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2014-09-04(Thu)

パピヨン/不屈の魂、不朽の名作

1973年 アメリカ
papillon.jpgこれを最初に観たのは小学生の低学年の時。当時、子供心に至極の感動を味わった作品です。
TV画面を見ながら、もう脱獄しないで!と思った。けれど、映画の中の彼は、そんな願いなど無視して脱獄し、酷い目にあう。監獄の非情さに泣き、数々の裏切りに切なくなって泣き、最後は自由になったと泣いた。今でも忘れた頃に観たくなる作品。大人になってからは、子どもの頃の感覚とは違っているし、この作品の後にも多くの素晴らしい名作も沢山製作されている。
それなのに何故、何十年経った今も、この映画に魅了され続けるのか。

これは、フランス人「アンリ·シャリエール」が自身の体験をもとにして書き綴った小説を原作として製作された映画です。リアル脱獄もの。主人公のパピヨンはシャリエール自身で、胸に蝶の入れ墨をしたフランス人。パリで金庫破りの罪で捕まるが、仲間の裏切りから殺人と幾つもの罪を着せられ終身刑となる。そして政府は彼ら犯罪者を国内から一掃する為、南アメリカのフランス領「ギアナ」の刑務所に送り込むことを決めた。こうして彼らを乗せた船が出発。ギアナに送られれば最初の1年以内に大半が死ぬという。しかし金さえあれば別。看守を買収できるからだ。囚人の多くが体内(直腸内)に金を入れ隠し持っていたが、その金を狙い殺人事件も起きていた。パピヨンはギアナに到着する前から投獄を考えていたが、そのためには金が要る。彼は国債偽造で逮捕された男で、大金を隠し持っていると噂されているドガに目をつけた。「大金を持っている」という噂が流れるなら命を狙われる可能性も高い。パピヨンは船にいる間、ドガを守るかわりに逃亡用の金を用立てるという条件をドガに出した。ドガはそれを受け入れる。こうして当初、船にいる間だけだった二人の奇妙な関係は、この物語の最後まで続くことになる。


ある日の夜、眠っているドガが二人の囚人に襲われかけたが、パピヨンは寸前のところで、この囚人たちを切りつけドガの命を救った。当然パピヨンは看守に拘束され罰を受ける。ギアナに着き、二人が収容されたのはロワイヤル諸島のひとつ『サン・ローラン刑務所』だった。ここでの脱走の懲罰は1度目が2年の独房入り。2度目は5年。そして3度目はギロチンによる公開処刑。到着したばかりの大勢の目の前で、抵抗しもがいている囚人の首が切落とされる。しかしパピヨンの逃亡の意思は揺るぐことはありません。重労働を避けようとドガが看守を買収するものの、運悪く彼の詐欺で損害を受けた人物に遭遇。ジャングルでワニが生息する沼地での過酷な労働に宛てられた。ある日、船で知人だった男の損傷した遺体を見たドガが激しく嘔吐すると看守が彼を殴りつける。パピヨンはドガを助けようと看守に熱湯を浴びせ川の中へ飛び込み、そのまま逃亡する。その頃、ちょうど逃亡を計画中であった為、既に金を渡していた協力者の男に会いに行くと、男は「一週間早かったな」と言うと看守が現れ捕まる。彼はまた裏切られた。パピヨンはサン・ローラン西にあるサン・ジョセフ島に投獄される。

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スープの缶の中にヤシの実が         隣の囚人は次に顔を出したときには現れなかった。  光りを遮断される寸前のパピヨン

サン・ジョセフ島の牢は「人食い牢」と呼ばれていた。天井は鉄格子。食事は僅かなパンとスープだけ。囚人たちは悪条件の為に次々と餓死していた。そんな環境で彼の2年間の投獄生活が始まる。ある日、配給される食事の缶の中にヤシの実が入っていた。「いつもお前を忘れない」と書いた小さなメモが添えられて。パピヨンはそれがドガからのものだと確信したが、程なく所長に知れてしまう。ヤシの実を誰にもらったのかと問い詰められるも彼は答えなかった。すると所長は彼の独房の天井の鉄格子を板で蓋をし真っ暗にした上、ただでさえ貧しい食事を半分にした。期間は半年間。それで生き延びる見込みなどない。パピヨンは、床を這う虫を食べて生き抜く。やがて歯が抜け落ち、意識も朦朧としてきて、ドガの名を自白しそうになるのだが、所長の顔を見た瞬間、「名前を思い出せなくなってしまった・」と告げた。彼が白状すると思っていた所長は「じきに死ぬな」と言って立ち去った。パピヨンは隠してあったドガからのメモを口に入れ飲み込む。

パピヨンは夢を見る。砂漠の中、地平線の向こうに裁判官たちが立っている。パピヨンは無実を主張するが、裁判官が言う。
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「それはそのとおり。だがお前の本当の罪は殺人ではない」

パピヨンは餓死寸前となりながらも、執念の2年の監獄地獄を生き抜き、サン・ローラン刑務所に戻った。そして、ドガと再会。看守達の信頼を得ていたドガは悪条件の労働から開放され、ここの所長の補佐的給仕をしていた。ドガはパピヨンが自分の名前を白状すると覚悟していたが、最後まで言わなかった彼に対し、それ以上言葉がでず涙を浮かべた。パピヨンもドガの名を言いかけたことを彼に告げた。

ある日、ドガはパピヨンに自分の妻が裁判所に申し立てをしており、同時にパピヨンのほうの刑期についても動いていて、金でどうになりどうだと言う。かかる期間は3年、脱獄しないで待てばいいというドガ。しかし長すぎるというパピヨン。ドガに自分に対し借りがないというパピヨンは再び脱獄の計画を立てた。ドガは協力はするが妻の動きを待って逃げないはずだった。逃亡はすぐに実行される。逃亡の話を持ってきた囚人クルジオ、看守を呼び出せる囚人マチュレット。そしてパピヨン。この3人で逃亡するのは看守達が手薄の音楽会の夜だ。逃亡用のボートは手配済み。しかしタイミング悪くクルジオが見つかり、様子を見ていたドガが咄嗟に看守を殴りつけ塀に登りパピヨンと共に逃げることになる。このとき塀の外側へ飛び降りたドガは足を負傷する。そして密林へ。しかしボートは朽ちていて使えなかった。そこで顔に刺青をした男に助けられ、ボートが買えると案内されたピジョン島へ向かう。ここの島民は全員ハンセン病患者だった。パピヨンは島の首領と会った時に、病状を見ても戸惑うことなく、勧められるまま彼の咥えていた葉巻を口にしたことから、彼の歓心を得て、船とお金まで用意してもらった。3人は本土を目指し船を出した。やがて嵐が襲う。ドガの足は壊疽で腐り始め、マチュレットがドガの足の壊疽の部分を切り落した。

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ハンセン病患者のボス                ドガに酒を飲ませて酔わせ壊疽を切断      部落の女性との恋

やっと海岸についた時、運悪く警察に遭遇してしまった。歩けないドガを砂浜に残し二人は逃げたが、マチュレットは足を撃たれてしまい離れ離れになる。パピヨンは逃げる途中で原住民の吹き矢に襲われ断崖から川へ転落。気がつくと、彼はある部落の人々に助けられていた。ある程度の期間パピヨンはここで過ごす。彼らとは言葉は通じなかったが真珠を採って生計を立てているこの部族の生活は平和であった。ある日、酋長はパピヨンと同じように胸に蝶の刺青を彫って欲しいと伝えた。刺青をすると満足げな酋長。翌日、部落の人間は全員消えた。天井にぶら下げてあった小さな袋の中にはいくつかの大粒の真珠が入っていた。

パピヨンは誰もいなくなった部落を出て、バスに乗り込んでいた。コロンビアの検問所で身分証明書のチェックの最中に、たまたま通りかかった修道女に真珠を寄付し、修道院の馬車に乗り込み検問所を切り抜けた。修道院で院長に自分の身の上を正直に話し、自分の全財産である真珠を預け、一晩の宿をとった。しかし翌朝、彼を待っていたのは、またしても裏切りであった。こともあろうに、神の使いにまで。

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開放されたパピヨンの髪の毛は真っ白。     運ばれてきたマチュレット              死んだ囚人は海に捨てられる。      

パピヨンは再び「人食い牢」へ。5年の月日が流れた。解放された彼の頭は真っ白で老人のよう。その日、担架で運ばれてきた男がいた。やつれ果てたマチュレットだった。彼はまもなく息絶え、死体は海に投げ込まれサメの餌となった。パピヨンは今度は悪魔島へ送られる。ここでは手錠も足枷もなかった。島の周囲は岩だらけで脱獄しようにも激流で押し戻されてしまう。さらに多くのサメ繁殖しており脱出不可能だった。けれど重労働や制約がなく自給自足の生活を送ることができた。パピヨンはここでドガと再会する。ドガは「来て欲しくなかった」と吐き捨てた。しかし、「ザリガニは好きか?」 久しかたぶりの食事を取る二人。パピヨンは一人、飽きもせずに海を眺める。そして潮の流れを観察する。本土まで40キロ。潮の流れに乗れば2日で着ける。ヤシの実を袋に詰め込み、海に投げ込むが岸壁に打ち砕かれる。それでも諦めない。ある日、パピヨンはドガに言う。「7回に1度来る大きな波に乗れば、2人とも沖に出られるぞ!」 

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足元には、椰子のいかだが二つ。しかし、ドガは残ります。パピヨンは海に飛び込みました。「自由人」となるために。

パピヨン スティーヴ・マックィーン没後30年特別愛蔵版 [DVD]

[監督]
フランクリン・J・シャフナー(1989年7月2日/満69歳没)
[出演]
パピヨンスティーブ・マックイーン(1980年11月7日/満50歳没)
ルイ・ドガダスティン・ホフマン
マチュレット  ロバート・デマン
クルジオウッドロー・パーフリー
ジュロドン・ゴードン
トゥーサンアンソニー・ザーブ
検索用/スティーブ・マックイーン/ダスティン・ホフマン



hanachanono-img600x450-1397064673s3fsbe6944_20140904064357bcf.jpg[舞台となっているギアナ]

フランス領ギアナは南アメリカ北部にあり県都はカイエンヌ。この地域には古くから、カリブ族、アラワク族などのアメリカ州の先住民族が居住していた。1604年にフランス人がギアナに港を建設しフランスから入植者が増えた。1638年にはカイエンヌの町を設立し定住が進む。18世紀末、革命直後のフランス立法府はギアナを政治犯の流刑地とし、20世紀半ばまで多くの政治犯が送り込まれる。ギアナの島々は「呪われた土地」「緑の地獄」などと呼ばれていた。特に沖合いにある流刑島のデビルズ島は、「悪魔島」として悪名高い。1946年にフランスでの行政上の区分は植民地から海外県に変更されたが現在もギアナの領有を保っている。



[パピヨンのモデル]
アンリ・シャリエール
アンリ·シャリエール (1906年11月16日- 1973年7月29日)、フランスの小説家、後に映画俳優となる。シャリエールはフランスのアルデシュで生まれた。彼が11歳の時に母を亡くす。1923年、17歳の時フランス海軍に入隊し二年間務めた。海軍を去った後、パリで不道徳な生活を送っていたようだ。1931年 25歳 無実の罪でギアナの流刑地へ無期徒刑囚として送られる。記録では、ここに囚人8万人が送られ5万人が死んでいるという。仮に、ここで生き残り刑期を終了しても刑期の倍の期間、強制労働に付かされることになり、もと囚人として非難されながら生きていかなければならなかった。無期懲役の場合はその可能性すらないということだ。ギアナの刑務所は「人間を壊すための刑務所」のセリフどおり凄惨を極めるものだった。シャリエールはここで13年間の間に何度かの脱走を繰り返す。このうち1933年に脱走した時の物語が2度目の逃亡として、この作品に描かれている。ここでは実際に、思いやりのある英国人や、ハンセン病患者のグループから援助を受けたという。そして3人は、船でコロンビアへ向かい、辿り着くが結局失敗しギアナに引き渡される。(映画中では、この後、彼は真珠を採って暮らす先住民に助けられ、原住民の女性とのロマンスが描かれていますが、これは別の逃亡の時の出来事で映画中では2回目の逃亡に纏めてしまっています。また、一緒に逃げたマチュレットのモデルの囚人は独房生活で獄死していますが、実際には無事に独房収監を終え、後にシャリエールや、クルジオのモデルとなっている囚人と一緒に悪魔島を脱出している。ちなみにクルジオとされる囚人は悪魔島を脱出後、再度捕まり再び2年間の独房生活の後死亡しているという。これが映画中では、マチュレットの死亡に置き換えられているようです。)

悪魔島に送られたシャリエールは、脱出のため波を観察。ココナッツの下に重みを付けた袋を投げてはいくつも実験を繰り返した。そしてある場所で、七つめの波が他の波より大きく、島からより遠くに袋を流すポイントを見つけ、脱出できると確信する。シャリエールはこの第七つめの波を「リゼット」となずけた。悪魔島には実は映画のような立派な絶壁は存在しませんが、波が強く容易に脱出できるような島ではないため、判りやすい演出をしたのでしょう。そして実際には、島からの脱出はシャリエールとシルヴァンという囚人と、他の二人(映画中でのクルジオとマチュレット)の計4人でした。彼らはココナッツの袋に浮かび本土を目指します。すりおろしたココナッツの果肉を食べて生き、三日三晩。そして4日目、本土からわずか300ヤードの距離でシルヴァンは波に放りだされ、そのまま消えてしまい、彼は戻りませんでした。この人物はこの逃亡の前にも一緒にシャリエールと行動を共にしている人物で、おそらくドガのモデルとなった人だと思います。死んでしまった彼を、映画の中で「生かした」のではないでしょうか。実際には悪魔島は映画のように平穏に暮らしていける環境ではありません。暴力が日常的で、熱帯病が蔓延し過酷だったのです。あえてこのように演出したのは生きていて欲しかったというシルヴァンへの思いではないかと想像します。シャリエールは進み続けましたが、海岸に着くまでシルヴァンのココナッツのいかだを握っていたそうです。

生還の後、1944年からベネズエラに居住し、1952年リタというベネズエラの女性と結婚しカラカスでレストランをオープン。1956年に正式にベネズエラ の市民権を獲得。1969年にフランスで出版された『パピヨン』は世界17ヵ国語に翻訳され、1000万部を越える超ベストセラーとなった。また、1971年 には、本人が書いた小説を原作とした映画「太陽の200万ドル」が公開され、アンリ・シャリエール自身が俳優として出演した。そして、1972年、映画「パピヨン」が製作されると、シャリエールはこの映画のロケ地に招かれ、実際に体験した模様を指導しました。そして翌年、映画の製作途中でスティーブ・マックイーン に会うと、映画の完成を観ることなくその奇跡の生涯を終えました。

セントローレンスの「死刑執行」 セントジョセフの「人食い牢」 今も人を寄せ付けない「悪魔島」。人間として扱われず、過酷な境遇に置かれながら、裏切られ、騙され、それでも信じる。この作品には、本来人が持ち合わせている「恨み、失望、諦め」などの感情が表現されていません。酷い仕打ちを受けても、心は朽ちずに、自分自身の運命と真正面から向き合う。子どもの頃「かわいそう」と泣いた物語は、大人になってからは「主人公の精神力に感銘」して心で泣く。人はここまで強くなれる可能性があると勇気付けられる作品です。

アンリ·シャリエール「パピヨン」の伝説


★外部関連記事★

ゆず豆的シネマ鑑賞記/No.164 『パピヨン』
例え捕まっても、裏切られても折れない心。 終盤の彼は自由を求めているようで実は逃げることに生きがいを感じているように思えました。 そんな彼と対比的な男ドガ。 この二人の奇妙な友情も見所の一つ。 最後の別れのシーンは何とも暖かいもので・・・。 スティーヴ・マックィーンという俳優さんを初めて見ましたが、かっこええのー!! そりゃ人気でるわ。

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