無事にアメリカへ飛び立った。1975年4月17日にクメール・ルージュはプノンペンを占領した。ロン政権はアメリカの援助も叶わず崩壊、ロン・ノルは国外へ亡命する。内戦により苦しんでいた国民は、シアヌークを取り込んだクメールルージュが勝利して内戦が終わり、今度こそ平和が訪れたとクメールルージュを歓迎した。

これを胡散臭いと考えたシャンバーグ達5人は、病院に取材に出向いた。そこにはクメール・ルージュの命令に抵抗した人々の遺体と怪我人で溢れていた。現場を離れようとしたとき彼らはクメール・ルージュの兵士に捕まってしまう。目の前で政府軍の兵士を殺害しているその場所で、プランはクメール・ルージュの兵士に必死に仲間を助けて欲しいと頼み込んだ。そしてどうにか全員が無事に解放された。

終戦で国民が喜んでいるのもつかの間、政権を奪取したポルポトは、シアヌークを軟禁。国名は「民主カンプチア」と改めた。そしてポルポトによる虐殺政治が始まる。ポルポト政権は数日のうちに都市部の住民を農村部へ強制移住させた。解放されたシャンバーグ達が町で見たものは、強制的に財産も家も没収され、着のみ着のまま農村部へ移動する人々の行列であった。

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その足で彼らは最後の避難所であるフランス大使館へ逃げ込んだ。フランス大使館には外国人と200人ほどのカンボジア人もいたが、すぐにカンボジア人はふるい落とされることとなった。大使館にいたカンボジア人は、ブランも含めてタイへ非難しようとしていたが、同僚の記者達は、パスポートを偽造して自分達と一緒に出国させようとブランを引き止めた。しかし、偽造したパスポートは写真が消えてしまい失敗。 非難するにも時既に遅く、ブランは、一人大使館を出て行き、クメールルージュによって農村部へと送り込まれてしまう。シャンバークたちは無事に帰国したが、プランにとっても、カンボジア国民にとっても、アメリカの空襲などと比較にならない狂気の始まりであった。

ニューヨークに戻ったシャンバークは、プランの身を案じていた。ブランの消息が判らなくなり手を尽くしていたが情報は何も入ってこなかった。そんな中、ブランと共に取材したカンボジアの記事は1976年のピューリツッァー賞を受賞した。シャンバーグは演説で賞の半分はブランのものであり、カンボジア爆撃と侵攻を決定した政府要人たちは政略に利用しただけと非難した。そして記者としてその代償だけ払わされた人々の事を人類に提示したかったと告げた。しかし、このときカンボジアで起きていたさらなる地獄を誰一人知るものはいなかった。

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ポルポトは、国民を農村へ移住させ強制的に農作業をさせていた。プランは、かつて記者であり通訳をしていたことを隠し労働していた。  何故ならポルポト政権は「世界に階級や格差が存在しない」という「原始時代的思想」であった為、知識人は、人々に格差をもたらすものと、資産家、医者、教師、学生、僧侶などの知識人を「国家の再生の為に必要」と呼びかけて名乗り出させ、殺害するか強制収容所に送り、その殆どを死亡させた。これは同時に将来、反逆者になりえる可能性の有る人材を一掃するためだった。そして「原始共産主義」を理解するとして、子供を収容所の看守や医者、兵士にした。殺戮はエスカレートし眼鏡をかけている者、手が綺麗な者、農作業の手を休めた者、挙句の果てには容姿の良い者、それらの人々は一族ぐるみで殺される。そんな人々を殺す者の中には、ポルポトの思想を埋め込まれた子供も大勢いた。 そんな集落からプランは脱走に成功する。

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逃亡したブランの行く先にあったもの、それは数え切れないほどの朽ち果てた人間の死体、彼の視界には戦慄の地獄が広がっていた

それでもブランは歩き続けた。疲れきり、倒れていた彼を見つけたのは他の部落の男だった。ブランはこの男の家で子供の面倒を見たり身の回りの世話をして働くようになる。ここでも同じように、何かにつけて人々は殺されていたが、主人であるこの男は次第にブランに信頼を寄せるようになる。男は息子と二人であったが、かつて革命を夢見て、クメール・ルージュのメンバーになり、妻も革命で亡くしていた。きっと彼はこう思っていたのだろう。「こんなはずじゃなかった」と。幼い息子の衣服に、タイの難民キャンプまでの地図とお金、亡くなった妻の写真を隠しブランに届けた。息子をブランに託したのだ。男は「殺しをやめさせる」と仲間のところに行くとあっという間に銃殺される。

ブランは託された少年を連れ、数人の仲間とともに村を脱出した。しかし無念にも、途中で地雷により少年は死亡してしまう。ブランは子供の亡骸を葬り再び歩き出した。そして、彼はタイの難民キャンプにやっとの事でたどりついた。知らせを受けたシャンバーグは、すぐにタイに飛びたち、二人は再会を果たしたのです。

[あとがき]
その後、ブランはアメリカの家族と再会し、記者として活躍しました。この作品が公開されたのは1984年、この時には、まだ予断を許さない状況ではあったものの、ポルポト政権は終わっていたのですがエンディングでは「今、尚続いている」というようなナレーションが入っていて、不適切です。何故こんなことにしちゃったのでしょうか。音楽もプロが担当してるはずですが手抜きが見え見え。予算の問題か、センスの問題か、いずれにせよ残念。・・その中で見所はハイン・S・ニョールの演技。素晴らしいです。実体験に勝るものは無いといったところでしょうか。映画を何度か見直してみて感じたことは、そもそも、アメリカがロンメルの後ろ盾になり、シアヌークを排除しなければ、国民の支持がクメールルージュに集まる事がなかったであろうということ、シアヌークが政権奪還を目論み、クメールルージュを利用しようとした事で、彼の支持者までが反乱軍に入ってしまい、軍が強化され、結果的にポルポト政権の片棒を担ぐだけの結果となってしまったこと。互いに利用して政権を奪い合う事だけで、国民の命の事を考えている者など一人としていない。この内戦は政権の奪い合いが生み出した最悪の悲劇であり、少数の人間の欲によってカンボジアは最低の道筋を辿ってしまったという結果を伝えているように思えます。どこを支持するのか、誰を支持するのか、人事ではありません。世界で起きている事や政治に無関心であることは、非常に危険なのだということを、考えさせられる作品でした。

キリング・フィールド HDニューマスター版 [DVD]

[監督]
ローランド・ジョフィ

[出演]
シドニー  サム・ウォーターストン
プラン    ハイン・S・ニョール
アラン    ジョン・マルコヴィッチ
ジョン    ジュリアン・サンズ
キンケード スポルディング・グレイ
リーヴス  クレイグ・T・ネルソン

★受賞★
[第57回アカデミー賞] 助演男優賞 ハイン・S・ニョール/撮影賞/編集賞
[第42回ゴールデン・グローブ賞] 助演男優賞 ハイン・S・ニョール
[第10回ロサンゼルス映画批評家協会賞] 撮影賞
[第50回ニューヨーク映画批評家協会賞] 撮影賞



[ブランを演じた俳優・ハイン・S・ニョール]
彼はカンボジアの医師であり当時クメール・ルージュの元で4年間もの間、強制労働に就いてた。彼もまた自分が医師である事を隠して生き延びた一人です。彼はこの作品より前は演技の経歴は無いにもかかわらず、当作品でアカデミー助演男優賞を受賞。彼の記憶と共に製作されたこの作品は、カンボジアで無念で亡くなった人々の物言わぬ声といえるでしょう。代弁者となった彼はその後も数奇な運命を辿ります。この後、映画に出演したり人権活動などに携わっていましたが、映画の公開から12年後、強盗により射殺され55歳の生涯を終えているのです。

[その後のポルポト]
1978年 4月から5月にはカンボジア軍がベトナムに侵入し、バチュク村の村民2,000名を虐殺。6月ベトナムも反撃開始。
1978年 ベトナムは避難してきたカンボジア人の中から人員を選びカンプチア救国民族統一戦線を結成。カンボジア国内に攻め込む。
1979年 ポル・ポト軍勢は敗走。ジャングルへ逃れた。ヘン・サムリン政権が成立。ポルポトはこの政権に対し武装闘争を続けた。
1981年 9月ポル・ポトとシアヌークと右派自由主義のソン・サンの3派による反ベトナム同盟が結ばれる。
1989年 ベトナム軍はカンボジアから撤退した。
1993年、国連監視下で自由化された総選挙により立憲君主制が採択→ポル・ポト派はこの選挙に参加せず連立政権に反発
1996年 ポルポト派の軍は堕落し規律も崩壊。数人の重要な指導者も離脱する。
1997年 ポル・ポトは政府との和解交渉を試みた腹心のソン・センとその一族を殺害した。
     →クメール・ルージュの軍司令官タ・モクにより「裏切り者」として逮捕され、終身禁固刑(自宅監禁)を宣告された。
1998年 4月にタ・モクは新政府軍の攻撃から逃れて密林地帯にポル・ポトを連れて行った。
1998年 4月15日にポル・ポトは心臓発作で死んだ。しかし遺体の爪が変色していたことから、毒殺もしくは服毒自殺の可能性もあると
      言われている。遺体は古タイヤと一緒に焼かれ埋められた。埋葬直後には墓は立てられなかったが、その後墓所が作られた。




★外部関連記事★

孤帆の遠影碧空に尽き  カンボジア特別法廷  裁かれるポル・ポト政権の狂気
*カンボジア、ポル・ポト派法廷 「暗黒の歴史」なおベール* ■「犠牲者に正義を」見守った遺族カンボジアのポル・ポト政権が1979年に崩壊してから33年もの歳月を経て、大量虐殺に対するひとつの判決がようやく確定した。カンボジア特別法廷の最高裁が3日、元トゥールスレン政治犯収容所長カン・ケ・イウ被告(69)に下した、最高刑である終身刑の判決に「粛清」を免れた生存者や犠牲者の遺族は沸いた。だが大虐殺という「暗黒の歴史」はなお、ベールに包まれている。

2013-10-05(Sat)

トミー・リー・ジョーンズ Tommy Lee Jones プロフィール

Tommy Lee Jones1946年9月15日生まれ(2015年現在69歳) アメリカ人俳優 映画監督 身長182㎝

高校卒業後、父親の働く油田会社に就職したが、その傍らで独学で勉強し1年後に奨学金でハーバード大学英米文学部に進学し演劇部に所属した。在学中はゴア元副大統領がルーム・メイトだった。また、フットボールでは、全米アイビーリーグ最優秀選手になった実力の持ち主でもある。大学を卒業後、舞台に立つ事を夢見てマンハッタンに在住。飲食店で皿洗いの仕事をしながら稽古を積んだ。その頃、1970年の映画『ある愛の詩』のオーディションを受け合格し、映画デビューを果たした。しかし、その後は役に恵まれず、やっと次の映画の出演をしたのはデビューから3年後で低予算の作品だった。その後もテレビ出演が主で、映画には相変わらず端役ばかりであった。転機は、1991年にケビン・コスナーと共演した『JFK』でアカデミー賞助演男優賞候補となったこと。ようやく注目を浴びるようになる。このとき既にデビューから約20年の年月が経過していた。そして、3年後『逃亡者』でアカデミー助演男優賞を受賞し、それ以降は大作の主役、メインキャストとして今日まで活躍を続けている。2005年には自身が監督・出演した映画『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』でカンヌ国際映画祭男優賞も受賞。2013年以降は、日本未公開作品への出演が続いている。

2006年4月よりサントリー缶コーヒーBOSSのCM「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ」に出演。毎回、日本の様々な職業に潜入するという設定で、2015年現在10年目を迎えるCMシリーズとして定着している。親日で有名であり、「日本は第2の故郷」と語るほど。京都と歌舞伎がお気に入り。 近年、仕事、プライベートで日本での滞在も多いと思われます。


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今や、テレビCMでこの方の顔を知らないという人はいないほど日本人に親しまれているジョーンズさん。大物俳優である彼は、意外にも、努力家で、長い下積みをしてきた苦労人でした。一見、強面なのに彼の独特の愛嬌には、最初は誰でも「キャップ」を感じたかもしれません。でもそこが魅力ですね。これからも様々な分野で楽しませて欲しいと思います。




★受賞★
[1993年度アカデミー賞] 『逃亡者』助演男優賞
[1993年度ゴールデングローブ賞]『逃亡者』助演男優賞
[1993年度ロサンゼルス映画批評家協会賞] 『逃亡者』助演男優賞
[1993年度シカゴ映画批評家協会賞] 『逃亡者』助演男優賞
[2005年度カンヌ国際映画祭] 『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』男優賞

[出演作品]
1970年 ある愛の詩
1976年 チャーリーズ・エンジェル ぶどう園乗っ取り殺人事件/ジャクソン・ジェイル
1977年 ハワード・ヒューズ物語/ローリング・サンダー
1978年 ベッツィー/アイズ
1980年 歌え!ロレッタ愛のために
1981年 死刑執行人
1983年 キャプテン・ブーリーの大冒険
1985年 ニューヨーク・コマンドー/セントラルパーク市街戦
1986年 ブラックライダー
1987年 ビッグタウン
1988年 ストーミー・マンディ
1989年 背徳の罠 死者のメッセージ/ロンサム・ダブ/ザ・パッケージ 暴かれた陰謀
1990年 アパッチ
1991年 JFK
1992年 沈黙の戦艦/心の扉
1993年 逃亡者/天と地
1994年 ワイルド・メン/ブローン・アウェイ復讐の序曲/ナチュラル・ボーン・キラーズ/ブルースカイ
1995年 バットマン・フォーエヴァー/タイ・カップ
1997年 ボルケーノ/メン・イン・ブラック
1998年 追跡者
1999年 ダブル・ジョパディー
2000年 英雄の条件/スペース・カウボーイ
2002年 メン・イン・ブラック2
2003年 ハンテッド/ミッシング
2005年 チアガール VS テキサスコップ/メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬
2006年 今宵、フィッツジェラルド劇場で
2007年 ノーカントリー/告発のとき
2009年 エレクトリック・ミスト 霧の捜査線
2010年 カンパニー・メン
2011年 キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー
2012年 メン・イン・ブラック3/31年目の夫婦げんか/終戦のエンペラー/リンカーン
2013年 マラヴィータ
2014年 The Homesman(日本未公開)




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宇宙人のCM サントリーボス・宇宙人ジョーンズのCMが、本日から新バージョン放映開始です。今回はコンビニの店員さん♪先日朝のTV番組でメイキングが放映されていましたが、その動画がUpされていました(^^)イキング映像を観て・・・・・うまく合成するもんだなぁ~と。トミーさまはインタビューで、「コンビニへは行かないんだよ」とおっしゃってました。しかし、こんな店員さんがいたら、怖いかも(爆)

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