アクセスランキング
2015-05-03(Sun)

グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札/生まれ育ちではない「品位」

2014年 フランス/アメリカ/ベルギー/イタリア
グレース・オブ・モナコ1950年代にハリウッドで活躍した、グレース・ケリーの物語。彼女は人気の絶頂期にモナコの王と恋に落ち結婚。世界中の注目を集めます。資産家の娘でしたが、父はもと瓦職人であり、格式のある血族ではなかったため、彼女にとってはまさに「シンデレラストーリー」。結婚後、多少の問題はあったものの、国王を一人の男として愛し、慈善活動に励み、平穏な日々を送っていた。そんなとき、女優としてのカムバックのオファーが。しかし同じ頃、国に危機がおとずれる。なす術がない状況となったときに、グレースは自身の道をはっきりと見出し、迷うことなく夫とモナコの為に生きると決心するのです。20世紀のモナコを語るにおいて、欠かせない歴史の1ページをエレガントな雰囲気で描いた作品。

[あらすじ]
グレースは子供にも恵まれ幸せでしたが、公務で多忙な夫とのすれ違いで寂しさを感じていた。彼女はモナコの子供たちのために病院を改修したいと考えていたが、金持ちの伯爵夫人たちは舞踏会の話ばかり。王室内のしきたりにもなじめず孤立していたこともあり、そんな話など真面目に聞く者などいなかった。ある日、かつて故意にしていた監督のヒッチコックが訪れる。新作映画『マーニー』に出演しないかと言うのだ。彼女は、女優復帰の話に心を弾ませたが、公妃が女優として再びカメラの前に立つなど前代未聞であると周りから反対された。逆に反対すると予想した夫レーニエは反対をしなかったが、フランスとの外交が不安定だった為、国内外に齎す影響を考え、今はまだ内密にすることとした。しかし、すぐにその情報が漏れてしまう。マスコミから問われた彼女は、復帰を否定したが「どうせ、よそ者」などと批判される。ヒッチコックに連絡すると、公表の指示をだしたのは王室だという。グレースは、いつも力になってくれるタッカー神父に相談。誰がスパイなのか捜査をする事となった。

02_201505031614258bd.jpg
慈善活動にいそしむグレース            オナシスはカジノの大株主           モナコ外交儀礼担当者のデリエール伯爵

この頃のフランス大統領は、「ド・ゴール」。彼は、強権的ではあったが、後にフランスの内外政策を安定させた人物であった。そして、この頃はアルジェリアの民族独立戦争によりフランスの財政を圧迫をしていた。そのため、モナコに協力を求めていたのです。モナコは無税であったため、モナコに多くのフランス企業が進出していたが、フランスの要求はそのモナコ国内にあるフランス企業から税金を徴収しフランスに支払うというものであった。交渉の場で、レーニエは、国家の混乱を招くとして否認を続けていたが、業を煮やしたフランスからの使者は、グレースを「瓦職人の娘」と侮辱し、そのことに怒ったレーニエは、使者を殴ってしまう。これにより、モナコはフランスを敵視していると報告がなされ、両国の関係は悪化。しかし、フランスの土地に囲まれているモナコは、生活物資、ライフラインの全てがフランス経由であったため、いずれにせよフランスの要求を呑むしか道は無くなる。ド・ゴールに条件承諾の連絡をすると、彼はさらに「国民一人ひとりに課税しろ」と要求してきた。そして「要求を断るなら、モナコをフランス領として併合する」と声明を発表したのだった。カジノ以外の収入源の無いモナコにとって国民から税金を取るなど到底無理な話だった。やがて、国境は封鎖。境界には鉄線が引かれ、生活物資やライフラインが止められて緊張状態となる。

03_20150503163043602.jpg

この窮地を乗り切るために、レーニエはモナコへの支援を呼びかけようと考えた。各国の外交使節をモナコに招くのだ。一方グレースのほうは、女優復帰の噂で、国民からの批判を浴び、どうすべきかタッカー神父に助言を求めた。そしてこの危機をのりきる為には、モナコを知るべきという結論に至る。こうして、彼女はモナコの伝統や習慣、歴史、フランス語、そして外交儀礼を必死に学びはじめるのです。

02_20150503164413ed2.jpg
国境の兵士に差し入れ。何をしても話題になる事を逆手に取ることで、彼女がモナコを救う可能性のあることをタッカー神父は予測してます。

やがてサミットが開催され、予定通りレーニエは支援を訴えた。しかし、終了後にド・ゴール暗殺未遂事件の一報が入る。会場は騒然とし、各国の使節団はモナコに支援してフランスを敵に廻すことなどできないと、次々とモナコを離れてしまう。

そんな混乱の最中、スパイはレーニエの姉アントワネットだという報告が届いた。秘書のマッジは、密かに探偵を雇って、スパイを突き止めたのです。アントワネットはド・ゴールと繋がっていて、兄のレーニエを失脚させ、自分の息子を大公として即位させ摂政の座を狙っていたのだった。解決の糸口を失ったうえに、実の姉が自分を落としいれようとしていたことを知り、レーニンは悲観に暮れた。グレースは、王座を失っても夫の傍にいることを告げた。しかし、彼女はこの時に決断したのです。、家族を守り、モナコを守ることを。そして女優への思いをきっぱりと断ち切り、ヒッチコックに出演辞退を伝えます。そしてこの事態の収拾を、「私にやらせて」とレーニンに申し出ます。、頼りにしていたタッカー神父は帰国してしまっていたが、かつて彼女は彼らと密かに練っていた秘策を実行することにします。

04_20150503170208d2f.jpg

グレースは伯爵夫人たちを呼び集めます。そして、赤十字の「舞踏会」を開催すると発表します。病院の改修の話には全く耳を傾けない彼女達は舞踏会の事となると積極的です。孤立していた彼女が、王室にとって必要な事を習得したことにより、伯爵夫人たちとの関係も良好になったように見えます。各国要人を招き、ド・ゴールにも招待状を送ります。その一方で、モナコ王室は裏切り者のアントワネットとその夫の国外追放を決定します。そして、彼女らの子供の将来を保証する代わりに、ドゴールを舞踏会におびき寄せるために、一役買わせるのです。案の定、ド・ゴールは「女優などに何ができる」と高を括り、舞踏会にやってきます。

10月9日舞踏会当日を迎え、親密にしていた「マリア・カラス」のオペラが終わり、グレースは、主催者として愛と平和への思いを語ります。出席者からの喝采を受けると、ド・ゴールの後ろの席に座っていた、アメリカのマクナマラ国防長官がつぶやきます。「まさか、公妃の館に爆弾を落とすつもりではないでしょうな・・・」と。

02_20150503170635f89.jpg

[あとがき]
この映画は、史実に基づくフィックションと冒頭で紹介があります。なるほど歴史的に大きな出来事は、ほとんど史実どおりのようですが、ストーリーは、「グレース・ケリーだけが、モナコを救った」と解釈してしまうような作りになっています。実際のところ、フランスとの和平は、アルジェリア戦争が終結し軍事費の捻出の必要がなくなったことや、1963年から僅かですがモナコが税金を支払うようになった事のほうが解決要因として正しいと思います。フランスは国境を断絶しましたが、実際には、軍備の無いモナコに戦車を乗り入れるなんて大げさなことはなかったと思います。きっと、このあたりは脚色でしょう。それと、ド・ゴールは、実際は舞踏会に参加していません。参加したことにしてしまったほうが物語的には明快ではあります。あくまでも、彼女の舞踏会でのスピーチは解決の後押しとして評価できるものだと思いますが、現実よりは、かなり誇張したものとなっています。残念なのは、彼女を前面に押し出しすぎた為、レーニエと、ド・ゴールの人間像が、実際とは異なって見えてしまうことでしたが「フィクション」として当初から断りが入っているので文句は言えません(笑)。しかしながら、彼女の 慈善活動や、外国訪問、舞踏会など、これらの活動は常に報道され、その後、世界中からモナコに観光で人が訪れるようになり、しかもモナコには空港が無いため、全てフランスを経由してやってくるようになるのです。両国にとって、その経済的効果は絶大であったと考えられます。なによりも、この映画のとおり一国の主君の妻としてふさわしい人物であったことに変わりはありません。瓦職人の娘が女優に。そして公妃に。さらに、その役割をしっかりと果す。「品位」の意味を考えさせられる作品でした。それから、本文の[あらすじ]では割愛しましたが、彼女がマリア・カラスと親睦があったことが新しい発見でした。「モナコのカジノ→オナシス→マリア・カラス」という接点があったのですね。マリア・カラスの映画もあるのですが、まだ未見。無性に観てみたくなりました。

グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札 [DVD]


[出演]
グレース・ケリー ニコール・キッドマン
レーニエ3世ティム・ロス
タッカー神父(グレースの後見人) フランク・ランジェラ
マッジ(グレースの秘書)パーカー・ポージー
デリエール伯爵(外交儀礼担当者)デレク・ジャコビ
マリア・カラス(オナシスの愛人) パス・ベガ
アントワネット公女(レーニエの姉)ジェラルディン・ソマーヴィル
シャルル・レイ(アントワネットの夫)ニコラス・ファレル
オナシス(ギリシャの大富豪)ロバート・リンゼイ
ヒッチコックロジャー・アシュトン=グリフィス
バチョッキ伯爵夫人(モナコの国際赤十字代表) ジャンヌ・バリバール
シャルル・ド・ゴール大統領アンドレ・ペンヴルン





02_2015050322472196c.jpg[グレース・ケリー]
1929年アメリカ合衆国 ペンシルベニア州で生まれる。父はスラム街の煉瓦職人であったが、上流階級の競技であるボート競技で頭角を現し、1920年のアントワープオリンピックのボート競技で2個の金メダルを獲得、続いて1924年のパリオリンピックでも金メダルを獲得。国民的英雄になった。その後、煉瓦製造会社を立ち上げ億万長者となる。ケリーが生まれた頃には、既に事業が成功した後で、家庭は裕福であった。母親は元モデルで、大学講師。兄弟は3人で、兄と妹がいる。少女時代はおとなしく不器用だったが、ハイスクールを卒業後、女優を志し家族の反対を押し切って、ニューヨークでモデルのアルバイトをしながら演技を学び、やがて女優としてデビューする。するとたちまち人気を得るが、女優としての活動は、結婚するまでの、たった6年ほどであった。その間にアカデミー主演女優賞と、ゴールデングローブ賞助演女優賞と主演女優賞をそれぞれ受賞している。監督ヒッチコックのお気に入りの女優であり、彼の作品には「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」「泥棒成金」の3本の作品に出演している。公妃となった後は本格的な女優としての活動は無かったが、1966年に麻薬撲滅キャンペーン映画『悪のシンフォニー』にグレース妃として特別出演した。ファッション界で有名な話として「ケリーバッグ」の名前の由来がある。グレースが長女の妊娠をマスコミに悟られないよう、カメラを向けられた際、エルメスのバッグでお腹を隠したことから、エルメスはこれを「ケリーバッグ」と改名した。慈善活動では、赤十字の総裁を務めたり、保育園設立なども行っています。1958年にはプリンセスグレース病院もオープンさせました。また、モナコの文化や芸術の発展のために、グレース公妃基金を設立。ダンス・アカデミー、グレース公妃劇場の建設などにも取り組みました。1982年9月、南フランスにある別荘からモナコに戻る際、運転中に脳梗塞を発症。そのまま事故を起こし、車は大破。意識が回復しないまま翌日、52歳の若さで死亡する。次女のステファニー公女(当時17歳)が同乗していたが、幸いにも軽傷であった。ケリーの突然の事故死の知らせに、世界中のファンや関係者がショックと深い悲しみに打ちひしがれました。

03_20150504021113dd3.jpg[レーニエ3世の恋と姉アントワネットの策略]
1949年、祖父のルイ2世の死去により即位。ルイ2世には、娘シャーロット(レーニエ3世の母)がいたが王位を放棄し、レーニエ3世に譲ります。おじい様(ルイ2世)も熱烈な恋愛をして廻りを驚かせました。相手は離婚歴があるキャバレーの歌手で2人の子持ちの3歳年上のマリーという女性でした。彼女との間に出来た子が、シャーロットです。(レーニエ3世の祖母はキャバレーの女性ということになりますが、のちに自伝を記した彼は、祖母について記述をしていません)シャルロットは当初、私生児でしたが、後にモナコでは子に恵まれず公位継承問題が起ったため、やむなくルイに正式に認知されることとなったのです。そして4年後に生まれたのがレーニエ3世です。彼もおじいさまに負けず情熱家で、グレースと結婚する前には約10年間ジゼル・パスカルという女優と交際をしていました。この間フランスでは、モナコ大公家が断絶した場合フランスへに併合されると条約を結んでいたので、跡継ぎが出来ないことはモナコにとっては国の存続に関わる問題でした。ところが婚約をしていたジゼルは懐妊しない。そして彼の姉のアントワネットがジゼルは不妊症であると嘘の噂を流したことで、二人は別れます。こうして次に選ばれたのがグレースでした。彼女に子供が出来たときに、一旦はアントワネットの野望は崩れたのですが、彼女は諦めなかったんですね。ちなみにジゼルは他の男性と結婚後、娘を授かっています。レーニエ3世はグレースが亡くなった後は再婚せず、大公としての勤めを継続しモナコ公国の経済基盤をギャンブル事業以外にも発展させるなどの功績を残しました。彼は、2005年に疾病の為、81歳で亡くなります。


[アントワネットのその後とこの映画の製作タイミング]
「プリンセスアントワネット バロネス」は生涯、3度の結婚をしており、作品中では2番目の夫(博士ジャン·シャルル·レイ)の時でした。ジャン·シャルルと共謀し、兄を失脚させようと企んだ彼女は、グレースによって追放され、長年の豪壮な生活を失います。そして地中海を見下ろすある丘の村に移り住むのです。その後、二人は1974年に離婚。3度目の結婚は1983年でしたが彼女の夫となったバレエ・ダンサーのジョン·ギルピンは結婚後6週間で突然死しています。2005年のアルベール即位の際に、新しい条約がフランスとモナコ公国との間に結ばれ、王座は、現在の主権者の子孫に限定されることとなり、また、仮にモナコ大公家が断絶してもフランスへの併合が為されないことと取り決めされました。つまり、アントワネットと彼女の子孫はモナコ王位継承の権利を永遠に失ったのです。2011年3月アントワネットはプリンセス·グレース病院で90歳で亡くなります。アルベール2世はモナコで喪の二週間を宣言します。 葬儀には、アルベール2世も、彼の婚約者や、モナコ王室の他の多くのメンバーも出席しました。おそらく、この映画は彼女の生前から計画されていたのではないでしょうか。モナコの王室が彼女の生前に製作を許可するとは思えません。亡くなってからさほど期間をおかずに製作に取り掛かっていることを考えると、彼女の寿命によって製作、公開の時期が定まったのだと想像せざる得ないのです。

04_201505040550216ee.jpg[シャルル・ド・ゴール]
ド・ゴールは優秀な軍歴を経て、第二次世界大戦のフランス解放後の新政府の主席に選出されるも、社会党の予算提案に反発し突如首相を辞任した。その後、在野の政治家として活動を始めるが、主張が通らなかったり、連合を結成するも内部紛争になったりで、嫌になったのか「公的生活から引退する」と宣言し政治界からとっとと身を引いてしまう。ド・ゴールが引退した後も政府内は乱立は続き、機能を回復できずにいた。この状況に業を煮やしたアルジェリアのフランス植民者(コロン)は1954年に始まったアルジェリアの独立運動に対抗するため、アルジェリア駐留軍と結託してフランス政府に反旗を翻した。「ド・ゴール万歳」を唱えながらフランス本土への侵攻を始めたのだ。コルシカ島を占領し、鎮圧に向かった共和国保安隊も到着後反乱軍に同調してしまい、フランス政府に脅威を与えた。なすすべがない政府はこの反乱を止めてくれと、ド・ゴールに泣きつくのです。再び政治に引っ張り出されたド・ゴールは、目的を達成するための必要な全ての権利を要求しフランスは条件を承認。ド・ゴールは首長として就任し、短期間で内部の反乱を沈静化させた。そして1958年大統領に就任する。巧みな経済政策でフランスは高度経済成長を遂げ、外交面でもフランスの地位は急速に回復。しかしアルジェリア戦争においては、担ぎ出した人々の思惑とは逆にアルジェリアを独立させるべきと考えていた。そして1959年9月にド・ゴールはアルジェリア人に民族自決を認める発言を行った。内部で反乱が起きるがド・ゴールは次々に鎮圧していった。1962年アルジェリアの独立を承認。戦争は終結する。ド・ゴールはこの間、独立反対者によって、暗殺の標的となっており、乗っていた自動車が機関銃で乱射された「プティ=クラマール事件」が起きるが九死に一生を得る。映画では暗殺の原因を明かしていませんが、これは戦争を終わらせたことによる反発により起きた事件なのです。さらに翌1963年にはモナコとの間で僅かな法人のみ適用される「関税協定」が締結された。この2つにより、モナコは膨大な額の支払いを免れている。別の視点から捉えれば、戦争を終わらせたド・ゴールがモナコを救ったともいえるのではないでしょうか。

ジャッカルの日 (角川文庫)/ジャッカルの日 [DVD](プティ=クラマール事件)



★外部関連記事★

スペシャルは突然に/<グレース・オブ・モナコ>「公妃の切り札」 スパイ映画や政治ドラマのような展開も
ダアン監督は、「伝記映画を作ることに興味はなかった」「史実に基づいているとはいえ、これは歴史映画でもない」と言い切っているようだが、その言葉通り、今作はグレースの敵と味方が入り乱れ、スパイ疑惑が浮上したり、駆け引きがあったりなど、スパイ映画や政治ドラマ的な展開もあり、“女優グレース・ケリーの半生記”だけではくくれない内容になっている。グレースさんが生前、身に着けたドレスや宝石が忠実に再現され、ファッション面での見どころもある。偉大な女性を演じることに、おそらくキッドマンさんはプレッシャーを感じたことだろう。ただ、やはりどうしてもキッドマンさんの個性が強過ぎて、グレース・ケリーのファンとしては、最後まで彼女がグレース・ケリーだと思い込むことに苦労した。



スポンサーサイト
ブログ内検索
ブログ内ページランキング
外部アクセス元ランキング
プロフィール

ちゃのりん

Author:ちゃのりん
映画から歴史を探るのが好きです。
俳優&映画紹介と、ノンフィクション映画の実在の人物像も探ります。


★好きな俳優★

ジョナサン・リースマイヤーズ

ssssj.jpg


お気楽ブログ55011enn_20150420222943fef.jpg


アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
202位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
洋画
19位
アクセスランキングを見る>>

にほんブログ村 映画ブログ 外国映画(洋画)へ
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ

新作映画情報「ぴあ映画生活」ドラマ
アクセスカウンター



RSSリンクの表示


お役立ち
ブログ翻訳
favorite
・★前田有一の超映画批評★

・映画ライター渡まち子の映画評

・死ぬまでに一度は行ってみたい場所

・イナダ・ラングエイズ研究財団(ILFAR)稲田頼太郎

・NPO法人イルファー稲田頼太郎
(One Coin のご寄付を!)

・薬屋のおやじのボヤキ

・世界飛び地領土研究会
・欧州:世界遺産めぐり

・不思議館 古代の不思議

・KIKIの今日

・面白いおすすめ映画20選!騙されたと思って観て欲しい【最新版】

カテゴリ
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスランキング