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2013-07-25(Thu)

女王ファナ/夫の屍とカスティーリャを彷徨した姫

2004年 スペイン
444777889_20130725054404.jpg16世紀に狂女と呼ばれた実在した姫様の物語です。夫を失った後、老いて亡くなるまでの47年間、幽閉されて生涯を送った。ハプスブルグ家の嫁であり、カスティーリヤとアラゴンの王権を持ち、スペイン両王の娘にして神聖ローマ皇帝5世の母。生まれながらに地位と名誉を持っていたが、嫉妬を引き金に精神が欠落した女の人生を描いている。

1496年、フアナ王女は16歳でハプスブルク家のブルゴーニュ公フィリップの元へと嫁ぎます。これは国益のための政略結婚であったが、18歳の夫のフェリペは美男子で、彼女はたちまち彼の虜になった。二人は大変仲がよかったが、やがてフィリップは、フアナに浮気の現場を目撃される。夫を愛し過ぎていた彼女は嫉妬のために、精神が錯乱して数々の奇行が始まる。浮気現場のベッドのにおいを嗅ぎ、夫との関係が疑わしい侍女の頭を刈り上げたり、衣装箱に閉じ込めたり、夫の首にナイフを近づけたり、醜い侍女ばかりを付けるようになったり。狩りに行った夫に尾行をつける、夫を嫉妬させる為に幼なじみの騎士を利用して彼を陥れる、ハサミを脚に突き立てるなどの数々の凶行を繰り返す。嫉妬に狂っている時のファナの数々の行動には夫のフィリップもうんざり・・・。

さて・・二人のこの先の運命は・・フアナ王女は生涯幽閉、フィリップは亡くなります。
こんな「悲劇」の終幕になるまでを描いた愛憎劇。



物語は脚色により史実とは異なる部分が多いです。狂人をモチーフにしている脚本なのだから、嫉妬 怒り 狂気 の感情をもっと激しく表現して欲しかったというのが感想。やったことをサラリと流してしまったような作りが残念。「愛と憎しみは紙一重」的な激しいファナを見たかったです。侍女の髪を切るなら鬼のような形相でハサミを持って追い回すとか。記録からイメージするファナより、この作品の彼女は大人しいです。また、夫の死後、その遺体について彼の故郷に運ぶが「遠くて運べませんでした」なんて事になっちゃってるけれど、ここは史実どおりのほうがインパクト強いでしょう。エロチックな映像が思いのほか多かったのですが、それよりも彼女が幽閉されるまでの政治的な背景が乏しく、コチラに時間を使って欲しかったと思いました。なので、歴史映画としての出来栄えは最低。でも、中世のヨーロッパは近親婚が多い為、「歴史上の知っている誰か」と繋がっているのを発見する事も多く、そういう側面からみれば少しは面白いかもしれません。ファナは先日投稿したエリザベスゴールデンエイジに登場する有名な「無敵艦隊」のスペイン王フェリペ2世の祖母になります。またファナの兄弟の一番下の妹は、キャサリン・オブ・アラゴン(スペイン名はカタリーナ)でイングランド王ヘンリー8世の最初の妻でした。ファナはヘンリー8世の義理の姉だったことになります。キャサリンはチューダーズ <ヘンリー8世 背徳の王冠>に登場しています。

女王フアナ [DVD]

[監督]
ビセンテ・アランダ
[出演]
フアナ      ピラール・ロペス・デ・アジャラ
フェリペ     ダニエレ・リオッティ
アルバロ     エロイ・アソリン
ド・ヴェイル伯爵 ジュリアーノ・ジェンマ


夫を狂愛しすぎた女王 フアナ( 1479年11月6日 - 1555年4月12日)カスティーリャ女王「狂女王フアナ」の異名で知られる人物


444777889_20130725035138.jpg1479年カスティーリャ女王イサベル1世の夫で共治王であるフェルナンド2世がアラゴン王に即位。カスティーリャ・アラゴン連合王国(スペイン王国)が成立する。
この年にフアナは次女として生まれた。知性豊かで信心深く真面目な少女であった。

1496年にハプスブルク家のマクシミリアン1世の長男で、ネーデルラントの領主の、
ブルゴーニュ公フィリップと結婚。フアナの兄フアンもフィリップの妹マルグリットと翌年に結婚しており兄弟同士の二重結婚であった。夫フィリップは「美公」「端麗公」という通称通りでフアナは惹かれ、二人は愛し合い、2男4女をもうける。しかし真面目なフアナは夫の不実を許すことが出来ず人目をはばからず激昂することもしばしばで、フィリップの心は離れていった。夫への猜疑心に駆られ次第にフアナの精神状態は不安定になっていく。

1497年兄フアンが夭折し彼の妻マルガリータは男児を死産。翌年、姉のイサベルが亡くなり2年後その子供も相次いで亡くなる。このように王位継承権のある兄弟と子が次々に亡くなったため、フアナがカスティーリャの王位継承者に指名された。

1501年フアナは夫フィリップとともにカスティーリャに渡る。しかしフィリップは翌年には臨月の妻を一人残し、故郷に帰ってしまった。フアナはショックで精神状態が悪化。子どもの養育も困難となり子供達は、かつてのフアナの兄嫁マルグリットや父フェルナンド2世に育てられた。彼女が王女に即位した後に生まれた四女のカタリナのみ手元に留め置かれた。カタリナ出産後フアナは夫のいるフランドルに戻る。

1504年11月に母イサベル1世が死去、フアナは再度カスティーリャに渡る。ブリシンゲン港より海路で出発。歴史家レイモン・ド・ブランカフォールによれば、嵐に遭った折、当時の習慣により同乗させていた売春婦たちを積荷と共に海に流そうとしたとき、フアナは「足手まといを海に捨てなければいけないのならば、まずはこの女達を食い物にした殿方から始めましょう。それに彼女達を船に乗せた者どもも。もちろんその点では公爵殿下(フィリップ)も言い訳は許されません。なぜなら今私たちは、悪事を働いた者であれば、それが王であろうと平民であろうと等しく罰を下される方に慈悲を乞おうとしているのですから」と言い放ったという逸話がある。

帰国しフアナはカスティーリャ王位に就いた。夫のフィリップは「カスティーリャ王フェリペ1世」を名乗り、妻との共同統治を主張したが、議会では「王の配偶者」としか認められなかった。フィリップはカトリック両王と敵対していたフランスに接近したり、フランドルの貴族たちにカスティーリャの土地を分け与えたりしたため、国内の貴族達を敵に回し支持を失う。フアナは夫の愚行には従わず国内貴族たちの支えとなった。

123698_20130725035153.jpg1506年フィリップは突然死する[毒殺説も有]。これによりフアナは完全に正気を失う。夫を埋葬せず棺を運び出し半年~1年以上[諸説有]馬車でカスティーリャ国内をさまよい続けた。彼女は、度々棺を開けて「復活」を信じ夫の遺体にキスをした。王室礼拝堂のあるグラナダを目指したとも。そうすれば夫が復活するとそそのかした占い師がいたからだとも言われている。1508年、フアナは父王によって国内の城館に幽閉。「狂女」と呼ばれる。父死去後、長男カールが迎えられスペイン王カルロス1世として政務を代行。フアナは死ぬまで退位を拒み続けた。

彼女の精神障害は遺伝的な要素もさることながら、政治的な思惑の中で翻弄され精神を圧迫したことが大きいと思われ彼女自身、自分の行動を自覚している節もあったようである。歴史研究者によると彼女は正気を保っていたが父はイサベルの死後は前女王の夫という立場でしかなく国の統治に関与できなかった為、娘が正気をなくしていれば自分が後見人として統治できると意図的に「フアナが狂った」という噂を流したという説もある。
1877年フランシスコ・プラディーラ作「狂女王フアナ」[プラド美術館]



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アンダルシアの古都グラナダの王室礼拝堂 カトリック両王の後継者となった女王フアナ
精神を病んでいた女王フアナが亡くなり、古都グラナダの王室礼拝堂に埋葬された(上の画像が女王フアナのお墓)のは、西暦1555年のことだった。つまり、あのスペインの黄金時代の君主カルロス1世(カール5世)が正式に単独で王となったのは西暦1555年のことなんだね。実質的には祖父のアラゴン王フェルナンド2世が亡くなった西暦1516年から彼が君主として統治していたんだけど。

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2013-07-24(Wed)

ケイト・ブランシェット Cate Blanchett プロフィール

12393_20130720223733.jpg1969年5月14日生まれ、オーストラリア出身の女優。身長:174 cm(44歳)

メルボルンでアメリカ人の父とオーストラリア人の母の間に生まれる。メルボルン大学に進学し美術史と経済学を学んでいたが中退し、オーストラリア国立演劇学院に入り演技を学ぶようになる。1992年に同校を卒業し舞台に立つようになると、舞台批評家達の間で高い評価を受けるようになり、翌年の1993年には、シドニー劇場批評家協会賞で『Kafka Dances』での新人賞の受賞と、ジェフリー・ラッシュと共演した『オレアナ』で主演女優賞も受賞し、史上初のダブル受賞となった。(エリザベスで共演したジュフリー、舞台時代から交流があったんですね)

1994年には映画デビューし、1996年の『Paradise Road』でハリウッド進出を果たした。
舞台を中心にテレビドラマでも活躍していたが、1997には年レイフ・ファインズと共演した「オスカーとルシンダ」で初の主役に抜擢され高い評価を受ける。翌年1998年の「エリザベス」でも、その演技が絶賛され多くの映画賞を受賞し一躍トップ・スターとなった。その後も数々の映画に出演。2001年からの『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズではガラドリエルを演じ、演技派・実力派女優としての地位を築く。そして2004年「アビエイター」でキャサリン・ヘプバーンを演じアカデミー賞助演女優賞を獲得。2008年ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名前が刻まれた。

1997年脚本家のアンドリュー・アプトン氏と結婚。現在、二人は3人の息子と共にオーストラリア・シドニーに在住。日常的な事として、彼女は日本製化粧品「SK-II」を10年以上愛用しており、このブランドのグローバル・アンバサダーも務めている。




45587_20130724063455.jpgケイトの美肌はSK2?                           3人の男の子のお母さん♪逞しいが、この変わらぬ体型が羨ましい。


★受賞★
[アカデミー賞]2004年度『アビエイター』 助演女優賞
[ゴールデン・グローブ賞]1998年度『エリザベス』主演女優賞(ドラマ部門)/2007年度『アイム・ノット・ゼア』助演女優賞
[英国アカデミー賞]1998年度 主演女優賞『エリザベス』/2004年度 助演女優賞『アビエイター』
[オーストラリア映画協会賞]1997年度『Thank God He Met Lizzie』助演女優賞 /2005年度『Little Fish』 主演女優賞
[全米映画俳優組合賞]2003年度『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』アンサンブル演技賞/2004年度 『アビエイター』助演女優賞
[インディペンデント・スピリット賞]2007年度『アイム・ノット・ゼア』助演女優賞 /2007年度 『アイム・ノット・ゼア』ロバート・アルトマン賞
[ヴェネツィア国際映画祭]2007年度『アイム・ノット・ゼア』 女優賞

[主な出演作品]
1994年 Police Rescue: The Movie
1996年 Parklands
1997年 オスカーとルシンダ
1998年 エリザベス
1999年 リプリー/狂っちゃいないぜ!/理想の結婚
2000年 ギフト/耳に残るは君の歌声
2001年 シッピング・ニュース/シャーロット・グレイ/ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間/バンディッ
2002年 ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔/ヘヴン
2003年 ミッシング/ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還/コーヒー&シガレッツ/ヴェロニカ・ゲリン
2004年 ライフ・アクアティック/アビエイター
2005年 Little Fish トレイシー・ハート
2006年 バベル/さらば、ベルリン/あるスキャンダルの覚え書き
2007年 ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-/エリザベス:ゴールデン・エイジ/アイム・ノット・ゼア
2008年 インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国/ベンジャミン・バトン 数奇な人生
2010年 ロビン・フッド
2011年 ハンナ
2012年 ホビット 思いがけない冒険
2013年 ホビット スマウグの荒らし場
2014年 ホビット ゆきて帰りし物語



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Addict allcinema 敵は、外にも中にも──そして私の心にも。「エリザベス ゴールデン・エイジ」
前作がけっこうお気に入りだったので、続編ができるって聞いた時から気になっていた作品!!
まず、前作よりも数段、大作になっていた事に驚きました!!!!
ケイト・ブランシェット、衣装、音楽、全てがスケールアップ♪♪ 前作から10年…この続編「ゴールデン・エイジ(黄金時代)」では、ケイト・ブランシェットという新人女優が“名優”として熟成したことを、目の当たりに魅せてくれました!!

2013-07-17(Wed)

レ・ミゼラブル (ミュージカル映画)/ヴィクトル・ユーゴーが見た六月暴動

2012年 イギリス
レ・ミゼラブル1789年フランス革命後、一度は王権制度は終わったはずだった。ロベスピエールらによる恐怖政治が始まり。4年後、ルイ16世とマリーアントワネットがギロチン台に登った。翌年テルミドールのクーデターが勃発、ロベスピエールらは、国王を葬ったギロチン台で自らも裁かれた。その後ナポレオンがフランス第一帝政の皇帝に即位。イギリスを除くヨーロッパの大半を勢力下に置いたが1815年ナポレオン戦争で敗北。ナポレオンは失脚した。同年、フランスは再び王権が復活、ルイ18世~シャルル10世の統治。この二人の王は、かつての絶対王朝を目指した。人々の生活はさらに貧しくなり、国民が乞食と化した。その日のパンを買うことで精一杯。馬車に乗る上流階級の者から物乞いをする日々。ルイ16世の統治時代のフランス革命前に戻ったようだった。人々は再び立ち上がり、1830年フランス7月革命勃発。王朝は再度打倒。シャルル10世はイギリスに亡命。ブルボン家直系から王位は失われた。そしてオルレアン家のルイ=フィリップが自由主義者や大資本家などに擁立され国王となる。絶対王政を否定し立憲君主制がとられたが、結局、7月革命の後も人々の暮らしは変わることはなかった。

ずいぶん前に「レ・ミゼラブル」の映画を観たときになんて素晴らしい作品なのだろうと涙した。当時は、何故この作品のミュージカル映画が出てないのかと思ったものです。そして念願の製作、公開。素晴らしい脚本とキャストで数々の賞とノミネートは当然の事。冒頭からラッセルクロウの予想外の歌声に驚き、ジャックマンの自在な演技に脱帽。エポニーヌ役のサマンサ・バークスの存在が光り、作品の「顔」というべきコゼットの幼少期の子役にイザベル・アレン。イメージがピッタリでキャスティングのセンスも優秀。期待通りでした。

レ・ミゼラブルの作者、ヴィクトル・ユゴー(1802年2月26日 - 1885年5月22日)は自分が生きたこの時代を舞台として執筆している。

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[あらすじ]
この物語は飢えた妹の子の為に一切れのパンを盗んだ男の物語。彼の名は「ジャン・ヴァルジャン」。盗みの刑は5年、脱獄を繰り返し19年服役していた。やがて仮出所するが行く先々で冷たい仕打ちを受け彼の心は荒んでいた。そんな時、教会の司教が暖かく彼をもてなした。施しを受けた後、ヴァルジャンは銀食器を盗み逃亡。憲兵により捕らえられるが、司教は「それは彼に差し上げたのです」それどころか「一番高価な燭台も差し上げたのに忘れていきなすった」と告げた。、彼は刑務所には戻らなかったが心を入れ替え燭台を持ち旅立った。

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数年後、ヴァルジャンは名前を「マドレーヌ」と変えある町で工場を営み、その町の市長となっていた。ある日、服役中に看守であったジャヴェールが警部として彼の前に現れた。ジャヴェール警部はこのときは逃亡したヴァルジャンであることに気づかなかったが、後に気づいてしまう。そして工場では「ファンティーヌ」という女性が幼い娘を他に預け、ヴァルジャンの工場で働いていたが、彼女は他の女達にいじめられ女達は工場長をそそのかし彼女をクビにしてしまった。娘の為にお金が必要だったファンティーヌは、髪を売り、歯を売り、売春婦に身を落とし数年後には病に侵されていた。ふとしたきっかけでヴァルジャンは自分の工場で働いていた女工が知らない間にこのような状態になっていた事を知る。ファンティーヌを引き取るがヴァルジャンがコゼットを迎えにいく前に、彼女はコゼットをヴァルジャンに託し死んでしまう。

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彼は別の町で宿屋を営んでいる夫婦にこき使われていたコゼットを取りもどしたが、このとき既にジャヴェール警部 に身元がばれていた為、身を隠しながらコゼットを大事に育てた。コゼットはヴァルジャンの素性を知らずに、すくすくと成長する。

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 7月革命から2年後の1832年
 バスティーユの象から出てきた少年カブローシュがこの時代を語る。
 
 おいらはカブローシュ、ここはオイラのシマだ。洒落たものは何もない。
 だがここは学校 上流社会。このサンミッシェルの貧民街、
 施し者で食ってるのさ。歯に悪いがきにしねえ。
 貧しいって?自由だって?

 昔 市民は国王を殺した。革命を急ぎすぎて

 今また別の王がいて前の王と同じ無能ぶり
 自由のために戦った国でパンの為に戦ってる。
 平等ってやつは死ななきゃ与えられない。

 慈悲があるならお恵みを。下見ろ 下見ろ あんたらの同胞を。

ウジェーヌ・ドラクロワ作 7月革命『民衆を導く自由の女神』
後ろにいる銃を持つ子供はカブローシュのモデルといわれている。

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ヴァルジャンとコゼットは町に戻っていた。二人が町にいる時にコゼットを見かけたABCメンバーの青年マリウスは一瞬で恋におちた。
コゼットが幼少の頃にいた宿屋の夫婦の娘エポニーヌはマリウスに恋をしていた。彼はエポニーヌの気持ちに全く気づかない。それどころか彼の気を引きたい一心の彼女はコゼットの居場所まで彼を案内してしまう。互いに惹かれあう二人を見てエポニーヌは悲しみを押し殺す。

まもなく、ジャヴェール警部に居場所を突き止められ、ヴァルジャンとコゼットはその場所を去る。すぐに別に借りてあったアパートの一室に移動した。コゼットはマリウスに宛てた手紙を門に挟み、その場所を離れた。その手紙はマリウスではなくエポニーヌが見つけた。彼女はマリウスにその手紙を渡せずにいた。かつての家からコゼットの行方がわからなくなってしまったマリウスは悲しみにくれる。

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この頃、国民の味方だった政治家ラマルク将軍が死んでしまう。民衆の希望の光だった彼の死はパリを騒然とさせた。これがきっかけとなり共和制支持派学生「ABCのメンバー」等を中心とし「六月暴動」が始まる。指揮をとっていたアンジョルラスの声がけで市民は次々に窓から部屋中の家具を落とした。道の方々にバリケードが張られる。

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敵が近づき、銃口を向けられ気づかなかったマリウスを庇ったエポニーヌは自ら撃たれてしまう。彼女は彼を庇ったことを一言も言わず、コゼットからの手紙を渡さなかった事を謝罪し手紙を手渡しマリウスの腕の中で息を引き取った。コゼットの居場所がわかったマリウスはカブローシュに自分の手紙を届けさせる。受け取ったのはヴァルジャン。彼はコゼットに恋の相手がいたことを知り、ヴァルジャンはバリケードに向かいます。その頃、ジャヴェール警部はスパイとしてアンジョルラス率いるABCのメンバーに紛れ込むが、あえなくカブローシュに正体がバレて拘束される。バリケードにきたヴァルジャンはジャヴェールの処刑役をかってでるが、銃を空に向けて撃ち「処刑した」ことにして彼を逃がした。ジャヴェール警部は「これは命の取引か?また追うぞ」といってその場を立ち去る。

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銃の弾を回収しようとしてバリケードの外に出たガブローシュは敵の銃に撃たれてしまいます。

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戦闘は激化、大砲に大勢の敵、彼等は圧倒的に不利で「ABCのメンバー」は次々と死んでいく。混乱のさなか、ヴァルジャンは瀕死の重傷を負ったマリウスを背負って下水道へ入り込んだ。やっとの思いで下水の出口にたどり着くと、ジャヴェールが待ち構えていた。「俺は決して諦めない」と。しかし自分も一度救われ、さらに、負傷した人間をこのような状況で救おうとしている。ジャヴェールは男を背負って通り過ぎるヴァルジャンをとめることができなかった。苦悩した彼がとったこの後の行動とは・・。

マリウスは自分がどうやって助かったか判らなかったが、日々体は回復しやがてコゼットと結婚の約束をした。
そしてヴァルジャンは、マリウスに自身の正体を明かし、自分の存在はコゼットにとって不名誉であると姿を消した。

結婚式の日、宿屋のテナルディエ夫婦がやってきてヴァルジャンの情報があると金をせびりにきた。この時マリウスは自分を救ったのはヴァルジャンだったことを知る。彼はヴァルジャンを引き止めなかった事をひどく後悔した。ヴァルジャンの居場所が判ったマリウスとコゼットは彼のところへ向かった。ヴァルジャンのところに飛び込んできたコゼットの顔を見た彼は感激で涙した。そしてマリウスとコゼットは、再び同じ屋根の下で暮らしたいと望んだが、彼は危篤状態にあった。かつて司教から貰った「銀の燭台」の灯火の下、二人に見守られながら息を引き取ります。ヴァルジャンを迎えたのは、かつての恩人の司教とフォンティーヌ。導かれた場所に向かうとそこには民衆の歌を歌う人々が。

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狭い道端のバリケードで死んだ大勢の人々が、宮殿を巨大なバリケードで囲みバスティーユの象がそれに同化して、その上で、湧き上がるような民衆の歌を歌い三色旗を振る。そんな彼らの表情は達成感で満たされています。この暴動は歴史にも、さほど大きな記録として取り上げられることのない「小さな革命行動のひとつ」でした。けれど、名も無い多くの勇士達のこの敗北の繰り返しがその後の歴史を大きく変えてきたことはまぎれのない事実。ヴィクトル・ユゴーが7月革命ではなく6月の暴動を舞台とした意図が見えてくるようです。「巨大なバリケードが意味すること」に気づいた時、この作品のラストは最高の終幕だと感じました。

レ・ミゼラブル [DVD]

[監督]
トム・フーパー
[出演]
ジャン・バルジャンヒュー・ジャックマン
司教コルム・ウィルキンソン
ジャベールラッセル・クロウ
ファンティーヌアン・ハサウェイ
コゼットアマンダ・サイフリッド(幼少期:イザベル・アレン
マリウス・ポンメルシーエディ・レッドメイン
・テナルディエ一家・
テナルディエサシャ・バロン・コーエン
テナルディエ夫人ヘレナ・ボナム=カーター
エポニーヌサマンサ・バークス(幼少期:ナタリア・エンジェル・ウォレス)
ガブローシュダニエル・ハトルストーン
・ABCのメンバー・
アンジョルラスアーロン・トヴェイト
コンブフェールキリアン・ドネリー
クールフェラックフラ・フィー
ジャン・プルーヴェール アリスター・ブラマー
フイイーガブリエル・ヴィック
バオレルイワン・ルイス
ジョリーヒュー・スキナー
レーグル・ドモー:スチュアート・ニール
グランテールジョージ・ブラグデン
[検索用]ヒュー・ジャックマン/コルム・ウィルキンソン/ラッセル・クロウ/アン・ハサウェイ/アマンダ・サイフリッド/エディ・レッドメイン/サマンサ・バークス/ダニエル・ハトルストーン/アーロン・トヴェイト/キリアン・ドネリー

★受賞★
[アカデミー賞]助演女優賞:アン・ハサウェイ/メイクアップ&ヘア/スタイリング賞録音賞
[ゴールデングローブ賞] 作品賞 (ミュージカル・コメディ部門)/主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)/助演女優賞:アン・ハサウェイ



フランス最後の王「ルイ=フィリップ1世
1793年~ルイ=フィリップ1世はスイス亡命後アメリカへ住む。ナポレオン1世失脚後にフランスに帰国した。
1830年7月革命で復古王政が打倒され、自由主義者や大資本家などに擁立され国王となる。(7月王政が成立)。

ルイ=フィリップ1世は「フランスの王」ではなく「フランス人の王」を称し、政治体制は絶対王政を否定して立憲君主制がとられた。国内の安定と繁栄をはかる為に産業の変革を推進しフランスに産業革命をもたらしたが、もともと財産や地位のある大資本家や銀行家などによる制限選挙で擁立された国王であったため人々の格差は広がり、その上、農業は不作が続き、食糧事情は悪化、物価が上昇、病気の蔓延、全ての階級の国民の不満が高まっていた。

対外政策では後のフランス帝国主義政策に先鞭をつけ、1834年にはアルジェリアを併合、1838年に菓子戦争で勝利。極東では、アヘン戦争で敗れた清に対し1844年に黄埔条約を自国に有利な形で締結。エジプト・トルコ戦争ではエジプト側を支持して地中海地域への影響力の強化を狙ったが、1840年のロンドン条約で列強にこれを阻止されるなど、ヨーロッパでは東方問題をめぐり国際的に孤立した。

7月王政期のフランスは自由主義の確立と資本主義の発達を遂げたが、選挙権が上層ブルジョワジーに限る制限選挙の制度が相変わらず維持されており、国民から普通選挙実現の要求が高まるようになると、政府は武力で弾圧した。また、恐慌の影響もあって社会不安が高まった。このような状況の中、選挙法改正をはじめとする政治改革を謳う「改革宴会」と呼ばれる宴会が催されるようになったが、政府によって1848年2月予定だった改革宴会を禁止されると、王朝内反対派や国民が反発。2月革命が勃発する。ルイ=フィリップ1世は事態を収拾できず、同月24日に退位しイギリスに亡命した。同日パリでは共和主義者と社会主義者によって組織された臨時政府によって共和政が宣言され、フランスはこの後一時的に共和制に戻る。旧ブルボン家の末裔を王位に就けようとする陰謀があったが阻止され、ナポレオンの甥シャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルトが大統領に選出、後に最後の『皇帝』となる。

900年余り続いたフランスの王制は、オルレアン朝のルイ=フィリップ1世を最後にその幕を閉じた。
彼は亡命先のイギリスでヴィクトリア女王からあてがわれた居館でわずか2年後の1850年に亡くなった。




★外部関連記事★

Loomings ワン・デイ・モア! in ハリウッド~ヒュー・ジャックマンの勝利 レ・ミゼラブル
第85回アカデミー賞授賞式における『レ・ミゼラブル』組パフォーマンスのこと。最近10年間に作られたミュージカル映画を、その出演者によりトリビュートするという企画が行われ、『シカゴ』『ドリームガールズ』に続いてトリをつとめたのが『レ・ミゼラブル』でした。まず、主演のヒュー・ジャックマンが映画のための新曲「Suddenly」を歌いながら登場。その後、他の主要キャスト全員が加わって「ワン・デイ・モア」が歌われました。御存知のかたが多いと思いますが、舞台では第一幕最後に置かれたナンバーです。一人ひとりのソロが重なり合って、やがて全員の思いが一つになるかのような大合唱として終わるのは、映画版も同様でした。

2013-07-13(Sat)

マザー・テレサ オリビア・ハッセー/歴史に刻まれた母の愛

2005年 イタリア・イギリス
マザー・テレサ 映画飢えと貧困の時代のインドに生まれたマザーテレサの、慈悲とやさしさに満ちた生涯の物語。
マザーテレサを演じるのは、ロミオとジュリエットの、懐かしいオリビア・ハッセー。マザーテレサの物語は、子供の頃に本を読んで貰った記憶のある人も多いはず。孤児と貧しい人々を助け、
ノーベル賞を受賞してるということはぐらいは知っていても、詳しくは知らないという方、今一度、
彼女の人生をこの作品で観てみるのもいいかもしれません。作品を観終わった時にはきっと、
穏やかでやさしい気持ちになるでしょう。

1946年、インドのカルカッタでカトリックの修道院の女子校で教鞭をとっていたテレサ。ある日イスラム教徒とヒンズー教徒の抗争に巻き込まれ負傷した男を校内に入れ手当をした。しかし、後にカトリック教徒であるのに異教徒のヒンズー教信者を助けたとして修道院長からこの行為を非難されます。その結果、ダージリンへの転任命令を受けてしまいます。

ダージリンに向かうテレサはカルカッタの駅で、行き倒れ今にも息を引き取りそうな一人の男を見つける。彼女は死を待つその男の傍に行くと男は「私は渇く」と喋った。この男が実際に発した言葉かどうかは定かではないが、この言葉は死を迎える最後のイエスの言葉で「成し遂げられた」の意味を持ち「イエスが十字架で人々の身代わりに死んだ事で神の救いが成し遂げられた」という事をあらわすものでした。テレサは、この男を通じ自分に向けられた神の言葉と確信する。道端に倒れ死を待つ人がいる日常、大勢の人が視線も向けずにその横を通り過ぎていく。テレサはこのカルカッタのスラムこそ自分がいるべき所と、ダージリン行きの命令に背きカルカッタに戻った。
そして、彼女は多くの反対者がいる中で、道端で死を待つ人々の為の、「死を待つ人の家」を作ります。「無駄だ!」と言う人々もいます。
それでも保護された人は、最後の時に、屋根のあるところで傍にいる人に看取られます、孤独な一人きりの死を迎えずにすむのです。
テレサはあの世に逝く人の心も大切にしていました。

こうして修道院の外で活動をしていましたが、やがて修道会に属しながらの活動も限界を感じ、新しい修道会「神の愛の宣教者会」を設立。親の無い子や、貧困や病気に苦しむ人々の救済を続けました。世間からの中傷や非難、妨害、いわれの無い疑惑など様々な問題がありましたが、たった一人から始めた慈善行為の繰り返しは、やがて多くの賛同者や協力者を生み、その活動は在命中に世界に知られるようになります。そうして1979年にはノーベル平和賞を受賞しました。

物語の終盤、会議の机に置かれた一本の水に「これを買うお金で貧しい国の子供が学校に通えるわ」と、こんな時でさえ「与える」事を考えている。それまでの過程でどれだけの努力と頭を捻って人々の為に必要なものを捻出してきたのだろうと想像させられるシーンである。
きっと「寝ても醒めても」だったのだろう。テレサは自分には何ひとつ望まず与え続ける事に生涯を捧げ1997年永眠、伝説となりました。

宗教も人種も差別無く、いつでも、どんなときでも貧しい人々や恵まれない子供達の事を考えていた彼女。
「世界のマザー・テレサ」「母の象徴」。そう呼ばれた彼女の姿が、この映画に描かれています。

マザー・テレサ スペシャルBOX [DVD]

[監督]
ファブリッツィオ・コスタ
[出演]
マザー・テレサ       オリビア・ハッセー
セラーノ神父        セバスティアーノ・ソマ
エクセム神父       ミハエル・メンドル
マザー・ドゥ・スナークル ラウラ・モランテ
シスター・アグネス    イングリッド・ルビオ
アンナ            エミリー・ハミルトン




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     あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。

                           気にすることなく、善を行いなさい。


                           出典
                                         あなたの中の最良のものを / マザー・テレサ





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ミャンマーの女性ノーベル平和賞受賞者 スーチーの物語→The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛




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■マザーテレサの祈り
愛は家庭から始まります。まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。両者が愛し合い、
母親が家庭の中心となりなさい。平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。
自分が、自分の家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません。

2013-07-10(Wed)

ジェフリー・ラッシュ Geoffrey Rush プロフィール

45587_20130708005928.jpg1951年7月6日生まれ オーストラリア、メルボルン在住の俳優。(62歳)。
クイーンズランド州立大学に進学中、俳優のメル・ギブソンはルームメイトだった。
ジェフリーは卒業後イギリスへ渡り、ロンドンで演劇を、フランスのパリでパントマイムを学ぶ。

オーストラリアに帰国後、メル・ギブソンらとクイーンズランド・シアター・カンパニーに所属し数多くの舞台に出演。ライトハウス・アンサンブルの主要メンバーとしてメル・ギブソンと共に『リア王』などに出演。彼とは一時期に同居生活も送っていたようである。ちなみにジェフリーは映画での仕事をこなしながら、現在でも時々舞台に立っている。

1981年に映画デビュー。1996年には実在した天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴッドに扮した『シャイン』を演じアカデミー主演男優賞を受賞。この作品では主要映画賞の主演賞を独占し、一躍世界的にその名が知られるようになる。また、オーストラリア人で最初の演技部門におけるオスカー受賞者となった。以降、数々の賞を受賞しながら、演出家としても経験も重ね、その評価も高く、関連した賞も受賞している。2009年には舞台『瀕死の王』でトニー賞主演男優賞(演劇部門)を受賞し[アカデミー賞][エミー賞][トニー賞]3賞の受賞者を意味する「トリプルクラウン」の一員となった。

2012年、芸術活動に対する貢献が評価されオーストラリアン・オブ・ザ・イヤーを受賞。
俳優で同賞を受賞するのはロバート・ヘルプマン、ポール・ホーガン以来3人目。
主役も脇役も強い存在感を残し、作品そのものに独自のインパクトを添える俳優である。
1988年にオーストラリア人の女優ジェーン・メネラウスと結婚し、一男一女がいる。

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↑「クイルズ」のサド公爵をみて彼を知った。誰よ、この「変態おじさん」と当時は思ったものの今となっては「お見逸れしました~」の一言。


★受賞★
『シャイン』アカデミー賞 主演男優賞/ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)/英国アカデミー賞 主演男優賞受賞
『クイルズ』ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)
『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』テレビ映画エミー賞主演男優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門)/ゴールデングローブ賞主演男優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門)

※ノミネート※
『エリザベス』英国アカデミー賞 助演男優賞受賞
『恋におちたシェイクスピア』アカデミー助演男優賞/ゴールデングローブ賞 助演男優賞/英国アカデミー賞 助演男優賞
『クイルズ』アカデミー主演男優賞/英国アカデミー賞 主演男優賞
『英国王のスピーチ』アカデミー助演男優賞


[出演]
1996年 シャイン/革命の子供たち
1997年 悪魔大臣/レ・ミゼラブル/エリザベス/恋におちたシェイクスピア
1999年 ミステリー・メン/TATARI タタリ
2000年 クイルズ
2001年 テイラー・オブ・パナマ/ランタナ
2002年 フリーダ/バンガー・シスターズ
2003年 ケリー・ザ・ギャング/パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち
2004年 ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方
2005年 ミュンヘン
2006年 キャンディ/キャスパー/パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト
2007年 パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド/エリザベス:ゴールデン・エイジ
2010年 英国王のスピーチ/ガフールの伝説/決闘の大地で
2011年 パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉/グリーン・ランタン



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Try Singing It 『クイルズ』感想ジェフリー・ラッシュ出演作の中でも数多い「映像が青白いコスチューム・プレイ」の一つ。精神病院が舞台になっているのですが、その中も外も青いこと青いこと。さて、言うまでもなく、ジェフリー・ラッシュが演じているのはサド侯爵の役です。「怪優」と言われることが多い彼。私はこの言葉がちっとも好きではありませんが、彼がそう呼ばれる正当な理由がもしあるとしたら、それはこの『クイルズ』なのではないかと思います。

2013-07-07(Sun)

ジュリエット・ビノシュ Juliette Binoche プロフィール

Juliette Binoche1964年3月9日生まれ、フランス、パリ出身の女優。身長:168 cm(49歳)
フランス人で舞台監督の父とポーランド人女優の母の間に生まれる。幼少のうちに両親が離婚したため、それぞれの親とカトリックの寄宿学校の間を行き来して育ち、演技のレッスンは母親から受けていた。12歳の時に舞台に出演。その後舞台活動を続けながらパリの芸術高校に通ったのちフランス国立高等演劇学校にて学ぶ。1983年には映画デビューも果たした。

映画デビュー後、『ゴダールのマリア』や『ランデヴー』などの作品に出演し、フランス国内で知名度が上がる。その後も数々の受賞とノミネートが続き『イングリッシュ・ペイシェント』ではアカデミー賞助演女優賞に輝き、この作品では他にも数々の女優賞を受賞した。
3年後の『ショコラ』でもアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。

私生活では1980年代に『汚れた血』『ポンヌフの恋人』の映画監督レオス・カラックスと交際していたが破局。他にもダニエル・デイ=ルイスやオリヴィエ・マルティネスとも交際していた。1993年にスキューバダイバーの男性との間に長男を、1999年に『年下のひと』で共演したブノワ・マジメルとの間に長女を出産するが、どちらも破局している。2005年から2008年までアルゼンチン人脚本家のサンティアゴ・アミゴレナと交際していた。その後も交際していた男性がいたのですがその方は2012年に他の女性と婚約したので、ビノシュは現在フリーか、ひょっとすると新しい恋をしているかも?しれません。


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素晴らしいキャリアを持ち、良い作品にも恵まれているビノシュ。演技の実力が見えてくる年齢となった今後の彼女に注目です。

★受賞★

『ポンヌフの恋人』ヨーロッパ映画賞 主演女優賞
『トリコロール/青の愛』ヴェネチア国際映画祭 女優賞/セザール賞 主演女優賞
『イングリッシュ・ペイシェント』アカデミー助演 女優賞/英国アカデミー賞助演 女優賞/ヨーロッパ映画賞 女優賞

[出演作品]

1984年 暗殺の報酬/ゴダールのマリア
1985年 家族生活/ランデヴー
1986年 汚れた血
1988年 存在の耐えられない軽さ
1991年 ポンヌフの恋人
1992年 嵐が丘/ダメージ
1993年 トリコロール/青の愛
1995年 プロヴァンスの恋
1996年 カウチ・イン・ニューヨーク/イングリッシュ・ペイシェント
1998年 ゴダールの映画史/溺れゆく女
1999年 年下のひと/サン・ピエールの生命
2000年 コード・アンノウン/ショコラ
2002年 シェフと素顔と、おいしい時間
2004年 イン・マイ・カントリー
2005年 隠された記憶/綴り字のシーズン/マリー 〜もうひとりのマリア〜
2006年 パリ、ジュテーム/カウントダウン 9.11/こわれゆく世界の中で
2007年 ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン/撤退/40オトコの恋愛事情
2008年 PARIS(パリ)/夏時間の庭
2010年 トスカーナの贋作
2011年 陰謀の代償 N.Y./コンフィデンシャル
2012年 コズモポリス
2014年 Godzilla'



★外部関連記事★

映画的・絵画的・音楽的 トスカーナの贋作
(1)この映画は、初めのうち美術品の贋作を巡るお話と思わせておきながら、どうやらそれにとどまらず、もっと幅広い視点から「贋作」を捉えていることが次第に分かってきます。冒頭は、イギリスの作家ジェームズ(ウィリアム・シメム:オペラのテノール歌手とのこと)が、トスカーナ地方の町で、自分の贋作に関する著書『Copia Conforme』(注1)について講演する場面です。講演者の机には、立派に装丁された本が展示されています。ですが、そんな本など出版されてはいないのですから、それ自体が「贋作」でしょう!

   
2013-07-03(Wed)

エリザベスゴールデン・エイジ/黄金時代を築いた処女王

2007年 イギリス
エリザベス・ゴールデンエイジ1998年公開の『エリザベス』の続編。恋する女と女王である事との狭間で揺れ動く焦燥。
宗教対立によるエリザベス暗殺計画とスペインの無敵艦隊に勝利するまでを描いている。

時代は1585年、エリザベスはプロテスタントの女王としてイギリスを統治していた。この頃のエリザベスの傍には、いつもお気に入りの侍女ベスがいた。まだ弱少国だったイギリス国内には、カトリック信者も多かったが、姉メアリーによって行われた反対者への迫害を繰り返さないために、異端排斥法を廃止していた。その為、国内のカトリック信者がいつ謀反を起こすか判らない状況であり、国外のカトリック列強国やバチカンも彼女を妾腹の子と決して王と認めなかった。さらにカトリックで正当なイギリスの王の血族でもあるスコットランド女王のメアリースチュアートが、自国を追われエリザベスを頼り、イギリスに亡命してきていた為、国内は常に不安定な状況にあった。

当時のヨーロッパの最強国はスペイン。その王フェリペ2世は亡き姉メアリー1世の夫であった。
彼は敬虔なカトリック信者であり欧州全土をカトリックの国にしようと目論んでおり、イギリスにおいては幽閉中のカトリックであるメアリーに王位を移しエリザベスの失脚を画策していた。

ある日の謁見で、エリザベスの元には相も変わらず各国から求婚者の肖像画を持った家臣達が殺到していた。その中で新世界から戻ったばかりでさらに新天地にいくためその許可を求めにやってきたローリー卿と出会う。謁見者たちの中にはスペイン大使らもいた。彼らはイギリスに滞在しメアリー1世と国内の反乱分子と繋がっていた。

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エリザベスはローリー卿を宮廷に呼び、新天地での話を聞くことを楽しんだ。エリザベスは彼を気に入り、その後も頻繁に宮廷へ呼びます。やがてエリザベスは彼に惹かれ、出向させず引き止めるようになります。

メアリーは亡命当初より謀反を企んでいました。フェリペ2世はメアリーを英国女王にするため、国内にエリザベス暗殺集団を結成させており、彼らはメアリーからの暗殺指示を待っていた。その中にはベスの従兄弟フランシスやウォルシンガムの弟ウィリアムが含まれていました。しかし、ベスの従兄弟フランシスとその父親は暗殺集団から離れ隠れていました。集団に裏切り者として殺される仲間を見てきたフランシスは、父と共に改宗をするので助けて欲しい。宮廷に帰りたい。助けてくれないと、寝返ったことで殺されてしまうとベスに頼み込みます。しかし親子はウォルシンガム下の秘密警察に捕らえられ、拷問を受けスペインの陰謀の内容を吐かされます。これによりスペインの画策が明るみになり、エリザベスはスペイン大使らを国内から追い出します。大使から報告を受けたフィリペ2世はイギリス攻撃を開始する準備を始めます。

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フランシスは死刑になり、おそらくその父も亡くなっています。ベスはこのような結果になり何もしなかった自分を責め悲しみます。そんなベスを慰めるローリー。程なく惹かれあっていた二人が結ばれるその頃、自身の裸体を照らし出すエリザベスの姿が哀れに映し出されます。その後、ベスとローリの仲を知らないエリザベスは、二人にダンスを躍らせ自分が彼と踊ってるような瞑想に浸るのです。一方、ローリーは他の家臣と異なり、出世の為にエリザベスの寵愛を自ら受けるような事はしませんでした。

エリザベスの暗殺計画が直前という頃に、ウィリアムが兄ウォルシンガム卿に会いにきます。彼はウォルシンガム卿を殺しにきたのですが、ウォルシンガム卿は弟が暗殺集団の一員である事を知っていました。ウィリアムは結局兄を殺せず、兄弟は抱き合いながら涙を流します。

暗殺計画の決行当日 エリザベスが教会で祈りを捧げている時、暗殺者が飛び込んできてエリザベスに銃を向けます。銃は発砲されますが空砲でした。暗殺集団のリーダーは実行者に空砲を渡していたのです。こうしてエリザベス暗殺計画は失敗に終わりました。

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暗殺集団もウィリアムも捕らえられ彼らには死が待っています。しかしウォルシンガム卿はウィリアムをフランスに極秘で亡命させました。メアリーの密書は全てウォルシンガム卿の下にありました。法を守り反逆者としてメアリを死刑にしなければならないというウォルシンガム卿に対しエリザベスは「法は民を縛るもの、王族は法の上の存在よ」とメアリーの死刑執行に激しく反発。しかし「法と言うのは、民を守るためにあるものです」というウォルシンガム卿の言葉にエリザベスは返す言葉を失う。死刑は決行され、これに対しオランダは戦いの火蓋を切る。

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暗殺者の銃が空砲だったのは何故か。ウォルシンガム卿は暗殺団のリーダに聞きましたが「彼は自分の役目は終わった」とだけ。やがてウォルシンガム卿はエリザベスに謝罪します。黒幕はスペイン王、目的はエリザベスの暗殺ではなく、イギリス政府によってメアリーを殺させること。彼女が書いた本物の密書は証拠としてイギリスにあり、暗殺集団へはそれを写したものが届けられていた。スペインはその動きさえも全て把握していた。メアリーを王位につけるというのは表向きだけで、イギリスの海賊行為に加担しているエリザベスへの報復と、メアリーの死刑執行を理由にスペイン王はイギリスへ戦争を仕掛け我が物に。あわよくばわが娘イザベラを王座につけること。これが本当の目的でした。エリザベスを暗殺し、メアリーが即位させるということは、実は意図ではなかったところまでは読めなかったと、ウォルシンガムは謝罪したのです。

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ベスは妊娠します。侍女は女王の許し無しに結婚はできない為、彼女とローリーは極秘のうちに結婚をしてしまいますが、すぐにエリザベスに知られ彼女は激しく嫉妬しヒステリックに取り乱し二人を責めます。ベスを宮廷から解雇、ローリ卿は逮捕しロンドン塔に幽閉します。

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しかし女王にはいつまでも落ち込んでいる時間などありません。スペインが攻めてくるのです。農民には武器を持たせ囚人は開放。ローリーも罪を許され釈放されます。総出で応戦に取り掛かるのでした。敵の艦隊数万人に対し英国軍はわずか三千人。自らも戦地へ出向いていたエリザベスにウォルシンガム卿は避難を促すが、彼女はその場を去らず鎧をまとって兵士を鼓舞した。圧倒的に不利なこの戦争は、焼き討ち船をスペイン艦に突っ込ませ撃破させる作戦で、イギリス側からの風が効を奏し、スペインの無敵艦隊は全滅。奇跡的な勝利を収めます。そして、スペインでは戦いに敗れた父を冷ややかに見つめ、彼に背を向ける幼い娘のイザベラ。手には物語の最初から握られているエリザベスの人形が。

エリザベスは許した二人を尋ね彼らの子に祝福を。子を持たなかったエリザベスの物語は子を抱いたシーンで幕を閉じます。そしてこの後、英国は穏やかで平和な時代「ゴールデン・エイジ」を迎えるのです。


[あとがき]
史実とは細かいところが異なっていますが、あえてストーリーの謎解きができるように作られています。たったひとつのセリフが、謎解きの解明になるので聞き逃せません。事実と異なるところは、メアリーはエリザベスの暗殺を企てましたが、実行される前に捕らえられてしまうので、銃を発砲されるシーンはこの物語の脚色です。しかしエリザベスは彼女の死刑執行には躊躇い苦悩したのは事実。べスとローリーの結婚についてはエリザベスが知った時には、既にベスは彼との間に3人の子供がいました。ローリー卿は、この後のスペインの無敵艦隊の応戦(1588年アルマダの海戦)では参戦してはいません。彼はエリザベスの寵愛を回復後、1596年スペインの要衝カディス港を襲撃し成功しています。アルマダ海戦で彼の活躍を纏めてしまったのでしょう。スペインはこのアルマダの海戦の帰途、イングランド艦隊に追われたため、当時の航海士にとって未知の航路を行かなければならず、悪天候や難破や座礁で半数近い艦船と2万人の兵を失いました。

◇ベスは従兄弟を売った?スペイン大使の役割は?(選択で見られますが作品を観ていない方はご自身でみてからのほうがよいかもです)
従兄弟はベスに助けを求めた後捕まって殺されますが、二人が隠れている場所をイングランドに流したのはスペイン大使です。
 ベスは誰にも告げることなく、映画の中のセリフどおり何もしなかったのです。大使の役割とはメアリーを死刑に近づける為の罠でした。

◇イザベラが持っていたエリザベスの人形に隠されていたキーワード(選択で見られます)
フェリペ2世は4度結婚しエリザベスの姉メアリー1世は彼の2度目の妻で子供の無いまま亡くなりました。3番目の妻エリザベート・ド・ヴァロワの二人の娘のうちの一人がこの作品に登場するイザベラです。映画中では冷たい子供のように描写されていますが、フェリペ没後、イザベルとその夫はスペイン領ネーデルラントの統治をし、彼女は夫の死後も総督となり2人が治めていた時代はネーデルラントの「黄金時代」と呼ばれ南ネーデルラントの経済と平和を安定化の方向に導びきました。エリザベスとの共通点・キーワードは「黄金時代」でした。

エリザベス:ゴールデン・エイジ [DVD]

[監督]
シェカール・カプール
[出演]
エリザベス1世            ケイト・ブランシェット
フランシス・ウォルシンガム     ジェフリー・ラッシュ
ウォルター・ローリー        クライヴ・オーウェン
エリザベス・スロックモートン(ベス)アビー・コーニッシュ
メアリー・スチュワート        サマンサ・モートン
ロバート・レストン          リス・エヴァンス
フェリペ2世              ジョルディ・モリャ
アミアス・ポーレット         トム・ホランダー
トーマス・バビントン         エディ・レッドメイン
Dr. ジョン・ディー(ワイズマン)  デヴィッド・スレルフォール

★受賞★
第80回アカデミー賞衣装デザイン賞



[ローリー卿の首を防腐処理をして持っていたベス]
ウォルター・ローリーはアメリカ大陸におけるイングランド最初の植民地を築いた功績を持つ人物です。1603年にエリザベスが死去しジェームズ1世の時代になると、彼は内乱の疑いをかけられ、裁判ののちロンドン塔に監禁。1616年に解放されると、彼は再び探検隊を指揮することになるが、探検中ローリーの部下がスペインの入植地で略奪を行ってしまう。この頃になると、イギリスはスペインとの宥和政策がとられるようになっていて、これに対しスペインはローリーの死刑を要求。ジェームズ1世は、これを拒むことが出来ず、1618年ローリーは斬首刑となる。65歳だった。J・H・アダムソンとH・F・ホランドによるローリーの伝記『海の羊飼い Shepherd of the Ocean』によると、ローリーの妻ベスは、彼の首を防腐処置を施していつも自分のそばに置き、しばしば訪問者達に「ウォルター卿に会いたいか」と尋ねたそうです(((( ;^Д^)))コワイ  これだけ愛されていれば本望??ローリーの首はその後、聖マーガレット教会に、彼の胴体と共に無事に埋葬されましたとさ。

[メアリースチュアート・間違いだらけの人生の選択]
12393_20130706042102.jpg1542年12月8日生-1587年2月8日没 スコットランド女王であり、イギリス王ヘンリー7世の曽孫になります。父のジェームズ5世が急死しわずか生後6日で王位を継承しました。即位後、イングランド王ヘンリー8世は彼の息子のエドワード6世とメアリーの婚約を要求。ヘンリー8世は買収行為などで画策しメアリーとエドワード6世との婚約が決められた。しかし母親のメアリー・ギースはヘンリー8世を警戒し、メアリー王女を人目の付かない修道院に匿っていた。一方、フランスもスコットランドとの同盟を深めるためメアリーと王太子との結婚を望んでいた。ヘンリー8世が没するとメアリーの摂政のアラン伯がカトリックに改宗した事でイングランド宮廷は激怒。スコットランドに侵攻してきます。危険を感じた母親はメアリーをフランスのアンリ2世の元に。エドワード6世との婚約を破棄しフランスとの間で王太子とメアリーとの婚約が交わされ、1558年メアリーは王太子と結婚式を挙げた。二人が結婚するとアンリ2世はメアリーこそ真の王位継承者であると主張。メアリー自身もエリザベスは庶子だとし、イングランド大使を招いた祝宴の席で王位継承権者であることを示す紋章を発表しエリザベスを激怒させた。アンリ2世が亡くなると王太子がフランソワ2世として即位しメアリーはフランス王妃となるが、フランソワ2世は16歳で病死。同じ頃に母メアリーギースが亡くなり彼女は自分の意思でこの先の人生の選択をしていく。

間違いその① スコットランドに帰る
・フランスで未亡人生活を送ることができた。
・義弟で王位を継いだシャルル9世からの求婚、結婚してフランス王妃でいることができた。
×しかし、スコットランドに帰国。

スコットランド実権はすべてメアリーの異母兄のマリ伯爵が握っていた。
そのため、彼にとってのメアリーの帰国はとても迷惑で邪魔な存在であった。

間違いその② 夫選び 
・ スペイン皇太子 →カトリック同士だった為、エリザベスが警戒・妨害される。
・ ロバート・ダトリー →こりゃ、いくらなんでも、メアリーに同情するわさ。
× ダーンリー卿 →この結婚でイングランド王位継承権を強化することを目論む。しかし、この男とんでもない奴だった!
・ 他 →シャルル9世・差しさわりの無い国内貴族・このご身分なら外国王室貴族などいくらでも。

帰国したメアリーはエリザベスと社交辞令のような文通が続けられていた。やがてメアリーは再婚相手についてスペイン皇太子との結婚を検討するが、エリザベスが介入、妨害されたうえ「イングランドとの友好を保ちたければイングランド貴族から夫を選びなさい」とエリザベスは自分の寵臣、ロバート・ダトリーとの縁談を持ちかける。当然メアリーは拒否。従兄弟であるダーンリー卿とさっさと結婚してしまった。ダーンリー卿はメアリーと同じカトリック教徒であったため、プロテスタントの多いスコットランドでも二人の結婚は歓迎されていなかった。ダーンリー卿の祖母(イギリスの王女マーガレット)の再婚相手の孫に当たりイングランドの有力な王位継承権を持っている。メアリーにとっては「してやったり」だ。メアリーの王位継承権がさらに強化される事を恐れたエリザベスは事前に阻止しようとしたが叶わなかった。だが、ダーンリー卿は傲慢で我侭で暴力的な性格であった為、メアリーは彼への愛情がすぐに冷めてしまい、やがてメアリーは秘書のダヴィッド・リッチオを寵愛し重用するようになった。やがて嫉妬に狂ったダーンリー卿はリッチオをメアリーの目の前で殺してしまう。その後息子ジェームズ(後のイングランド王兼スコットランド王ジェームズ1世)を出産するが、その後ダーンリー卿は暗殺される。

間違いその③ 夫死亡後すぐの再婚 先の読めなさ天下一品。
・エリザベスの寵臣ロバートダトリーが妻を殺した?時のエリザベスのように「結婚をしない」という選択肢がありました。

カトリックは継承権を損なわない離婚ができない。しかし死んでしまえば別。彼女は夫が死んでから、すぐに国内貴族ボスゥエルと結婚した。これでは共謀して夫を殺しましたと公表しているようなものである。当時は二人が共謀しダーンリー卿を殺害したと見ており、国内のカトリック、プロテスタント双方もこの結婚に反対した。そして人々はメアリーに呆れ返り離れてしまう。夫殺しの犯人には女王の資格などないと反ボスウェル派の貴族達が反乱をおこし、メアリーとボスウェルは反乱軍と戦ったが投降。メアリーは廃位された。その後、幽閉先より脱走したメアリーは兵を集めて軍を起こすがスコットランド貴族連合軍に敗れ彼女は自国を追われる。 

間違いその④ 亡命先
・ フランス
・ スペイン
×イングランド

「私、イングランドに行くわ!」よりによって・・プロテスタントのエリザベス1世の元に逃れた。(いやいや、ここはフツー、カトリックのスペインか育ったフランスじゃん?) これは、エリザベスにとっても大変迷惑な事であった。イングランド国内は半数の国民がカトリックだったからだ。しかし、エリザベスは彼女を受け入れ、監視下ではあったものの軟禁状態とは思えないほど自由な生活を送ることを許していた。

間違いその⑤ 謀反
・改宗をし、息子と交流を持ち、王位が廻ってくるのを待つという選択ができた。
 →息子ジェームズ(当時スコットランド王、後にイングランド王及びスコットランド王となる)はプロテスタントだった。
・改宗をしなくても、そのまま静かな生活を送ることが可能だった。
×エリザベスを暗殺して自分が王位に付くという野望を実行させようとした。

軟禁中、エリザベスの足下で、たびたびイングランド王位継承権者であることを主張し、またエリザベス廃位の陰謀に関係した。1570年にはリドルフィ事件、1586年のバビントン事件、バビントン事件の裁判ではメアリーが関与した証拠が提示され、有罪・死刑を言い渡された。エリザベス1世は死刑執行書への署名を渋る様子を見せたが、結局1587年2月8日、フォザリンゲイ城のホールでメアリーは処刑された。

君主の立場を理解せず、政治的手腕も統治者としての責任も無く、女王になることに固執したメアリー。
彼女は沢山の選択肢の中から、自ら一番不幸な結果となる道筋を選んでいたのです。

※尚、メアリーがダーンリー卿の暗殺に関与したかどうかの真相は謎のままです。



◆内部関連記事◆

※エリザベスゴールデン・エイジの前編映画→エリザベス
※エリザベスの父ヘンリー8世のお話→チューダーズ <ヘンリー8世 背徳の王冠> 
※エリザベスの母アン・ブーリンのお話→ブーリン家の姉妹


★外部関連記事★

映画のメモ帳+α エリザベス:ゴールデン・エイジ (2007 イギリス・フランス)
生涯独身だったことから"ヴァージン・クイーン"とも呼ばれました。エリザベスがスペインの無敵艦隊を撃滅させて、当時弱小国だったイングランドの黄金時代を築き上げるまでの姿を描いた映画が『エリザベス:ゴールデンエイジ』です。『エリザベス』(1998)の続編にあたる作品で、主演は引き続きケイト・ブランシェット。

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ちゃのりん

Author:ちゃのりん
映画から歴史を探るのが好きです。
俳優&映画紹介と、ノンフィクション映画の実在の人物像も探ります。


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