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2013-09-29(Sun)

リンカーン /南北戦争の終結と奴隷解放

2012年 アメリカ
Abraham Lincolnこれは、第16代 アメリカ合衆国大統領、エイブラハム・リンカーンが大統領に再選され2年目、南北戦争も4年目に突入し南軍の弱体が進み、戦争終結目前となってきている時期に下院にて「奴隷制度を廃止する憲法修正第13条」を通過させるまでの短い期間だけに的を絞り描いている作品である。リンカーンが奴隷制度を真に根絶させるため、奴隷制度を廃止する「合衆国憲法修正第13条」を提案したのは再選される前だった。当時は、彼の中でまだこれが現実的にはなっていなかった。彼はこの「法律の改正」を有権者にゆだねた。しかし彼は再び大統領に「なってしまう」。これによりリンカーンの決意が明確になったという描写になっている。工業化が進み奴隷をさほど必要していない北部。それに対し、未だ黒人の労働力に頼らなければならない南部。戦場は血の海。この戦争で既にアメリカは60万人以上の命を失っていた。 そんな中、奴隷制度に疑問を持ち反対する人々も増えつつあったが、法律が変わらないうちは奴隷制度は終わらない。彼は下院議会で批准させるまでは戦いを終わらせるわけにはいかなかった。

南北戦争は奴隷解放の為の戦争なのだから、単純に北軍が戦争に勝利して、南軍は降伏。
その条件として奴隷が開放されたのだろうと思っていたらそうではなかった。戦争を終結する前に「憲法修正第十三条」をなにがなんでも議会で可決しなければならなかった理由。・・

それはこの戦争は「内戦である」ということだ。戦争に勝利して、財産の没収として奴隷を解放することが出来るのは、交戦国の政府と国民の財産が対象となる。南部は国家ではない為、州法を無効にする事でしか黒人を自由にすることができない。奴隷解放の修正案が通らないまま戦争が終わってしまえば、反対派が、修正13条に賛成することなど皆無となるのは明白である。しかも、リンカーンが再選前の宣言した「奴隷解放宣言」さえ無効になってしまう可能性がある。憲法修正は南北戦争により、相手を追い詰めた「今しかできない偉業」であった。 リンカーンはこれを「鯨取り」と表現しているところは面白い。その鯨を射止める為にすべき事、まずは同じ共和党内の保守派と急進派をまとめなくてはならない。リンカーンは、保守派のブレアの協力と、黒人を白人と対等にと30年間主張していた急進派のスティーヴンスに協力を求めた。しかしそれでも20票足りない。対立する民主党を切り崩し民主党議員からの票も取り込まなければならなかった。彼らは来期の役職を与えるなどして票を集めていく。さらに、リンカーンは法案成立と同時に戦争終結を達成しなくてはならなかった。保守派であり、戦争収束を最優先させたいブレアの協力を得たリンカーンは、彼を南軍との和平工作に出向かせた。そしてブレアは南軍の使節団との会談の計画を取り付けてくる。共和党の議員のなかでも戦争を終結すべきという声は強くなってはいたが、法律を変えないまま戦争を終わらせるわけにはいかない為、リンカーンはこの和平工作の事実を「憲法修正第十三条」が議会で可決がなされるまで隠蔽する。

奴隷制度が廃止された場合に出てくるであろう様々な問題を懸念する民主党議員。リンカーンが自ら説得にあたる。「黒人が自由の身になったらどうなる」という疑問にリンカーンは具体的な答えをだしていない。彼の返答は「状況に合わせ実験を重ねるしかない」と告げ、最終的にはその議員の判断に委ねた。そして採決当日、裏切り者!と言われながらも賛成の声を上げたその議員の姿は印象的。
当日、票がひっくり返った事が、現実であったであろうと思う当時のこの舞台は、きっと映画よりも、もっとドラマティックだったに違いない。

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リンカーンは、若者にこう尋ねるシーンがある。生まれた時代に「ふさわしいか」と。これは自分に問いている。彼は自分がこの時代に生まれ、再選前に奴隷制度廃絶の宣言をしたが、再び大統領になった。そして南北戦争で南が弱体している、いわば「今」がチャンスであり、 非常に重要なこのような時期に「自分が大統領であるという運命」。彼は自分がなすべき事を信じて突き進んだ。

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急進派のスティーヴンスが、議会の修正案原本を持って自宅に帰ると、 家政婦の黒人女性リディアがいた。彼女は妻のように彼のベッドにいる。
ステーブンは強硬でありながらも、この女性の為に30年も戦ったのだと
いう事を想像させられる。この二つの顔を持った男は、彼女にこう告げる



「19世紀最大の法案が、アメリカで一番純粋な男によって可決された」と



とても良い仕上がりの作品です。しかし今までのスピルバーグ作品と比較すると、非常に大人しいです。最初のうちは、彼が10年以上も暖めてきた作品が、何故、この僅かな時期だけに絞られているのだろうと不思議な感じがしましたが、充分に内容の濃いものでした。そして、リンカーン本人、妻のメアリー、息子のテッド、3人とも外見が酷似しているのには感心しました。それぞれの演技も素晴らしかったです。リンカーンもしかり、メアリーの人間描写が非常にリアルです。最後に夫婦二人が馬車に乗っているとき、妻が「私はあなたを不幸にした変人女として記憶されるのでしょうね」というセリフには自覚してたのかなぁとちょっと笑いが・・。これほどの男の妻なら、さぞ良妻賢母たっだのではと調べたことがあるからです。偉人の妻は後世に一緒に記録されてしまうから大変です。長男のロバートや、それぞれの議員の人間ドラマも合わせて観察していただきたい。当然のことながら、娯楽性は全くないですが、歴史を知ることとしての教材的作品としては高く評価したい。可決までの約3ヶ月という短い期間なので、彼の幼少期からの成長過程、「奴隷たちを見て心を痛めた」というのはセリフだけにとどまってる為、それまでの心境の過程などが見えにくくなっています。純粋な伝記映画を期待したのですが、改めて思ったのは2時間や3時間では纏めるのは不可能だということ。いつの日か、リンカーンの物語をテレビシリーズで見てみたいものです。


リンカーン [DVD]

[監督]
スティーヴン・スピルバーグ

[リンカーン家]
ダニエル・デイ=ルイス - エイブラハム・リンカーン(第16代合衆国大統領)
サリー・フィールド - メアリー・トッド・リンカーン(妻)
ジョゼフ・ゴードン=レヴィット - ロバート・リンカーン(長男)
ガリバー・マクグラス - タッド・リンカーン(四男)
グロリア・ルーベン - エリザベス・ケックリー(リンカーン家の家政婦、元・奴隷)

[ホワイトハウス]
デヴィッド・ストラザーン - ウィリアム・スワード国務長官
ブルース・マクギル - エドウィン・スタントン北軍長官
ジョセフ・クロス - ジョン・ヘイ(リンカーンの秘書)
ジェレミー・ストロング - ジョン・ジョージ・ニコライ(リンカーンの秘書)

[共和党]
ジェームズ・スペイダー - W.N.ビルボ共和党議員(ロビイスト)
ハル・ホルブルック - プレストン・ブレア共和党議員(保守派重鎮)
トミー・リー・ジョーンズ - タデウス・スティーブンス共和党議員(奴隷解放急進派)
ジョン・ホークス - ロバート・レーサム
ティム・ブレイク・ネルソン - リチャード・シェル
バイロン・ジェニングス - モンゴメリー・ブレア元・郵政長官
ジュリー・ホワイト - エリザベス・ブレア・リー(モンゴメリー・ブレアの娘)
S・エパサ・マーカーソン - リディア・スミス
ウェイン・デュヴァル - ベンジャミン・ウェイド
ジョン・ハットン - チャールズ・サムナー上院議員

[民主党]
リー・ペイス - フェルナンド・ウッド民主党議員(奴隷制強硬賛成派)
ピーター・マクロビー - ジョージ・ペンドルトン民主党議員(奴隷制強硬賛成派)
マイケル・スタールバーグ - ジョージ・イェーマン民主党議員
ウォルトン・ゴギンズ - クレイ・ホーキンス民主党議員
ボリス・マクギヴァー - アレクサンダー・コフロス民主党議員
デヴィッド・ウォーショフスキー - ウィリアム・ハットン民主党議員

[アメリカ合衆国軍]
ジャレッド・ハリス - ユリシーズ・S.グラント合衆国陸軍総司令官
コールマン・ドミンゴ - ハロルド・グリーン
デヴィッド・オイェロウォ - アイラ・クラーク
ルーカス・ハース - 兵士
デイン・デハーン - 兵士

[南部連合]
ジャッキー・アール・ヘイリー - アレキサンダー・スティーブンス南部連合副大統領

★受賞★
[アカデミー賞] 主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)/美術賞
[ゴールデン・グローブ賞] 主演男優賞・ドラマ部門(ダニエル・デイ=ルイス)
[英国アカデミー賞] 主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)



[リンカーンの家族]

リンカーンは1809年2月12日ケンタッキー州ラルー郡(当時はハーディン郡)で生まれる。彼の父方の祖父の名がエイブラハム・リンカーンであり、その名にちなんで命名された。その祖父は父親が若いときにインディアンに襲われ殺害されている。リンカーンの両親は無学な開拓農民であり、彼が7歳の時に一家は貧困と奴隷制度の為、自由州(奴隷のいない州)のインディアナ州へ転居した。9歳の時に母ナンシーは毒草を食べた牛の乳を誤飲したことでミルク病になり34歳で亡くなった。10歳の時に父トーマスが3人の子を持つ未亡人サラ・ブッシュ・ジョンストンと再婚した。継母との関係は良好だったようである。2歳年上の姉のサラがいたが、彼女は死産をして21歳で急逝している。

リンカーンは、正式な教育を幾人かの巡回教師から1年分に相当する位の基礎教育しか受けていなかった。それ以外ほとんど独学で、読書も熱心だった。成人してからは測量術を覚え、その後に弁護士になった。1834年下院議員に初当選し結婚後には国政へ進出した。

妻のメアリー・トッドとは1840年12月に出会い翌年12月に婚約したが、リンカーンからの申し出で婚約が破棄されている。しかし後にパーティで再会し結局、最初の出会いから約2年後の1842年11月に結婚。結婚式の準備をしている時にリンカーンは再度躊躇い、どこへ行こうとしているかを問われた時に、「地獄へだと思う」と答えている。案の定、メアリーはヒステリックであり、家庭生活は幸福ではなかった。

結婚後、1843年に長男のロバートが生まれた。1846年には次男のエドワードが生まれたが病気により3歳で亡くなった。1850年三男ウィリーが生まれたが12歳で亡くなっている。四男トーマス・"テッド"は18歳で心不全のために亡くなってしまう。長男のロバートだけが成人まで成長した唯一の息子となった。メアリーは、息子達をなくしたことでストレスに苦しみ、リンカーンを目前で暗殺されて以降は、精神に異常をきたし、死ぬまで精神病院の中で過ごした。アメリカの作家、デール・カーネギーには「彼(エイブラハム・リンカーン)が暗殺されたことは、彼の結婚にくらべれば悲劇というに足りない」とまで言われている。

リンカーンの暗殺は、1865年4月14日フォード劇場で、妻と、ラスボーン少佐、少佐のフィアンセを伴って観劇中、北軍のメリーランド州出身の俳優ジョン・ウィルクス・ブースに1.2mの至近距離から拳銃で後頭部左耳の後を1発撃たれた。しばらくの昏睡の後、翌朝午前7時21分にリンカーンの死亡が宣告された。憲法修正第13条の可決から僅か3ヶ月半後の事だった。

息子ロバートはその後、政治家となり共和党に所属し、第35代アメリカ合衆国陸軍長官を務めた。結婚もし子供を授かったが曾孫の代で血筋は断絶している。尚、リンカーンの母ナンシーの子孫は、今日まで続いており、俳優のトム・ハンクスはそのひとりであるという。

20060317011432_2013092917222591a.jpgエイブラハム・リンカーン  末っ子のタッドとリンカーン      妻メアリー・トッド・リンカーン ラシュモア山の彫像・一番右がリンカーン

リンカーン -うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領- [単行本]


◆内部関連記事◆

南北戦争の最中、インディアンと行動を共にした北軍兵士の物語→ダンス・ウィズ・ウルブズ(フィクション)
南北戦争中に正規軍に入隊せず南部ゲリラとして戦った男達の物語→シビル・ガン 楽園をください(フィクション)
南北戦争で脱走兵となり、恋人の元へ帰った南軍兵士の物語→コールド マウンテン(フィクション)


★外部関連記事★

雑文亭・tok.読書雑感:エリック・フォーナー『業火の試練 エイブラハム・リンカンと奴隷制度』を読む
本書は森本奈理訳、2013年7月、白水社刊行です。総ページ472ページの分厚い本です。気安く読めません。訳者あとがきの冒頭を若干引用します。*本書はEric Forner, The Fiery Traial: Abraham Lincoln and American Slaveryの全訳である。・・

エイブラハム・リンカーン 詳細年表 
1809年2月12日ケンタッキー州ハーディン郡(現ラルー郡)ホジェンヴィル付近に生まれる・・・。

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2013-09-22(Sun)

デザート・フラワー/悪習根絶と戦う、あるトップモデルの物語

2009年 ドイツ・オーストリア・フランス合作
Desert Flower1965年、ソマリアの遊牧民にうまれたワリス・ディリーの物語。自らの体験を元に執筆した著書『砂漠の女ディリー』を基にしたこの作品は、想像とはかけ離れた内容で驚きました。ソマリアの遊牧民であったワリス・ディリーが、どんなチャンスを掴んでトップモデルになったのかと思っていたら、見事に予想は覆されました。これは、現在も世界の一部の地域で行われている「悪習」を根絶しようと訴えかけているのものだったのです。砂漠の中を飢えと渇きの中歩くシーンは想像どおりだったけれど、まさか、女性の割礼(女性器切除)がこんなに生々しく表現されていた映画だったとはと、ショックでした。私自身、女性の割礼があること自体知りませんでした。それは幼児の時に麻酔もなしで行われ、結婚するまで、その行為ができないように縫合される。そして、それが、今もアフリカのあちこちで行われているということ。彼女の姉妹もそのせいで死亡していること。傷が癒えても身体的に、排尿や月経時の激痛などの後遺症があること。映画中でも、彼女が激痛の為、病院で見せたところ、手術を受ければ、痛みをなくすことができるという医者の傍で、ソマリア人の男が「白人男に足を開いて見せたのか?伝統を重んじろ!」と言い放つ様。こんな意識を変えない限り、この残酷な風習が終ることはありません。この作品を二度観ましたが、後半の子供が泣き叫ぶあのシーンは二度目は直視出来ず、早送りにしてしまいました。これが同じ世界で今も行われている事を、まずは知らなくてはなりません。先進国の一部でこれを行っていたところでは、このお話が広まり廃絶されたといいます。しかし、アフリカなど発展途上国では未だに続けられているというのが現実。今後もワリスの活動を見守るとともに、こんなことが常識となっている地域の人々の、意識の向上を願ってやみません。


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煌びやかで印象に残るようなファッションシショーや豪華な衣装などはさほどありません。自身の秘密を、世界にさらしたトップモデルの
願いは、無意味に体に苦痛を与え、運が悪ければ命さえ奪ってしまう、このような慣習の廃絶でした。

Desert Flower

ファッションセンス「ゼロ」の友人の存在が彼女の心の癒しとなっており、この映画に優しさを添えてくれます。

デザート・フラワー [DVD]
文庫 砂漠の女ディリー (草思社文庫)
ディリー、砂漠に帰る[書籍]

[監督]
シェリー・ホーマン
[出演]
ワリス・ディリー   リヤ・ケベデ
マリリン(親友)   サリー・ホーキンス
ニール・フェアラム  クレイグ・パーキンソン
プシュパ・パテル   ミーラ・サイアル
ハロルド・ジャクソン アンソニー・マッキー



ワリス・ディリー
20060317011432_2013092206000236f.jpg(ファッションモデル、作家、女優、人権擁護家)1965年生まれ

ソマリアの遊牧民の一族。父、母、姉。弟がいた。姉は女子割礼のため亡くなり、弟は餓死している。その後2人の弟が出来たが。彼女は親元を離れたためその後の弟二人の消息は不明。13歳の時、父親にラクダ5頭で、60代の男性と結婚させられそうになり母の協力で砂漠の中を1人逃げていった。そして奇跡的に母の妹のところにたどり着く。父に連れ戻されないよう親戚を転々としたが、ある日、母の妹の夫が駐英ソマリア大使であったため、4年の任期の間、ロンドンの家でメイドとして働くことになった。4年後、大使が任期を終え帰国しなければならなくなった時には、パスポートをなくしたと嘘をつき、そのままロンドンに留まった。カフェなどの職を転々とした後マクドナルドの店員として働いていた。そしてファッション・フォトグラファーのテレンスに見いだされ、1987年からモデルとしてキャリアをスタートさせた。テレンスはワリスの横顔を撮りたくて、実に2年間もワリスを追いかけていたという。その後、彼女はニューヨークに移りシャネル、ロレアル、レブロンなどのブランドの広告やショーに出演。シンディ・クロフォード、ナオミ・キャンベル、ローレン・ハットンらと共に仕事をしミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨークでショーの舞台に立った。1997年モデルとして絶頂期を迎えていた彼女は、子供のときに体験した女性器切除について、雑誌『Marie claire』のローラ・ジフに初めて明かす。彼女の割礼は5歳の時で受けた女子割礼の種類は陰部封鎖だと言われている。ソマリアでは割礼を受けないと結婚が出来ないとされ現地では常識的なことであった。彼女は不衛生な中、麻酔も無しで陰部封鎖を受けたが、幸い、幸運なほうで傷は1ヶ月で癒えた。しかし、ロンドンで縫合部分を開ける手術を受けるまで、排尿、月経による激痛で苦しみ続けた。また、現在の夫に出会うまで、割礼が原因で恋ができなかったと告白している。自分の秘密や恐ろしい姿を見せるのが怖く、男性がワリスに関心をもったのが分かるとすぐに逃げ出したそうだ。このインタビューが「女子割礼の悲劇」と題されて雑誌に掲載されると大反響を呼びテレビの特別番組がつくられた。また、FGM廃止のために国連の特別大使に任命された。同年、出生地ソマリアを訪れ母親と再会した。1998年、最初の著書『砂漠の女ディリー』を発表し国際的なベストセラーとなり、続けて自叙伝も書いた。2005年3月にはオーストリアの市民権を得た。現在は、モデルの仕事を続けながら女性器切除の廃絶に向けて活動している。日本のテレビ番組『ザ!世界仰天ニュース』でも、ワリスの割礼について紹介されたが、あまりにもショッキングな内容であるために詳細は省かれた。



★外部関連記事★

映画評論家 兼 弁護士坂和章平の映画日記 デザートフラワー(ドイツ、オーストリア、フランス映画・2009年) 
これは思春期までの女児の外性器を切り取ったり、その一部に傷をつけたりする社会的慣習で、現在もアフリカや中東などを中心に、イスラム圏、土着宗教、キリスト教徒においても行われているとのことだ。この習慣は貞操・純潔の象徴とされるが、施術直後に出血や激烈な苦痛を伴うだけでなく、長期的にも性行為や出産時の痛み、感染症の危険、難産や不妊、トラウマといった弊害をもたらす。そして、何らかの形でFGMを受けている女性は約1億~1億4000万人と言われ、現在も、推計で毎年300万人の女児に切除が施されているとのことだ。

2013-09-21(Sat)

灼熱の魂 ルブナ・アザバル/戯曲『焼け焦げるたましい』

2010年 カナダ
Incendies.jpg社会的、歴史的背景が強い映画かと思ったらサスペンス的で人間ドラマ的要素のほうが強い作品でした。未見の方は詳しいあらすじと結末は見ないで視聴されたほうがいいかもしれません。なので、以下、簡単なあらすじになります。結末はご想像で、又は観てみて下さい。

カナダに住んでいた双子の兄妹はある日、母ナワルとプールサイドにいましたが、ある事をきっかけに母親の意識が突然朦朧となり、まもなく亡くなった。公証人が開示した彼女の遺書には「棺に入れず全裸でうつぶせの状態で埋葬し墓石はなし、私の名前はどこにも刻まないこと」というものだった。但し、彼ら双子の「父親」と「兄」を探し出し、夫々に手紙を渡すことができれば、自分の墓に墓石を置き、名前を刻んでも良いという内容だった。双子の兄弟はこのとき初めて、死んだはずと思っていた「父親」の存在と知りえなかった「兄」の存在を聞かされた。双子の兄シモンは母はイカレてる捉えていた為、彼らを探し出す事に消極的だった。しかし、妹のジャンヌは若き日の母の写真を頼りに亡命前にいたレバノンに、母のルーツを探るべき旅立った。そこでジャンヌが知った、母親の悲しく壮絶な人生・・・。

内戦時代より少し前のレバノン。宗教対立の中、母、ナワルは禁じられた恋により子を身ごもっていた。しかし彼女の兄弟に、ナワルと恋仲であった男は殺されてしまう。その後出産。ナワルの子は孤児院へ。この子が、彼らの「兄」である。村に居られなくなったナワルは祖母の言いつけにより村を出て大学へ行くが、すぐに内戦が始まってしまう。大学は閉鎖。山の中に非難を促されるがナワルは息子を探しに旅立った。しかしナワルが息子と会えることは無かった。孤児院は焼かれていたのだ。その後、ナワルは罪を犯し服役。ジャンヌは自分達が刑務所で生まれたことを知る。ショックを受けた彼女はシモンに知らせ、彼もレバノンに到着した。兄妹はさらにその先の物語を探っていくが、この調査の先にさらに驚愕の事実があった。

ナワルは息子は死んだという徹底的な証拠がないまま、社会民族党への怒りにより人を殺します。しかし、復讐をしたことで人生の歯車は狂い数奇な運命をたどることになります。登場人物の人間描写は、決して美しくはありません。行方がわからなかった「兄」という人物は、自身の母親を思う気持ちが表現されてはいましたが、彼は川に「いつものように」わが子を捨てようとしました。「痛いところ取り」が多すぎて、なんともいえない感情になります。そして題名から想像していたとおりのイメージの作品でした。映像は、瓦礫や赤茶けた土、ボロボロに剥がれた壁。けっして美しくは無いものが、絵画と間違えそうなぐらいに、美術的に撮られているところも多く、しっかりした作りのストーリー。
にもかかわらず、私は感情移入できませんでした。もし自分だったら?・・記憶を閉じ込めて墓場まで持って行くだろうと思うから。
(それじゃぁ小説にも映画にもならない・・・ですけどね)

墓石には名前が刻まれます。そしてその前に立つ男。

登場人物達はみな冷静です。視聴している我々のほうが衝撃を隠せないような作品です。運命のいたずらとはいえ、双子の兄弟が傷つくことを知りつつも、非常な事実と自分が母親であることを伝えたのは彼の傍に居てあげられなかった、母の懺悔の想いではなかったのかと感じました。男性には語ることさえ、許されないようにも思える難しい作品です。理解することなど到底不可能なのですから。

灼熱の魂 [DVD]

[監督]
ドゥニ・ヴィルヌーヴ
[出演]
ナワル       ルブナ・アザバル
ジャンヌ      メリッサ・デゾルモー
シモン       マクシム・ゴーデット
公証人ジャン    レミ・ジラール
アブ・タレク    アブデル・ガフール・エラージズ



★外部関連記事★

★Movies that make me think★灼熱の魂 (原題:Incendies) <2010/加=仏> ★★★★★
フランス語のカナダ映画はほとんど観たことがなく、英語のカナダ映画は割と軽いという印象のが多いので、本作もそんな感じかと気軽に構えていたら、とんでもない衝撃にガツンとやられた。 レバノン出身のカナダ国籍の演劇人ワジディ・ムアワッドの戯曲を映画化したもので、そのオリジナルの舞台は「焼け焦げる魂」というタイトルで日本でも上演されている。

2013-09-18(Wed)

スティーヴン・スピルバーグ Steven Spielberg プロフィール

Steven Allan Spielberg1946年12月18日生まれ ウクライナ系ユダヤ人。アメリカ・オハイオ州出身。
映画監督、映画プロデューサー。アメリカ映画アカデミー会員

電気技師の父とコンサートピアニストの母との間に生まれた。子供の頃はユダヤ人である事とディスレクシア(学習障害の一種)のため読み書きを修得する速度が遅くいじめも受けたこともあった。映画を製作するきっかけとなったのは、子供の頃、家族旅行の際に父親から8ミリカメラを渡され撮影係を頼まれた事だった。13歳の時には40分間の戦争映画を製作した。

17歳の時、スピルバーグはユニバーサル・スタジオをバスで回るツアーに参加したが、途中でトイレに隠れバスが去ってからスタジオ内を探索した。このとき映像保管係をしていたスタッフと知り合うと、3日間の通行証を作ってもらい、その3日間で人脈を作りスタジオに顔パスで入れるようになったという。1965年からカリフォルニア州立大学ロングビーチ校にて映画を専攻し大学に通う一方で休みになるとユニバーサルへ潜り込むようになる。そして・・
ついに空き部屋の掃除小屋を自分のオフィスとして使用してユニバーサルに居候を始めた。

21歳のとき、映画製作に関連する会社を経営していた人物より、製作資金を提供してもらえるようになり、最初の作品「アンブリン」を完成させた。この作品がユニバーサルテレビ部門の責任者シドニー・シャインバーグの目に止まり、ユニバーサルと7年契約することとなる。

当時、この契約のため大学の卒業は困難となり、大学を中退した。しかし後に再度入学し卒業学士号を取得している。1972年にテレビ映画『激突!』が評判を呼び、海外でも劇場公開されるようになる。そして1974年の『続・激突! カージャック』で劇場用映画監督進出。以降、数々の記録的な功績を築いていく。1975年『ジョーズ』は当時の世界歴代興行収入1位を記録。1982年『E.T.』で2度目の世界歴代興行収入1位を記録。1993年のアカデミー賞では『シンドラーのリスト』で作品賞、監督賞を受賞。1998年に『プライベート・ライアン』で、2度目のアカデミー監督賞を受賞した。1994年にドリームワークス[映画製作会社]を設立し近年はその経営と製作総指揮としても活躍。2013年公開となった『リンカーン』では第85回アカデミー賞で作品賞を含む12部門でノミネートされ主演男優賞とアカデミー美術賞を受賞した。

私生活ではスピルバーグは、妻ケイト・キャプショーとの間に5人(うち一人は養子)と、先妻の妻との間に2人の7人の子供をもうけており、うち2人が女優となっている。(ジェシカ・キャプショー/サーシャ・スピルバーグ) 

スティーブン・スピルバーグ論[単行本]



[監督作品(兼製作は★印)]
1971年 刑事コロンボ/構想の死角(TV映画)/激突!(TV映画)
1974年 続・激突! カージャック
1975年 ジョーズ
1977年 未知との遭遇
1981年 レイダース/失われたアーク《聖櫃》
1982年 E.T.★
1983年 トワイライトゾーン 超次元の体験(オムニバス第2話)★
1984年 インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説
1985年 世にも不思議なアメージング・ストーリー[兼製作総指揮]/最後のミッション/ゴースト・トレイン/カラー・パープル★
1987年 太陽の帝国
1989年 インディ・ジョーンズ 最後の聖戦/オールウェイズ★
1991年 フック
1993年 ジュラシック・パーク/シンドラーのリスト★
1997年 ロスト・ワールド ジュラシック・パーク/アミスタッド★
1998年 プライベート・ライアン★
2001年 A.I.★
2002年 マイノリティ・リポート/キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン
2004年 ターミナル★
2005年 宇宙戦争/ミュンヘン
2008年 インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国
2011年 タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密★/戦火の馬
2012年 リンカーン

[製作のみ]
1982年 ポルターガイスト
1991年 アメリカ物語2/ファイベル西へ行く
2005年 SAYURI
2006年 父親たちの星条旗(監督:クリント・イーストウッド
2007年 硫黄島からの手紙(監督:クリント・イーストウッド)
2011年 SUPER8/スーパーエイト
2013年 The Delivery Man()

[製作総指揮作品]
1978年 抱きしめたい
1980年 ユーズド・カー
1981年 Oh! ベルーシ絶体絶命
1984年 グレムリン
1985年 ヤング・シャーロック ピラミッドの謎/ファンダンゴ/バック・トゥ・ザ・フューチャー/グーニーズ
1986年 世にも不思議なアメージング・ストーリー★/マネー・ピット/アメリカ物語
1987年 ニューヨーク東8番街の奇跡/ハリーとヘンダスン一家/インナー・スペース/タイム・リミットは午後3時
1988年 ロジャー・ラビット/リトルフットの大冒険/謎の恐竜大陸
1989年 バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2
1990年 夢/バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3/ジョー、満月の島へ行く/グレムリン2/アラクノフォビア/ローラー・コースター・ラビット
1991年 A Wish for Wings That Work/ケープ・フィアー/A Brief History of Time
1994年 恐竜大行進
1995年 バルト/キャスパー
1996年 ツイスター
1997年 メン・イン・ブラック
1998年 ディープ・インパクト/マスク・オブ・ゾロ
2000年 チキンラン/ミート・ザ・ペアレンツ/バガー・ヴァンスの伝説/フリントストーン2/ビバ・ロック・ベガス
2001年 シュレック/ジュラシック・パークIII
2002年 メン・イン・ブラック2
2005年 レジェンド・オブ・ゾロ
2006年 モンスター・ハウス
2007年 トランスフォーマー
2008年 イーグル・アイ
2009年 トランスフォーマー/リベンジ/ラブリーボーン
2010年 ヒア アフター/トゥルー・グリット
2011年 カウボーイ & エイリアン/トランスフォーマー ダークサイド・ムーン/リアル・スティール
2012年 メン・イン・ブラック3
2014年 Jurassic Park IV/Transformers 4

[製作総指揮 テレビシリーズ(一部)]
1992年 アメリカ物語 ファイベルの冒険(アニメ)
1993年 - 1995年 シークエスト
1993年 - 1999年 アニマニアックス(アニメ)
1995年 - 2000年 ピンキー&ブレイン(アニメ)
1996年 - 1997年 ハイ・インシデント/警察ファイル
1998年 スティーブン・スピルバーグのトゥーンシルバニア(アニメ)
2001年 バンド・オブ・ブラザース
2002年 TAKEN テイクン
2009年 - 2011年 ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ
2011年 - 2012年フォーリング スカイズ
2011年 Terra Nova 〜未来創世記
2010年 ザ・パシフィック
2012年 THE RIVER 呪いの川
2013年 アンダー・ザ・ドーム

[カメオ出演]
ブルースブラザーズ(1980年)/インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説 (1984年)/グレムリン(1984年)/バニラ・スカイ (2001年)/
オースティン・パワーズ ゴールドメンバー (2002年)/ER緊急救命室レトロスペティブル(2009年)



★外部関連記事★

稲田隆紀の映画紹介 スピルバーグが国を治めるリーダーの在り方を問いかける、見る者を惹きこむ人間ドラマ。
スピルバーグにとっては『リンカーン』の生涯を描く企画は長年温めてきたものだという。2005年に出版されたドリス・カーンズ・グッドウィンの伝記「リンカーン」の映画化権を得て、その足跡をどのように切り取るか、さまざまな案を吟味した上でスピルバーグは、大統領が奴隷制度の撤廃を定めた合衆国憲法修正第13条の成立に尽力する日々に焦点を当てた。脚色にあたったのは戯曲「エンジェルス・イン・アメリカ―国家的テーマに関するゲイ・ファンタジア」でピューリッツァー賞に輝きスピルバーグとは『ミュンヘン』で組んだことのあるトニー・クシュナー。クシュナーの知的なアプローチを得て、スピルバーグがサスペンスを盛り込んだ語り口で、議会対策に尽力しつつ、家族との葛藤に悩むリンカーンの姿を映像化している。

2013-09-15(Sun)

シェルブールの雨傘/実写版ヨーロッパバービーの恋物語

1964年 フランス
Les Parapluies de Cherbourg「カトリーヌ・ドヌーヴ」が主演の名作。1950年代後半から1960年代のフランスが舞台となっているミュージカル映画。映像はパステルカラーでコーディネイトされつくされて、ヨーロッパバービーのような世界。二人のデートにはカラフルな傘、劇場にダンスホール。そして彼女の家とお店。どこを見てもその明るい色彩に魅了される。そんな映像を背景にして歌われる名曲、同じタイトルのテーマソング。これだけでもこの作品の価値がありますが、セリフが一言も無して作られている。それが独自な世界を作っている作品。もしセリフが一言でも入っていたら現実世界に近づいてしまうから、これはこれでいい。絵に書いたような単調なストーリだけれど、製作から50年を経ているにも関わらず、新鮮味を感じる作品です。

物語は互いに相手を想いながらも、報われなかった恋を描いたもの。二人は当時起こっていたアルジェリア戦争によって離れ離れになり、それぞれ別々の道を歩いていく。数年後、偶然再会した二人の時間はとても短く彼女は幸せかと声に出して彼に尋ねた。男は彼女の近況を聞くことも無く、すぐそこにいる娘のそばにも行かなかった。彼は自分に与えられた道を大事にしていくことで物語は幕を閉じる。残酷とも誠実ともとれる彼の言葉は彼女にとって悲しい事だっただろう。気持ちはあの頃のままだとしても、この先に二人のストーリーの続きがあってはならない。彼は少ない言葉と態度でそれを伝えた。ラストシーンは息子と戯れる彼の姿。この少女カラーのバービー的メロドラマの主人公は、この男のように思えた。

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シェルブールの雨傘 デジタルリマスター版(2枚組) [DVD]



 [監督]
  ジャック・ドゥミ

 [出演]
 ジュヌヴィエーヴ・エムリ  カトリーヌ・ドヌーヴ
 ギィ・フーシェ         ニーノ・カステルヌオーヴォ
 エムリ夫人          アンヌ・ヴェルノン
 エリーズおばさん       ミレーユ・ペレー
 ローラン・カサール      マルク・ミシェル
 マドレーヌ            エレン・ファルナー

 ★受賞★
 カンヌ国際映画祭 グランプリ

 ※歌は全て吹替えによるものです。



★外部関連記事★

りのりこ日記 シェルブールの雨傘にみる壁紙術
これは主人公の家の居間ですが、どうですか、この壁紙コーディネート。私はこんな提案できません。でも、フランスではありますね、こういうことする人が結構。そして、古い家具や大きな照明や額縁などと合わせて、そんな壁紙に負けない空間を作っています。ちらっと左奥の部屋も見えますが、これまたすごい色づかいです。でも、人がきれいに見えたり、インテリアが映えたり、映画を見ていると圧倒されるんです。

2013-09-12(Thu)

エディ・レッドメイン Eddie Redmayne プロフィール

Eddie Redmayne
1982年1月6日 生まれ 身長180cm イギリスの俳優、歌手、モデル

ロンドン出身。父は銀行の頭取。5人兄弟。名門イートン校に在学していた当時、イギリス王子ウィリアムと同級生であった。その後ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに入学し美術史を学びながら演技のレッスンを行っていた。プロになる前に、サム・メンデス演出の『Oliver!』で舞台に上がっている。卒業後02年シェークスピア劇「十二夜」でプロとして初舞台を踏む。

2005年にはロンドン批評家サークル·シアターアワード優秀新人を受賞した。
2006年にはザ・デンジャラス・マインド(映画・日本未公開)で主役を演じた。
その後、何本かの映画のメインキャストで出演。2008年にはバーバリーのモデルも務める。

2009年には舞台『Red』でローレンス・オリヴィエ賞助演男優賞とトニー賞を受賞した。

2012年のミュージカル映画『レ・ミゼラブル』でマリウス役を演じたことにより、日本での知名度もかなり上がりました。現在も映画の他、イギリスのテレビドラマ、舞台でも活躍している。

色白で、そばかすがチャームポイントの男優です。『レ・ミゼラブル』のほか、エリザベス:ゴールデン・エイジではエリザベスを暗殺実行者を演じた彼ですね。イギリスのテレビドラマでも史劇での役柄が多いようです。まだ若いので、これからも、多くの日本公開作品に登場してくるのではないかと思います。期待しましょう。





[主な出演作品]
2006年 ザ・デンジャラス・マインド/グッド・シェパード
2007年 美しすぎる母/エリザベス:ゴールデン・エイジ
2008年 イエロー・ハンカチーフ/ブーリン家の姉妹
2009年 Powder Blue/ブラック・レコード〜禁じられた記録〜
2010年 Black Death
2011年 HICK ルリ13歳の旅/マリリン 7日間の恋
2012年 レ・ミゼラブル




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「車椅子の物理学者」ホーキング博士役に『レ・ミゼラブル』エディ・レッドメイン
映画『レ・ミゼラブル』でマリウスを演じたエディ・レッドメインが新作映画『セオリー・オブ・エブリシング/ Theory Of Everything,』で「車椅子の物理学者」として知られるスティーヴン・ホーキング博士を演じるとDeadline.comが報じた。

2013-09-11(Wed)

シャイン ジェフリー・ラッシュ/精神障害を持つ実在の天才ピアニストの物語

1996年 オーストラリア
20060317011432_201309100656006fa.jpg実在の天才ピアニストであり精神病患者である『デイヴィッド・ヘルフゴット』をジェフリー・ラッシュとノア・テイラーが演じ、ジェフリーが主演男優賞を総なめにした作品。高評価なのは知っていたがシンプルなタイトルとジャケットで何故か未見だったもの。物語は後半の折り返し地点のシーンから始まり、その現在と彼の少年期からの物語を交互に映し出していく構成で作られている。何故、天才と期待された彼が障害者となってから、こんなに孤独な状況になったのか?青年期まで一見、健常者と変わらなかったのに、これ程変化させる病気とは何なのか?という疑問を持ちながら鑑賞しました。

メルボルンに生まれたデイヴィッドは幼少の頃より父親からピアノを習っていた。彼の才能に気づいた音楽教師がその才能を育てたいと申し出ます。家庭が貧しく父はそれを拒否しましたが息子がラフマニノフと演奏することが彼の夢でもあり、結局父はその教師の元へ行き「レッスン代は支払わない」と言いデイヴィッドを託した。個人レッスンを受けるようになり、やがて青年になった彼は音楽コンクールで受賞。アメリカ留学の招待を受けます。しかし父親は反対し招待状を燃やしてしまいます。このときのデイヴィッドのショックは言うまでもありません。その後、再び大きな音楽コンクールで2位を獲得したデイヴィッドに、今度はイギリス留学のチャンスがめぐってきます。この時も父は反対しますが、あきらめきれなかったデイヴィッドは、二度と家族に会うことはできないと言い放つ父の言葉にも屈せずイギリスへと旅立ちます。

ロンドンに留学したデイヴィッドは有能な恩師にも恵まれ、ピアノの腕前も上達。青年として成長していく一方で彼の病気の兆候は少しづつ現れ始めていた。そんなある日、デイヴィッドのコンクールへの出場が決定する。彼は幼い頃から父親にいつか弾きこなすように言われていた、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を選曲した。厳しいレッスンを経て出場。精神を研ぎ澄まし素晴らしい演奏をした彼は、演奏終了後舞台で倒れてしまう。そして、次のシーン。診察台の上に横たわるデイヴィッドの頭には、脳波を調べる機材が・・。


 十数年後、デイヴィッドは精神病院にいた。医者にピアノを弾いたため病気に
 なったと診断されていた彼はピアノを長いこと弾いていなかったが、ある日、
 かつて彼のファンだったという年配の女性に引き取られます。しかしすぐに彼
 の行動を持余した女性は、彼女の知人(引受人)のアパートの一室に放りだす。
 その部屋には汚れて鍵盤があちこち剥がれたボロボロのピアノがありました。
 彼は再びピアノを弾き始めます。あまりにも長く弾いている為か、他の部屋の
 住人に罵倒されたりもします。そんなある日、一日中ピアノを弾いている彼に
 引受人は散歩を薦めます。その隙にピアノに鍵を掛けられてしまいます。
 散歩に出た彼はというと、迷子になり家に戻れなくなっていました。そして、
 彼はワインバーに入り込みますが、そこにいた女性が彼を障害者と理解し家
 まで送ってくれたのです。こんな出来事が彼の人生の転機となりました。 



部屋に帰るとピアノは鍵を掛けられ弾くことが出来ません。翌日、どうしてもピアノを弾きたい一心の彼は、例のワインバーに行き、客が大勢いる中、ピアノを勝手に弾き始めます。天才の弾くピアノ、あっという間に店はそれが評判となり大繁盛。話題となり新聞に彼の記事が載ります。それを見た父は一度だけ彼の前に姿を現します。親子の再会は、お互いに必要としているのに物悲しくあっけなく終わります。

20060317011432_201309110446478a8.jpg

ある日、店の女性の友人の占い師の女性と出会い、その彼女にプロポーズをします。彼女は婚約者がいましたがデイヴィッドを選びました。彼はありのままの自分で結婚の意思を伝え、人生を切り開いたのです。そして妻となった彼女の支えにより再び彼のリサイタルが開かれました。演奏を終えた会場にはかつての恩師や家族が大勢の観客と共に拍手を送っている。しかしそこには、もう父の姿はありません。
そして歓声を浴びる彼の目には涙が・・・。 



この作品の一番の見所は何といっても『ラフマニノフ』の演奏シーンでしょう。映像とピアノ音楽を融合させ彼の精神状態を幻想的に表現させる場面は芸術的です。作品の作りとしても『ラフマニノフ』の演奏で倒れてからその後の十数年がバッサリ省略されており、さらに細かいところの割愛も多く、無駄なシーンやセリフが一切ありません。しかし大事なことだけはしっかり伝えており、見ごたえがあります。ピンポイントとして、息子と父親のメガネを取り上げており、メガネが彼らのその時期の状況を表しているところも見逃せません。物語は父親との確執を主に取り上げられており、父親はアメリカ行きもイギリス行きも反対したことに対し、何故この親は息子の夢をかなえようとしないのかと疑問に思いました。金銭面の理由もあったのかもしれません。しかしそれ以上に彼の精神病が関係していたのかもしれません。父親は彼の精神病の予兆を察知していたようです。父は息子が成功する事を心の底から願いつつも、自分の手から離れる事が許せない心境と彼を世間にさらし本人が傷つくかもしれない恐れとの葛藤がそんな矛盾を生み出したのかもしれません。私には健常者である父親の精神のほうが病んでいるようにも見えました。それでも、彼にピアノを教えたのは父。ピアノがなければただの障害者で孤独な人生を歩んでいたかもしれない息子に父は最良のものを残しました。、精神医学が現在程、解明されていない当時「ピアノをやったから病気になった」と医者に言われるも、結局のところ、彼はピアノによって救われているのです。そして彼のようなケースは、親身になって保佐する人がついていなければ、才能は時の波に埋もれてしまう可能性もある事もこの映画は伝えているようにも思えます。同時に、精神障害者にとって本当に必要なものは何か。という事を考えさせられました。彼にとってはそれは伴侶であり彼女と人生を共にする事で、再び輝きを取り戻すことができたのです。
何かが欠落していて、生きていくのが困難なとき、それを補い合う人がいることの素晴らしさ、というのをつくづく感じた作品でした。

シャイン [DVD]
すべては愛に―天才ピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの生涯

[監督]
スコット・ヒックス
[出演]
デイヴィッド・ヘルフゴット       ジェフリー・ラッシュ
デイヴィッド・ヘルフゴット(青年期)  ノア・テイラー
デイヴィッド・ヘルフゴット(少年期) アレックス・ラファロウィッツ
ピーター・ヘルフゴット(父)      アーミン・ミューラー=スタール
ギリアン                 リン・レッドグレイヴ
セシル・パーカー            ジョン・ギールグッド

★受賞★
[アカデミー賞] 主演男優賞(ジェフリー・ラッシュ)
[ゴールデン・グローブ賞] 主演男優賞(ジェフリー・ラッシュ)
[英国アカデミー賞] 主演男優賞(ジェフリー・ラッシュ)/音響賞



デイヴィッド・ヘルフゴット
20060317011432_20130911053743fb1.jpg 
  1947年 オーストラリアのメルボルン生まれ。

  留学したイギリスでは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第三の演奏を含め大学で数々の賞を
  受賞。しかし彼の師匠のパースと作家キャサリンスザンナプリチャードの死亡によって
  病気が悪化する。(統合失調感情障害
  
  1970年に帰国し最初の夫人クレアと1971年に結婚。しかし結婚生活が破綻し、
  その後、精神病棟に収容され10年以上にわたり、向精神薬や電気痙攣療法
  などの精神療法を受ける。

  1984年妻のジリアンと再婚。~国内だけでなくヨーロッパでも演奏活動を行った。
  現在はニュー・サウスウェールズ州ハッピー・ヴァリーにジリアン夫人と暮らし、
  自宅「ヘヴン」にて演奏会を続けている。

 ※映画は脚色されており、事実とは一部異なる箇所があります。

デイヴィッドと妻のジリアン










★外部関連記事★

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番

 可愛いヘルフゴットさんに注目               もう少し聞きたい?

2013-09-03(Tue)

ミュンヘン エリック・バナ

2005年 アメリカ
Munich.jpg1972年に実際に起きた惨劇「ミュンヘンオリンピック事件」とイスラエル政府がこれに対して行った報復劇で、パレスチナの指導者の暗殺計画を映像化したもの。これはオリンピックの開催中にパレスチナの過激派組織、黒い9月(ブラック・セプテンバー)のメンバー8名が、オリンピック村のイスラエル選手団宿舎に侵入し、抵抗した2人を殺害。残りの9人を人質にした。彼らはイスラエルに収監中のパレスチナ人の解放を要求。ドイツ政府と交渉し旅客機を用意させたが、空軍基地に移動後ドイツ側は軍の滑走路で犯人たちを狙撃。銃撃戦となりテロリストは座席に縛られた人質をライフルと手榴弾で全員殺害した。イスラエル政府はこの報復の為、[モサド]のメンバーの中から極秘で構成した暗殺チームによる首謀者暗殺計画(神の怒り作戦)を実行する。作品はノンフィクション小説『標的は11人―モサド暗殺チームの記録』を原作としており、これが本当に実話?と思わせるような衝撃的なシーンを次から次へと展開していきます。

主人公はこの[モサド]のメンバーでイスラエル人の「アヴナー」。イスラエル政府は資金を提供するだけで、暗殺チームとは一切の関わりを絶った。連絡役はモサドの上官エフライムだけ。彼は実行部隊のリーダーとして、南アフリカ出身の「スティーブ」爆弾製造の「ロバート」現場の掃除係の「カール」文書偽造の「ハンス」の4人と共に、テロの首謀者とされる11名のパレスチナ人のリストを手に、自力で標的を探し、次々に計画を実行していく。アヴナーらの武器は銃と時限爆弾だ。そして彼らはフランス人のルイという男に接触し情報を得て作戦を進めてゆく。


1112258_20130831205736009.jpg

まず一人目「ワエル・ズワイテル」彼を待ち伏せし拳銃で射殺。二人目「ハムシャリ」は自宅の電話に爆弾を仕掛け殺害。
その後、アヴナーは妻と生まれたばかりの娘をアメリカへ呼び寄せる。

Tom Hanks

三人目は「フセイン・アバド・アッ・シル」ホテル滞在中の彼の部屋のベッドに爆弾を仕掛けるが、爆弾の威力が強すぎ、隣室の無関係の新婚カップルが負傷する。アヴナーも合図の為に隣室にチェックインしていたが、危うく負傷するところだった。爆弾はルイが手配した。彼への疑惑はあったが、彼無しではこの作戦は決行させることが出来なかった。続けてルイはリストの3人の居場所をアヴナーに売った。

1112258_20130831221049eb9.jpg

アヴナーはレバノンの首都ベイルートにあるアパートをイスラエル軍とともに襲撃。9月メンバーの3人「ケマル・アドワン」「カマル・ナセル」「アブ・ユセフ」の3人を殺害した。

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そして最重要の標的は首謀者「サラメ」であった。ルイの情報によりロンドンに向かい、計画を実行させようとするが直前に酔っ払いに妨害され断念する。ルイは「CIAがサラメと繋がっており作戦を妨害している可能性がある」と忠告する。この頃からアヴナーたちも命を狙われはじめていた。そして、ルイの情報によりアテネに次の標的がいることを知る。彼らはアテネに向かいルイより予め用意されていた荒れた宿の一室に到着するが、そこに他のグループがやってきて一時緊迫した状態となる。彼らもルイの手配によりこの部屋にきたという。アヴァナーらはETAやドイツ赤軍と名乗り相手はPLOで敵ではないと確認した彼らは、この部屋で一晩を共にする。当然、お互いの目的など伝えることはない。翌日アヴナーはこのパレスチナ人のアリから、ミュンヘンオリンピックの事件直後パレスチナの難民キャンプがイスラエルにより攻撃され200人が死亡したことを聞く。そして「国の無い、苦悩と悲しみ」を聞く事になる。彼らもまた、国の為に人生を賭けた若者だった。

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アテネでの標的は「ザイード・ムシャシ」ホテルで殺したフセイン・アバド・アッ・シルの後任だ。彼の部屋に事前に仕掛けた爆弾は不発となり、ハンスが、仕掛けた爆弾の下へ手榴弾を投げ入れ爆発させて殺害。現場から立ち去る際にロシア人のKGBを銃撃して殺してしてしまう。現場にはアリがいた。彼は黒い9月の仲間だった。顔を合わせたアヴナーとアリは一瞬凍りついたような表情になったが直ぐに襲撃をしあう。しかしアリはカールの至近距離からの銃撃に倒れる。呆然とした表情のアヴナーを乗せた車はその場から去っていく。

ある日、アヴナーは酒場で女に誘惑されるが断り、入れ違いに酒場に入ったカールに「危険な罠に注意」と伝える。翌日カールはベッドの上で死亡していた。ルイに彼女の正体を確認すると女はオランダ人。政治的背景はなく金だけで動く殺し屋だった。仲間を殺された彼らは女を殺した。ロバートは実行前に、リストにない女を殺すことを躊躇した。「今の自分はユダヤ人の誇りを見失ってしまっている」と。
アヴナーは結局、ロバートを連れて行かなかった。やがて彼らは気づく。殺しても殺してもあとから後任者がでてきて終わりがないことを。

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数日後、ハンスも外出中ナイフで殺害された。もはやアヴァナーは、ベッドの上で眠ることが出来なかった。そしてクローゼットの中で眠る。以前メンバーと交わした冗談のような話が現実のものとなってしまった。そんな中、爆弾を作っていたロバートも爆発事故で死亡した。
メンバーはスティーブと2人だけになってしまった。そんな彼らにルイは再びサラメの情報を売る。

二人はスペインのタリファへ。大きな屋敷にサラメはいた。しかし警備の少年に見つかり反射的に銃撃。少年を殺してしまう。サラメの殺害は失敗に終わった。そして彼らはモサドの上官から作戦中止命令を受け、アヴァナーはイスラエルに帰国した。メンバーは暗殺リストの11人のうち7人を殺害し、3人の仲間を失った。そして暗殺リストに載っていない人間を6人を殺してしまった。それでも彼等はイスラエルから功績を称えられた。結局トップの「アリ・ハッサン・サラメ」と、2番目の男「アブ・ダウド」を殺すことはできなかった。イスラエル側から「今回の情報源となった人物の名前を言え」と追求されるが、彼は決してその名を口にする事は無かった。

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アメリカの妻子のもとに帰ったアヴァナーは、自分が暗殺される恐怖と不安に苛まれる日々を送る。そして毎夜悪夢に見舞われる。とうとう彼はイスラエル政府さえも自分を殺そうとしているのではないかと錯覚してしまう。さらにルイのボス(父親)に連絡し、自分と家族が狙われてはいないかと確認する。死への恐怖と家族への危険への怯え。秘密工作員として人を殺し、そして仲間の死を垣間見、生き残った人間のリアルな心理が映し出されてる。

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アヴナーは国の為と当初この暗殺計画に望んだ。イスラエルの首相もエフライムも「国の平和のためにはテロと戦わなければならない」と。
彼もそれが正義だったと信じていたが、この体験をとおして出した結論は、そこには解決の糸口など微塵もありはしない ということだけ。
そのことをアメリカに訪ねてきたエフライムに訴えますが、話は平行線のまま。アヴナーはほんの僅かだけでも歩み寄りを望んだのでしょう。彼は自宅の食事に誘いますがエフライムは一瞬だけ悲しそうな表情をして、その申し出を断り去っていく。こうしてこの映画は幕を閉じます。


この極秘作戦は別のモサドの暗殺グループがフランスで捕まったことにより、事実が明らかとなりますが、彼の証言によっても当時のイスラエル政府の暗殺計画が浮き彫りになりました。選手の殺害からはじまり首謀者暗殺とそれに巻き込まれていく人。血で血を洗うだけの報復の連鎖は、ただ平穏に日々を送りたいと願う平凡な人々の命さえ奪ってしまう。母国イスラエルとの約束を破り、これを証言したアヴナーの決心は如何ほどのものだったのでしょう。多くの人に伝える事が問題解決の進展の鍵と考えたのだと思います。とても衝撃的な作品ですが、この映画や小説によってそれまでとは、全く異なる目線でこの問題を捉えたという人も多いのではないかと思います。
現在もアヴナーはイスラエルには戻らず、そのままアメリカで名前を変え身元を隠し家族と暮らしています。ちなみに作品中のアヴナーら当事者の氏名は全て仮名。当然の事ながら、モサドの元高官らはアヴナーの証言を否定している。尚、ミュンヘンオリンピックは、翌日にイスラエル選手団の追悼式が行われ、競技は続行された。

ミュンヘン [DVD] PG-12指定

[監督]
スティーヴン・スピルバーグ
[出演]
アヴナー      エリック・バナ
スティーブ      ダニエル・クレイグ
ロバート       マチュー・カソヴィッツ
カール        キーラン・ハインズ
ハンス        ハンス・ツィッシュラー
エフライム      ジェフリー・ラッシュ
トニー        イヴァン・アタル
アヴナーの母   ギラ・アルマゴール
ダフナ(妻)     アイェレット・ゾラー
パパ(ルイの父)  マイケル・ロンズデール
ルイ         マチュー・アマルリック
アンドレアス(旧友)モーリッツ・ブライプトロイ
シルヴィー      ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
ジャネット(女殺し屋)マリ=ジョゼ・クローズ
イヴォンヌ      メレット・ベッカー
ツヴィ・ザミール   アミ・ワインバーグ
メイア首相      リン・コーエン
アリ          オマー・メトウォーリー



アリ・ハッサン・サラメ(1940年-1979年1月22日)
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  黒い九月の作戦に関わりミュンヘンオリンピック事件などの襲撃の中心人物 
  フォース17(総数3,300人のパレスチナ自治政府の警護部隊)の創設者。
  妻は1971年度ミス・ユニバースだったジョルジーナ・リザーク。

  「赤い王子」と呼ばれ、パレスチナの若者から人気があった。サラメはPLOとアメリカCIAの間を
  取り持っていたといい、ベイルートのアメリカ人の安全や政治的な支援をしていたという。
  また、アメリカからのパレスチナへの支援を得る目的でパレスチナとアメリカの接触を容易にする
  役割があった。イスラエル政府は、彼を「ミュンヘン五輪襲撃事件」を計画した首謀者とみなし、
  複数の暗殺チームを派遣していたと見られている。実際にサラメを殺害したのは、イギリス国籍を
  持つエリカ・チェンバースという女性工作員だった。アヴナーのグループが作戦を終了した7年後に、
  サラメは仕掛けられた自動車爆弾によって同行していたほかの8人とともに吹き飛ばされ死亡した。
  PLO議長ヤーセル・アラファートは「我々はライオンを失った」とその死を悼んだという。





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ジャーナリスト・黒井文太郎のブログ/国際情勢、インテリジェンス関連、外交・安全保障、その他の雑感・・・モサドがハマス幹部を殺害?ドバイでパレスチナのイスラム強硬派組織「ハマス」幹部が暗殺された事件で、イスラエルの諜報機関「モサド」による暗殺作戦だったという疑惑が浮上したというネタで、モサドについて解説をしました。モサドは世界有数の情報機関として非常に有名ですが、その実態は不明な点が多いです。元職員や幹部の証言などがたまに出るので、それで関連情報が出てくることはありますが、古い話や誇張された話などもけっこうあって、なかなか現在の実態まではわかりません。いちおう公式サイトもあるのですが(http://www.mossad.gov.il/)ほとんど何も書いてません。モサドは正式名称を「イスラエル情報特殊作戦機関」といい、この「機関」がヘブライ語でモサドというのですが、それが公称となっています。

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