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2015-09-02(Wed)

アン・ハサウェイ Anne Hathaway プロフィール

1395274_10152000952263179_1021501756_n.jpgアメリカの女優。1982年11月12日生まれ(2015年現在/32歳)身長173cm

ニューヨーク市ブルックリン区出身。父親は弁護士、母親は舞台女優、兄と弟の三人兄弟の家庭で育つ。カトリック教徒の家庭で、修道女になりたかったそうだが、15歳の時に兄が同性愛者であることを知り、彼を理解したアンの家族全員がカトリックから離脱。これにより修道院に入ることを辞めた。その後、女優になるために、ニュージャージー州の高校在学中に演技を学ぶようになり、オールイースタン高校選抜合唱団の一員としてカーネギー・ホールの舞台にも立った。高校在学中の1999年、17歳で名門バロウ・グループの俳優養成講座に入学し、舞台「恋の手ほどき」に出演。その後、テレビのドラマの主役にも抜擢されている。大学に進学するとダンスと演技を学び、2001年には「プリティ・プリンセス」の主役で映画デビューを果たす。これが全米で1億ドルを超えるヒットとなり、世界的にその名を知られることとなった。その後、大学に通いながら女優として活動。2002年にはブロードウェイデビューも果たす。2004年には『プリティ・プリンセス』の続編が前作同様にヒットしたものの、お姫様のイメージから脱却できずにいた。すると、2005年公開の2本『アン・ハサウェイ/裸の天使』と『ブロークバック・マウンテン』でそのイメージを完全に変えます。翌年『プラダを着た悪魔』では、メリル・ストリープとの共演で、1億ドルを超えるヒットを叩き出し、2年後の2008年には『レイチェルの結婚』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、2012年『ダークナイト ライジング』では、肉体改造を徹底的に行い話題となった。さらに同年公開の『レ・ミゼラブル』にて、アカデミー賞助演女優賞と、ゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞している。


私生活では、2011年に3年間交際していた俳優のアダム・シュルマンとの婚約を発表し、2012年9月29日に挙式を行っている。

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プリティ・プリンセス                    プラダを着た悪魔                ダークナイト ライジング

個人的な趣向ですが、どちらかというと オスカー取った「レ・ミゼラブル」よりも、「ダークナイト ライジング」の彼女のほうが良いです。


★受賞★
2013年『レ・ミゼラブル』 アカデミー賞助演女優賞/英国アカデミー賞助演女優賞/ゴールデングローブ賞助演男女優賞

[出演作品]
2001年 プリティ・プリンセス/幸せになるための恋の手紙
2002年 ディケンズのニコラス・ニックルビー 
2004年 アン・ハサウェイ 魔法の国のプリンセス/プリティ・プリンセス2 ロイヤル・ウェディング
2005年 リトル・レッド レシピ泥棒は誰だ!?/アン・ハサウェイ裸の天使/ブロークバック・マウンテン
2006年 プラダを着た悪魔
2007年 ジェイン・オースティン 秘められた恋
2008年 ゲット スマート/パッセンジャーズ/レイチェルの結婚
2009年 ブライダル・ウォーズ
2010年 バレンタインデー/アリス・イン・ワンダーランド/ラブ & ドラッグ/ワン・デイ 23年のラブストーリー
2012年 ダークナイト ライジング/レ・ミゼラブル
2013年 ドン・ジョン
2014年 ブルックリンの恋人たち/インターステラー
2015年 マイ・インターン




★外部関連記事★

シネマ・トゥデイ『ダークナイト ライジング』アン・ハサウェイの美しすぎるキャット・ウーマン!
ノーラン監督との打ち合わせについて、アンは「最初に監督から、映画『インセプション』の撮影の際、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットが2か月トレーニングを積み、戦いのシーンなどをすべて自分で演じきったことを告げられました。彼のオフィスを出た後、すぐにジムに向かいました」と振り返っており、そこからもアンの女優魂が感じられる。映画『プリティ・プリンセス』で鮮烈なデビューを飾った一方で、役柄からプリンセス的なイメージがつきまといがちだったアン。だが、その後は『ブロークバック・マウンテン』『レイチェルの結婚』などで演技派として開眼。今回のセリーナ・カイル=キャットウーマンも、過去にミシェル・ファイファーが演じた役柄



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2015-05-15(Fri)

レア・セドゥ Léa Seydoux プロフィール

レア・セドゥフランス・パリ出身。女優、1985年7月1日生まれ(2015年現在29歳)

彼女の祖父のジェローム・セドゥはフランスの映画会社「パテ」の会長であり、大叔父のニコラ・セドゥも同じくフランスの映画会社「ゴーモン」の会長及びCEOである。また、彼女は、世界最大の油田検層事業、油田サービスをおこなう多国籍企業、「シュルンベルジェ」の創業者マルセル・シュルンベルジェの曾孫にあたる。

2005年にラファエルのミュージック・ビデオに出演し、2006年に『Mes Copines』で女優としてデビューする。2008年、『美しいひと』で第34回セザール賞の有望新人女優賞にノミネートされた。翌年、『イングロリアス・バスターズ』への出演でハリウッドに進出。2012年には、『マリー・アントワネットに別れをつげて』でアントワネットの朗読係の主役を演じ、第38回セザール賞の主演女優賞にノミネートされている。2013年、主演で『アデル、ブルーは熱い色』が第66回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞。また、スティーブン・スピルバーグ監督率いる審査員側より『セドゥとアデル・エグザルホプロス』にも特別にパルム・ドールが贈られ、セドゥは同映画祭史上初となる出演女優としてのパルム・ドールW受賞を果たした。翌年『アデル、ブルーは熱い色』と『Grand Central』での演技で、第19回リュミエール賞の最優秀女優賞を夫々受賞。プラダの香水の広告モデルとしても活躍している。
どちらかというと地味な印象を受ける方です。華やかさや派手さもありません。しかし、なぜか目を引く女優だとも思っていました。不思議と笑っていない表情のほうがインパクトがあります。富豪の家系とは思ってもみませんでしたが、身内に映画界に精通した人物に恵まれていながらも、早い時期からヌードになったり、小さな役から地道に活動をしていることや、ハリウッドに出演するまでの配役を見てみると、決して身内の後ろ盾があったとは思えない経歴です。そんな彼女が、2014年の「美女と野獣」のヒロインで真逆なイメージの役に抜擢されたことを知ったときに、やはり、大物の資質があるのだと思いました。しかも、まだ若い。これからも、もっと力を付けて多くの大作に登場してくるのではないでしょうか。とても楽しみです。

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[出演作品]
2006年 Mes copines(日本未公開)
2007年 最後の愛人(日本未公開)
2008年 戦争について(日本未公開)/美しいひと(日本未公開)
2009年 イングロリアス・バスターズ/ルルドの泉で(日本未公開)
2010年 ロビン・フッド/美しき棘(日本未公開)/幻の薔薇(TV映画/日本未公開)/ミステリーズ 運命のリスボン
2011年 ミッドナイト・イン・パリ/ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル
2012年 マリー・アントワネットに別れをつげて/シモンの空(日本未公開)
2013年 アデル、ブルーは熱い色
2014年 グランド・ブダペスト・ホテル/美女と野獣



★外部関連記事★

サイの角のように 独りよがり映画論/『美女と野獣』 レア・セドゥ版の出来は?
一方で今回のクリストフ・ガンズ版『美女と野獣』はベル役のレア・セドゥの印象が強い。ヴァンサン・カッセルはさすがにジャン・マレーと比べると普通すぎると思う。レア・セドゥ演じるベルが野獣の城へ赴くとほとんど彼女のひとり舞台の様相もある。野獣はたまにしか姿を現さないし、ドレスを色々と着替えたりして、お嬢様タイプのレアを観たいという人ならば楽しめるかもしれない。ドレスから垣間見える白い胸元は強調されているけれど、残念ながら(?)裸はない。



2015-01-26(Mon)

ケリー・ラッセル Keri Russell プロフィール

Keri Lynn Russell1976年3月23日生まれ。アメリカ カリフォルニア州出身の女優。身長:163 cm(2014年現在38歳)フランス系アメリカ人で日産自動車社員の父とユダヤ系の母との間の3人兄弟の2番目として育つ。1991年からMMC(ミッキーマウス・クラブ)の子供タレントグループに所属し、演劇、ジャズ、タップ、バレエなどを習得。バラエティ番組ディズニーチャンネルで、ブリトニー·スピアーズ、クリスティーナ·アギレラ、ジャスティン·ティンバーレイク等と一緒に活躍していた。同時期に映画「ジャイアント・ベビー/ミクロキッズ2」でベビーシッター役としても出演している。2年後の1993年、17歳になるとケリーは女優としてのキャリアをさらに追求するため、LAに単身で上京。何本かのTVドラマシリーズやTV映画への出演を経て、1998-2002年に公開されたTVドラマシリーズでJ・J・エイブラムス監督が製作総指揮をとった「フェリシティの青春」で大ブレイクを果す。この役で1999年に、「ゴールデングローブ主演女優賞(テレビシリーズ/ドラマ部門)を獲得した。2002年メルギブソン主演の「ワンス・アンド・フォーエバー」の撮影と「フェリシティの青春」の撮影が終了すると1~2年程休暇を取ったあと、2004年にブロードウェイ・デビューを果たした。、以降、ハリウッドの大物俳優達と並んで、話題作の出演が続く。2005年にはジョアン・アレンとケビン・コスナーらと「ママが泣いた日」に出演。そして、その翌年にはトム・クルーズ主演の「M:i:IIIミッション:インポッシブル3」に出演。ちなみに、この作品は「フェリシティの青春」でタッグを組んだJ・J・エイブラムスが監督で、教え子リンジーの役をスカーレット・ヨハンソンが降板したことから、監督より直接オファーを受けた形で配役されたという。現在は、今話題中の「The Americans」(TVシリーズ)での出演と平行して、ハリウッド作品の仕事が続いている。最近では、2014年公開の『猿の惑星: 新世紀』に出演しています。

また、広告関連として、2006年の夏より、アメリカのカバーガール化粧品のモデルとして抜擢されている。私生活では、一般人男性と2003年から交際を始め、2007年2月14日にニューヨークで結婚。同年6月に息子を、2011年には娘を授かった。しかし、2014年12月ケリーが7年間続いた結婚生活に終止符を打ったことを明かしている。現在は2児の母として、女優として多忙な毎日を送っている。

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「Cover girl」日本ではマスカラが有名。       スレンダーで美しいボディラインを披露。       ショートの巻き毛スタイルもよく似合う

★受賞★
1999年『フェリシティの青春』 ゴールデングローブ賞主演女優賞(テレビシリーズ/ドラマ部門)受賞

[出演]
1992年 ミクロキッズ2ジャイアント・ベビー
1996年 The Lottery (TV映画/日本未公開)
1997年 エリカにタッチダウン(日本未公開)
1999年 デッドマンズ・カーブ(日本未公開)
2000年 マッド・アバウト・マンボ
2002年 ワンス・アンド・フォーエバー
2005年 ママが泣いた日
2006年 M:i:III ミッション:インポッシブル3
2007年 ウェイトレス 〜おいしい人生のつくりかた/ミッシング 〜消された記憶〜/奇跡のシンフォニー
2008年 ベッドタイム・ストーリー
2010年 小さな命が呼ぶとき
2013年 ダークスカイズ
2014年 猿の惑星: 新世紀

※テレビシリーズ
1995年 Married... with Children
1996年 Malibu Shores
1998-2002年 フェリシティの青春
2010–2011年 Running Wilde
2013年- The Americans


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どうやら姉御気質でもあるようです。(奇跡のシンフォニー)MTV音楽情報番組「Total Request Live」にて フレディ君とJRM[2007年])



★外部関連記事★

ワールド ビューティー(ハリウッドビューティから世界各国の美女たち)/ハリウッドビューティ ケリー・ラッセル4
気品のある ケリー・ラッセル、最新作「ウェイトレス おいしい人生の作り方」で久々に登場です


2014-09-06(Sat)

ケビン・コスナー Kevin Costner プロフィール

ケビン・コスナーアメリカの俳優、映画監督、映画プロデューサー、1955年1月18日カリフォルニア州生まれ。 (2014年現在59歳)身長185cm。

電力会社に勤務している父親の仕事の関係で幼少時代は移動が多かったが、スポーツが得意で野球やアメリカンフットボールに熱中する積極的な子供だった。高校時代には全米選抜に選ばれた経験もある。カリフォルニア州立大学に進学し経営学を学んでいたが、当時、映画の舞台裏のアルバイトをしていたこともあり、次第に演技に興味を持つようになっていき、1978年に大学を卒業すると俳優を目指すことを決めた。しかし、すぐには芽が出ず、約4年間の下積みを経て、ようやく1982年『女優フランシス』でデビューするも、出演シーンでは決定版でカットされてしまう。その後も脇役で数本の作品に出演をしたが、その役柄と演技は目に留まるようなものではなかった。その後、ローレンス・カスダン監督と親しくなり1985年『シルバラード』のメインキャストで役を得た。これがきっかけとなり、同年、ケヴィン・レイノルズ監督の『ファンダンゴ』で主役を演じることになる。(後に、この監督の作品、『ロビン・フッド』や『ウォーターワールド』などにも主役で出演をしている。)その後、徐々に実力を付けていき、1987年の『アンタッチャブル』や『フィールド・オブ・ドリームス』などで高い評価を得て、ハリウッドのトップスターの仲間入りを果した。1990年には自ら監督主演した『ダンス・ウィズ・ウルブズ』では、アカデミー賞最優秀作品賞と最優秀監督賞を受賞。 オスカー監督兼俳優としての地位を確立した。

私生活では、下積み時代から一緒だった妻と1994年に離婚。慰謝料100億円を支払った。原因はケビンの浮気によるもの。彼女との間には3人の子供がいる。2004年に19歳年下のクリスティーン・バウムガートナーと再婚し、2007年に1児が誕生している。また、元恋人との間にも息子が1人いる。その他、社会活動として1989年に起きた原油流出事故をきっかけに、1992年ごろから、石油回収技術を開発している企業オーシャン・セラピー・ソリューションズに、多額の私財を投じ、水と油を分離させる遠心分離機を開発させていた。2010年に起きたメキシコ湾原油流出事故のときに、事故を起こした英石油BPは、この装置の性能を評価し導入。環境問題にも功績を残した。

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アンタッチャブルでの名シーン               メッセージ・イン・ア・ボトルは大人のロマンス  脚のラインが魅力的、綺麗です。



★受賞★
1991年『ダンス・ウィズ・ウルブズ』 アカデミー監督賞受賞
1991年『ダンス・ウィズ・ウルブズ』 ゴールデングローブ賞 監督賞 受賞
2012年『ハットフィールド&マッコイ 実在した一族vs一族の物語』 エミー賞 (ミニシリーズ部門)主演男優賞受賞

[出演作品]
1982年 ドリーム・リーグ/ラブ IN ニューヨーク
1983年 5人のテーブル/ステイシーの騎士達/ラスト・ギャンブラー/テスタメント
1985年 ファンダンゴ/シルバラード/アメリカン・フライヤーズ/世にも不思議なアメージング・ストーリー
1986年 マリブ・ビーチ物語
1987年 アンタッチャブル/追いつめられて
1988年 さよならゲーム
1989年 フィールド・オブ・ドリームス/ケビン・コスナーの ガンランナー
1990年 リベンジ(兼製作総指揮)/ダンス・ウィズ・ウルブズ(兼監督・製作)
1991年 ロビン・フッド/JFK
1992年 ボディガード(兼製作)
1993年 パーフェクト・ワールド
1994年 ワイアット・アープ (兼製作)/8月のメモワール
1995年 ウォーターワールド(兼製作)
1996年 ティン・カップ
1997年 ポストマン(兼監督)
1999年 メッセージ・イン・ア・ボトル(兼製作)/ラブ・オブ・ザ・ゲーム
2000年 13デイズ
2001年 スコーピオン
2002年 コーリング
2003年 ワイルド・レンジ 最後の銃撃(兼監督・製作)
2005年 ママが泣いた日/迷い婚 -全ての迷える女性たちへ-/守護神
2007年 Mr.ブルックス 完璧なる殺人鬼(兼製作)
2008年 チョイス!(兼製作)/ネスト
2010年 カンパニー・メン
2012年 ハットフィールド&マッコイ 実在した一族vs一族の物語(計3話のTVミニシリーズ/兼製作)
2013年 マン・オブ・スティール
2014年 エージェント:ライアン/ラストミッション




★外部関連記事★

映画感想 * FRAGILE/ラストミッション/ケヴィン・コスナーが娘にめろめろ
CIAのイーサン(ケヴィン・コスナー)は余命3ヶ月って宣告されたので、何年も会ってなかった娘(ヘイリー・スタインフェルド)と過ごそうと思ったんだけど、ヴィヴィ(アンバー・ハード)ていう女に「新薬あげるから、ちょっと仕事してくださーい」って言われて、こそこそ仕事します。わたしは父娘ものに弱いんですけれども、ちょっとこの映画は『父娘もの好物なんでしょ?大盛りにしたから、たあんとおあがり!』って出されたかんじで、ベッソン…ベッソン! もうお腹いっぱいだから! しかもこの父娘もの、安い味がするよ…。


2014-08-17(Sun)

ジョエリー・リチャードソン Joely Richardson プロフィール

Joely Richardsonイギリスの女優、1965年1月9日ロンドンで生まれる。 (2014年現在49歳)

ジョエリーの家系は先祖代々俳優一族です。曽祖父は「ロイ・レッドグレイヴ」、祖父は「マイケル・レッドグレイヴ」、祖母は「レイチェル・ケンプソン」。母親は『わが命つきるとも』などに出演しているオスカー俳優「ヴァネッサ・レッドグレイヴ」。叔母もオスカー俳優の「リン・レッドグレイヴ」(他界)。姉は『上海の伯爵夫人』に出演していた「ナターシャ・リチャードソン」(事故死/45歳没)そして父親はアカデミー監督賞を受賞している映画監督のトニー・リチャードソンという映画界のサラブレット家庭で育つ。

姉と共に、幼少の頃にエキストラとして父親の作品に出演していたが、彼女が3歳ぐらいの時に両親が離婚しており、その後父親が監督した作品に出演することはなかった。王立演劇学校で演技を学び、1984年にジョディ・フォスターが主役の『ホテル・ニューハンプシャー』で脇役で映画デビューする。その後、数本の映画に出演していたが、デビューから9年後、Lady Chatterley(チャタレイ夫人の恋人/TVシリーズ)で主役を演じ注目された。その後は主役格の作品はないものの、『パトリオット』『もうひとりのシェイクスピア』『THE TUDORS〜背徳の王冠〜』『ドラゴン・タトゥーの女』など、多くの話題作品の重要な役にキャスティングされ活躍している。

1992年に映画プロデューサーと結婚し、娘が産まれたが、2001年に離婚している。

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Lady Chatterley(TVシリーズ)           マリー・アントワネットの首飾りのアントワネット THE TUDORS〜第六王妃キャサリン

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『マリー・アントワネットの首飾り』でマリーアンネット役をしている、魚目(◎◎)女優って誰よ?と調べたら、いくつかの作品で見ている女優さんでした。チャタレイ夫人も、あ~そういえば彼女だわと思い出す。ついでに『THE TUDORS〜』で私が好きなジョナサン・リースマイヤーズと共演していたのに気づかないなんて・・と続けて思う。綺麗な方なのですが、印象が弱いかも。オスカークラスの身内に囲まれプレッシャーもあるかもしれませんね。頑張ってほしい。

母親のヴァネッサ・レッドグレイヴと共に。    ジョナサンと魚目対決(◎◎)お願いします。



[出演作品]
1968年 The Charge of the Light Brigade (3才の時/エキストラ)
1984年 ホテル・ニューハンプシャー
1985年 ウェザビー
1988年 数に溺れて
1991年 ラルフ一世はアメリカン
1992年 嵐の中で輝いて
1993年 レディ・チャタレイ(チャタレイ夫人の恋人)
1994年 ハリウッド・トラブル
1996年 永遠の夢 ネス湖伝説/101
1997年 イベント・ホライゾン
2000年 この胸のときめき/パトリオット
2001年 マリー・アントワネットの首飾り
2003年 ~2010年 NIP/TUCK マイアミ整形外科医(TVシリーズ)
2006年 バード・インフェルノ 死鳥菌
2007年 ミムジー 〜未来からのメッセージ〜
2009年 ラストデイズ・オブ・ザ・ワールド
2010年 THE TUDORS〜背徳の王冠〜(TVシリーズ)
2011年 もうひとりのシェイクスピア/ドラゴン・タトゥーの女
2012年 レッド・ライト
2014年 エンドレス・ラブ〜17歳の止められない純愛



★外部関連記事★

佐藤秀の徒然幻視録/もうひとりのシェイクスピア シェイクスピア=ロンドン塔をゆすれ?
さらにややこしいことに時代はさらに5年前、さらにさらに40年前に遡り、それらのシーンがあっち行ったりこっち行ったり。その上、リアルなシーンと劇の上のシーンとが混ざり合って、油断するとワケワカメになってしまう。このため年老いたエリザベス1世はヴァネッサ・レッドグレイヴ、若い時はヴァネッサの実娘ジョエリー・リチャードソンなのでそっくりなのはいいとしても。その若いエリザベス1世と情事をする若いオックスフォード役のジェイミー・キャンベル・バウアーに髭を蓄えさせたらオックスフォードに劇の上演を依頼される実在のベン・ジョンソン役のセバスチャン・アルメストロにそっくりな気がしてますます混乱に拍車をかける。

2014-08-10(Sun)

デボラ・カーラ・アンガー Deborah Kara Unger プロフィール

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カナダの女優 1966年5月12日にバンクーバーで生まれる。(2014年現在 48歳)
両親が婦人科医の父と核処分専門家の母という家庭で育つ。ヴィクトリア大学で経済学と哲学を学んでいたが、1988年、オーストラリアに移ると、オーストラリア国立演劇学院に入学。学院側はカナダ人は彼女が初めての受け入れとなった。現在はロサンゼルス在住。


デビューは、オーストラリアのテレビミニシリーズ、1989年「Bangkok Hilton」で、ニコールキッドマン主演の作品に脇役で出演した。翌90年に、「アンボンで何が裁かれたか」で映画デビューを果す。その後、アメリカに渡り「デビッド・リンチの ホテル・ルーム」などに出演。その後も、96年「クラッシュ」、「ペイバック」、99年「太陽の雫」「ザ・ハリケーン」などの助演を配役されている。「クラッシュ」では性描写が濃厚な役に挑戦し注目を集めた。ちなみに、この作品は日本で公開される際に、映倫から成人映画の適用を受けている。日本で公開された作品で、最近のものでは2012年「星の旅人たち」。主役格女優ではありませんが、話題作の出演が多く、現在に至るまで、継続してTVシリーズと映画出演で、年に3~4本の作品に出演しています。


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目尻上がりが個性的な女優。存在感があります。



[出演作品]
1990年 アンボンで何が裁かれたか
1991年 ゴールド・レイダース
1992年 暗闇のささやき
1994年 ハイランダー3/超戦士大決戦/緊急病棟
1996年 クラッシュ/孤独の絆/ブラック・メール脅迫
1997年 ゲーム
1999年 ペイバック/太陽の雫/ザ・ハリケーン
2002年 THE SALTON SEA/彼女の恋からわかること/微笑みに出逢う街角/レオポルド・ブルームへの手紙
2003年 サーティーン あの頃欲しかった愛のこと/Fear X
2004年 1.0 【ワン・ポイント・オー】/ママの遺したラヴソング
2005年 サイレントノイズ
2006年 サイレントヒル
2007年 88ミニッツ
2009年 ボイスメール/ザ・ウォール
2010年 ドライブ・ファースター/星の旅人たち
2012年 コンフィデンスマン ある詐欺師の男/ダークウォーター 〜奪われた水の真実〜/サイレントヒル:リベレーション3D




★外部関連記事★

佐藤秀の徒然幻視録/星の旅人たち
やがて旅は終わり、メタボマンは相変わらずメタボマン。まあ、歩けばその分、食欲も出るわけで意外と減量できないもんだ。ニコチン中毒もやはりニコチン中毒のまま。解放されたのは遺灰をまき切ったトムだけなのか。いや、4人とも諦念という解放を味わったのかもしれない。彼らが最後に辿り着くのは巡礼の最終目的地ではないジプシーに勧められた物理的行き止まり。しかし、美し過ぎる行き止まりだ。

2014-04-15(Tue)

グレン・クローズ Glenn Close プロフィール

グレン・クローズアメリカ、コネティカット州出身。1947年3月19日生まれ。女優として、映画、テレビドラマ、舞台のほか、声優、映画プロデューサー、ナレーターなど、幅広い分野で活躍しています。「トニー賞」「エミー賞」をそれぞれ3回つづ受賞し「アカデミー賞」は6回ノミネートのある実力派女優。外科医であった父を持ち、その仕事の関係で幼少の頃はスイスやアフリカで育ちます。帰国し大学で演劇を学び、1974年から舞台女優として活動をはじめます。演技レッスンもスタートも早くはなかったですが、どの作品でも素晴らしい演技を見せてくれる方です。

初期の出演作『ガープの世界』でロサンゼルス映画批評家協会賞で助演女優賞を受賞し、アカデミー賞助演女優賞にもノミネートされます。翌年の『再会の時』と『ナチュラル』で、第55~57回まで3年連続でアカデミー賞にノミネートされ世界的に知られる事となりました。

1984年には舞台で初のトニー賞を獲得。多忙ながらもオフ・ブロードウェイにも多数出演。さらに同年主演したTV映画『アメリア』でゴールデングローブ賞を受賞している。1995年にはミュージカル版『サンセット大通り』で3度目のトニー賞のミュージカル主演女優賞を獲得。さらに同年TV映画『Serving in Silence: The Margarethe Cammermeyer Story』で、彼女にとって最初のエミー賞を受賞。2003年公開のTV映画「THE LION IN WINTER冬のライオン」でもゴールデン・グローブ賞女優賞を獲得。2007年~のドラマ『ダメージ』ではエミー賞とゴールデン・グローブ賞のW受賞をしている。最近では、『アルバート氏の人生』で6回目のアカデミー賞主演女優賞ノミネートに上がっている。受賞&ノミネートは、とどまることを知りません。ただ、これだけのノミネートと受賞をしているのですが、オスカーだけは逃しています。意外ですが彼女なら、きっとそう遠くない時期に受賞するのではないでしょうか。

彼女の育った環境ですが、母方の祖父の遺産があり両親と共に住んでいましたが、彼女が7歳の時に両親がカルト集団「道徳再武装(MRA)」に入り、それから15年間、組織の支配と圧力で生きていくのに苦労したようです。『アルバート氏の人生』に深い思い入れをしていた理由が、この経験が影響しているのかもしれません。1960年代後半になると、大学入学準備のためアメリカコネチカット州にある寄宿学校「ローズマリー·ホール」に入り、1965年に卒業。そして、米国で2番目に古い大学「ウィリアム·アンド·メアリー大学」に入学し、演劇と人類学の二つを専攻します。本格的に俳優としての訓練を始めたのは、大学のこの演劇学部からでした。後に彼女はファイベータカッパクラブの学業成績認定委員会の会員資格に選任されています。MRAを脱会できたのは、在学中の22歳の時でした。私生活では、結婚が3度で前回の相手は「エア・フォース・ワン」のプロデューサーでした。一女をもうけましたが、現在はバイオテクノロジー会社の創設者と再婚しています。ちなみに、女優のブルック·シールズの曾祖母が、グレンクローズの曽祖父と兄弟であり遠い血縁関係にあることが明かされています。 また、彼女は、精神疾患に対する偏見や差別を根絶するための団体を立ち上げ、自ら委員長となり活動を続けています。




1979年 アドベンチャー・トレイン/大草原を突っ走れ!夢と希望のアメリカ横断(TV映画)
1982年 ガープの世界
1983年 再会の時
1984年 アメリア/(TV映画)/ナチュラル
1985年 白と黒のナイフ/マキシー 素敵な幽霊
1987年 危険な情事
1988年 危険な関係
1989年 この愛の行方
1990年 運命の逆転/ハムレット
1991年 潮風のサラ(TV映画)★兼製作総指揮/ミーティング・ヴィーナス/フック
1993年 愛と精霊の家/続・潮風のサラ(TV映画)★兼製作総指揮
1994年 ザ・ペーパー
1995年 アーミー・エンジェル(TV映画)★兼製作総指揮/Serving in Silence: The Margarethe Cammermeyer Story(TV映画)
1996年 ジキル&ハイド/101/マーズ・アタック!
1997年 エアフォース・ワン
1999年 クッキー・フォーチュン/潮風のサラ3 冬の終わり(TV映画)★兼製作総指揮
2000年 彼女を見ればわかること/ 102
2003年 ヒヤシンス・ブルーの少女(TV映画)/ル・ディヴォース/パリに恋して/THE LION IN WINTER 冬のライオン(TV映画)
2004年 強制尋問(TV映画)/ステップフォード・ワイフ
2005年 美しい人
2007年 いつか眠りにつく前に
2011年 アルバート氏の人生★兼製作・脚本・主題歌/
2014年 Guardians of the Galaxy

[声の出演/ナレーション]
1999年 ターザン/ターザン2
2006年 リトル・レッド レシピ泥棒は誰だ!?
2009年 Home(環境映画/ナレーション)

[TVシリーズ]
2004年 ザ・ホワイトハウス
2005年 ザ・シールド ルール無用の警察バッジ
2007-2012年 ダメージ




★外部関連記事★

そうだ、フランス行こう/危険な関係(1988)
原作はラクロの小説「危険な関係」。18世紀フランスの貴族社会の退廃を描く、恋愛心理小説の傑作と言われている作品です。フランスが舞台なのに、英米制作なのでもちろんオリジナルは英語。それがなんだかなあ、という気にさせられて観なかったのでした。でも、キャストがとても豪華。主役のジョン・マルコヴィッチにグレン・クローズ、ミシェル・ファイファーにユマ・サーマン、キアヌ・リーヴス。マルコヴィッチずいぶんお肌つやつやじゃないの、と思ったらえらい古い映画だったんですね。25年前かあ。キアヌは今でもお肌はつるつるだけど、この頃なんてほんとに若い。んで、「マダーム」とか・・



2014-04-02(Wed)

ミア・ワシコウスカ Mia Wasikowska プロフィール

Mia Wasikowskaオーストラリア出身の女優。1989年10月14日生まれ。父親は画家兼コラジスト、母は写真家である。オーストラリア首都特別地域キャンベラの出身。3人兄弟の末っ子で姉と弟がいる。9歳頃からバレエのレッスンに励んでたが、女優になりたいという想いがあり、14歳の頃から本格的にその活動を始めるようになる。

2004年のTVシリーズ(ゲスト出演)から始まり、その後、小さな役で継続的にドラマや短編映画などの出演を地道に重ね、2006年公開のオーストラリア映画でメインキャストで出演していた『Suburban Mayhem』で、オーストラリア映画協会賞新人女優賞にノミネート。その後『ディファイアンス』や『アメリア 永遠の翼』などのハリウッド映画にも出演するようになり、2009年公開の『That Evening Sun』では、インディペンデント・スピリット賞助演女優賞にノミネートされた。その翌年の2010年のファンタジー映画『アリス・イン・ワンダーランド』でアリス役に抜擢され大ブレイク。世界的な注目を浴びた。2012年にはファッションブランド「ミュウミュウ」のキャンペーンイメージモデルも務めた。現在はアメリカを拠点に活動している。

「アリス役」も素敵でしたが、個人的には『ジェーン・エア』の彼女が好きです。東洋人っぽい雰囲気もあり派手な顔立ちでないところが好感的な可愛い若手の女優さんです。ハリウッドでの出演作はまだ少ないですが、これからもっと増えるでしょう。今後が楽しみです。

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『アリス・イン・ワンダーランド』のアリス            『ジェーン・エア』での抱擁シーン      



[出演作品]
2004年 All Saints TVシリーズ(ゲスト出演)
2006年 Lens Love Story/Suburban Mayhem
2007年 Skin/Cosette/September/マンイーター/Rogue
2008年 I Love Sarah Jane/In Treatment/ディファイアンス/I Hate to See That Evening Sun Go Down
2009年 アメリア 永遠の翼/That Evening Sun
2010年 アリス・イン・ワンダーランド/キッズ・オールライト
2011年 アルバート氏の人生 /ジェーン・エア/永遠の僕たち
2012年 欲望のバージニア
2013年 イノセント・ガーデン/オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ



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My Cinema Talk ;Diary ー カルトとかデカダンスとかー/イノセント・ガーデン
いわずもがな、ミア・ワシコウスカの冷淡な美しさが際立っています、やはり主役は彼女です。最初の方でインディアがデビル・エッグの殻をむくシーンは「エンゼル・ハート」のデ・ニーロを彷彿とさせます。存在感この上ないです。カメラのアングルも上から下から横からと縦横無尽に追いつつ、緊迫感を高めております。主人公インディアは感覚が鋭敏ということで、音が上手に使われています。 ピアノを弾くシーンとともにメトロノームが出てきます。

2013-12-08(Sun)

エイミー・アダムス Amy Adams プロフィール

Amy Adams1974年8月20日生まれ。アメリカ国籍の女優。身長165cm
 
軍人だった父親の赴任地のイタリアで生まれ、アメリカ、コロラド州で育つ。高校時代は学校のコーラスに参加したり、バレエを習っていた。当時はバレリーナになる夢を持っていたが断念し、アパレル店員やウェイトレスなどをしていた。その後、レストランでダンサーとして働いていた。1999年に『わたしが美しくなった100の秘密』のオーディションに合格し映画デビューを果たす。その後、暫くテレビドラマの脇役などをしていた。2002年にスティーブン・スピルバーグが見せた彼女の映像がレオナルド・ディカプリオの目に留まったことがきっかけとなり、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 』に出演することになった。当時は、まだ無名女優であり、さほど注目されることもなかったが、2005年に『ジューンバッグ』で、インディペンデント・スピリット賞や全米批評家協会賞を受賞。その演技が高く評価されるようになる。2007年のディズニー映画『魔法にかけられて』ではジゼル姫を演じ、第34回サターン主演女優賞を受賞する。その他、今日までに3度のアカデミー助演女優賞ノミネートと2度のゴールデングローブ賞 助演女優賞ノミネートにも上がっている。
私生活では2008年に俳優のダレン・レガロと婚約し、2010年5月に女児を出産している。

先日、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 』を観た時に看護師を演じた女優さんは誰?って思って調べたらエイミー・アダムスでした。知っていた女優でしたが、若いときの出演作でもあり幼ない感じの役柄であった為、気づきませんでした。演技の勉強をしたとかスクールに通ったという経歴はありませんが、脇役でも強い印象を残す方です。今後の活躍にも期待したい。



[主な出演作品]
1999年 わたしが美しくなった100の秘密
2000年 サイコ・ビーチ・パーティ/The Chromium Hook/クルーエル・インテンション
2004年 The Slaughter Rule/エリザベス・ハーレーの明るい離婚計画/キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン
2005年 ウエディング・デイト/エイミー・アダムス in ナイト・ビフォア・ウェディング
2006年 テネイシャスD 運命のピックをさがせ!/タラデガ・ナイト オーバルの狼
2007年 鉄ワン・アンダードッグ/魔法にかけられて/チャーリー・ウィルソンズ・ウォー
2008年 ダウト〜あるカトリック学校で〜
2009年 サンシャイン・クリーニング/ナイト ミュージアム2/ジュリー&ジュリア
2010年 リープ・イヤー うるう年のプロポーズ/ザ・ファイター
2011年 ザ・マペッツ
2012年 オン・ザ・ロード/ザ・マスター/人生の特等席
2013年 マン・オブ・スティール/アメリカン・ハッスル



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3行で分かるアメコミ映画情報「マン・オブ・スティール」 エイミー・アダムス演じるロイス・レーンがお披露目!
そして、これがエイミー・アダムス演じるヒロインのロイス・レーン。これまでの作品と比べて一番の違いは髪がブロンドになっていることでしょう。コミックやこれまでの実写シリーズでは黒に近い茶髪でしたが、今作では真逆といってもいい明るい色合いになっています。先日のスーパーマンのコスチューム(8/5:「『マン・オブ・スティール』 ついにスーパーマンの公式画像を公開!」)と同じく、過去作品と大きく方向性を変えているようですね。



2013-08-03(Sat)

アンジェリーナ・ジョリー Angelina Jolie プロフィール

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1975年6月4日生まれ、アメリカ合衆国の女優。身長:174 cm(38歳)左利き。愛称は
「アンジー」話題性の多い彼女は女優の他、映画プロデューサーやファッションモデル、UNHCR親善大使として活躍している。オスカー俳優であるジョン・ヴォイトが父で母親も女優であった。(マルシェリーヌ・ベルトラン)。その母親は2007年に悪性卵巣腫瘍により死去している。アンジーが生後間も無いうちに両親が別居し兄と共に母親に引き取られニューヨークへ移住。母親は女優の夢を諦め子育てに専念した。幼少の頃から母と共に映画に親しみアンジーは演技に対する興味を示した。6歳の時、父ジョン・ヴォイトが主演した映画に出演。
後に彼女は当時を振り返り父親と過ごしたのはカメラの前だけだったと語っている。

11歳のとき母親と共にロサンゼルスに戻り、演劇学校に入学する。2年間演技を学ぶが
14歳の時、葬祭ディレクターになりたいと学校を辞めてしまう。その後、ファッションモデルをはじめて、アメリカとヨーロッパで活動する一方、ミュージックビデオなどにも出演していた。
しかし2年後、16歳になったアンジーは再び演劇に復帰する。

当時、母親の収入がつつましいものであったため、裕福な家庭からの学生の多い学校生活の中で孤立し、極端に痩せていたことや、外見的な事を他の生徒からからかわれるということもあり、10歳代から20歳代の初期にかけて自殺傾向のある鬱状態となっていた。彼女は他の人達と付き合うことに困難を感じ、自傷行為をしたり、交際していた男性とナイフで傷付け合う事で快感を得ていた。通常の性行為で飽き足らなかったために使用したナイフで偶然怪我をした瞬間に快感を覚えたとのことである。

1995年『サイバーネット』で映画初主演、ニューヨーク・タイムズで絶賛された。1998年放映のテレビ映画『ジーア/悲劇のスーパーモデル』で数多くの賞とノミネートを受賞。翌年『17歳のカルテ』ではアカデミー助演女優賞を受賞。実力派女優としての地位を確立。2000年『60セカンズ』が興行的に大成功を収め、翌年に出演した『トゥームレイダー』で一躍世界的な人気を獲得した。続き、『Mr.&Mrs.スミス』で記録的な興行収入をあげる。2011年7月「ハリウッド女優の所得番付」で3000万ドル(日本円で約24億円)で1位となった。

2001年「トゥームレイダー」に父親のジョン・ヴォイトも出演し親子で共演となったが、度重なる不倫で母を苦しめる父を許すことができず
長年に亘り不仲が続いていた。翌年、本名のアンジェリーナ・ジョリー・ヴォイトから父親の名「ヴォイト」を除外する改名を裁判所に申請。
判決は承認され同年9月12日付で同一の本名「アンジェリーナ・ジョリー」となった。その後、2007年6月には父親とは仲直りしている。

2001年に映画「すべては愛のために」で社交家から慈善家へ転身した主人公の役作りのため国連難民高等弁務官事務所の慈善旅行に参加。この記録を著書「思いは国境を越えて」として出版。同年、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使に就任する。
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[活動内容と寄付]
2002年~2007年までにカンボジア人の男児・エチオピア人でエイズ孤児だった女児、ベトナム人の男児を養子として引き取る。
2006年    ブラッド・ピットと共に「ジョリー・ピット財団」を設立。
2008年6月 イラク戦争の被害者となった子供たちのために100万ドルを寄付。
2008年9月 エチオピアにHIVエイズのクリニックを設立するため200万ドルを寄付。
2010年2月 大地震で被災したドミニカ共和国やハイチを訪問し100万ドルを国境なき医師団へ寄付。
2010年8月 パキスタン洪水の被災者支援として10万ドルを寄付。
2011年6月 竜巻の被害にあったミズーリ州南西部の町、ジョプリンに50万ドルの寄付。
2011年8月 「ジョリー・ピット財団」の納税記録が公開、2009年で総額490万ドルを慈善団体に寄付していた。
2012年10月 パキスタンでタリバンを批判し女性の権利向上のために活動していた15歳の少女マララ・ユサフザイがタリバン派による銃撃で重傷を負う事件が起きると、パキスタン、アフガニスタンの少女のために5万ドルを寄付した。寄付金は、パキスタン、アフガニスタンにおける女性教育のために闘った女性、少女を表彰する賞の創設などに使われるという。
2013年6月24日、国連安保理で開かれた紛争下の性暴力問題に関する公開討論で演説を行った。

[恋愛歴と私生活]
1996年 『サイバーネット』の共演を機にジョニー・リー・ミラーと結婚したが1999年に離婚。
1998年 映画「不法執刀」で共演したティモシー・ハットン(俳優)短期間だけ交際する。
1998年 ジェニー・シミズ[モデル・女優(レズビアンで知られる)]日系人女性。映画「Foxfire」で共演し交際
2000年 『狂っちゃいないぜ』で共演したビリー・ボブ・ソーントンと駆け落ちの末結婚、2003年に離婚した。
2003年 映画『アレキサンダー』で共演したヴァル・キルマー(俳優)と交際する。~2004年
2005年 『Mr.&Mrs.スミス』で共演したブラッド・ピットと交際がスタートする。
2006年 ブラッド・ピットとの間に女児誕生。
2008年 ブラッド・ピットとの間に男児と女児の双子誕生。
2012年 ブラッド・ピットと交際7年目にして正式に婚約した。結婚式の日程などはまだ未定。

ブラッド・ピットと当時の妻ジェニファー・アニストンの離婚が正式に成立する前に、アンジーはピットの子供を妊娠していた。ブラッド・ピットは現在、彼女と共に養子たちの里親となっている。アンジーは度重なる不倫と浮気で父に苦心させられた経験から、最低限のルールとして自らは不倫も浮気も一切していないと公言していたが、現在はブラッドとの間が不倫関係から始まったことを認めており「作品を通じて両親が出会うというのは子供たちにとってもとても感動的なこと」と述べている。また、ブラッド・ピットが恋人になってからSMやレズビアンに走ることはなくなったと語っている。

2013年5月に掲載されたニューヨーク・タイムズの寄稿によると、アンジーは乳がんと卵巣癌の発生が高くなるとされる遺伝子「BRCA1」に変異が見つかったため、乳がん予防のために乳房を切除する手術を受け、4月にインプラントを入れて乳房を再建する手術を受けた。これにより乳がんを発症する確率が87%から5%に下がったという。日本でも乳房予防切除手術の倫理申請を行う動きが出ている。
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アンジェリーナ・ジョリー ポスター     彼女のタトゥーも有名です。       イケメン・ブラピーもあっと言う間に6児のお父さん

バイセクシャルにナイフの収集家、個性は強いけれど、自由で悠々自適に生きてきたと思っていたら実は劇的な人生を送ってきたのです。
心の闇を抱えた青春時代からアブノーマルな性嗜好。不倫関係が発端とはいえ映画をきっかけに満たされる相手と巡り会い、映画をきっかけに慈善活動をするようになり多くの人を助けている現在。生きていると何がきっかけで、どんな風に自身が変化するかわからない。
それをリアルに見せてくれているアンジー。ただの女優で終わらない彼女は大変魅力的な女性です。



★受賞★
[アカデミー賞1999年度]『17歳のカルテ』助演女優賞
[ゴールデングローブ賞] 『17歳のカルテ』助演女優賞 /『ジーア 悲劇のスーパーモデル』主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)
[全米映画批評家協会賞]『17歳のカルテ』新人賞
[MTVムービー・アワード]2006年度 格闘シーン賞 『Mr. and Mrs.スミス』(ブラッド・ピットと共に)

[出演作品]
1993年 アンジェリーナ・ジョリー サイボーグII
1995年 第一目撃者/サイバーネット
1996年 リアル・ブラッド
1997年 不法執刀/ロード・トゥ・ヘブン/ジョージ・ウォレス アラバマの反逆者
1998年 ジーア 悲劇のスーパーモデル
1999年 狂っちゃいないぜ/ボーン・コレクター/マイ・ハート、マイ・ラブ/17歳のカルテ
2000年 60セカンズ/トゥームレイダー/ポワゾン
2002年 ブロンド・ライフ
2003年 トゥームレイダー2/すべては愛のために
2004年 テイキング・ライブス/スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー/アレキサンダー
2005年 Mr.&Mrs. スミス
2006年 グッド・シェパード
2007年 マイティ・ハート/愛と絆/ベオウルフ/呪われし勇者
2008年 ウォンテッド/チェンジリング
2010年 ソルト/ツーリスツーリスト



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