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2014-08-14(Thu)

ホテル・ルワンダ/世界から見捨てられたツチの人間達

2004年 イギリス
ホテル・ルワンダ1994年に民族間の対立から起きた、アフリカ、ルワンダの虐殺。この渦中で1268人の命を救ったある男の真実の物語。歴史的な大虐殺なのですが映像は抑制されて作られています。虐殺そのものよりも、ショッキングなのは、資本主義国家が資本的見返りのない国の人命を見捨てたという事実に、やりきれない悲しみを残します。当初、映画の公開はアメリカ数箇所の劇場だけだったのが、僅か1ヶ月後には2000箇所を超える劇場で公開され、多くの映画界関係者の予想を覆し大ヒットとなったもの。日本でも「内容が暗い」「配給権の値段が高い」という理由から未公開になるところだったが、一部の映画評論家などの呼びかけで、署名運動が起きるという社会現象まで起きた作品。公開を実現させてくれた先見の目がある方々に頭を下げたい。この映画のヒットの理由は、題材だけではないと思います。作り手の「世に伝える」という思い入れが、考え尽くして作られたと感じる脚本と、印象に残るシーンに現れているように感じます。彼らを見捨てたことが先進国にとっては汚点であり、政治色が濃く難しい作品でありながらも、問題を誇張しすぎることなく完成させていることが、観客の心に素直に伝わり、受け入れられたのだろうと感じます。今でも多くの問題を抱えているアフリカ。そのうちのひとつの問題を綴った歴史映画として、絶対に外せない作品であると思います。

[あらすじ]
男の名はポール・ルセサバギナ。四つ星ホテル「ミル・コリン」の支配人で、後にアフリカのシンドラーと呼ばれる人物です。当時、ルワンダは多数派のフツ族と少数派のツチ族が長い間対立していたが、フツ族の大統領はツチ族と3年間の和平協定を結ぼうとしていた。そんな矢先、大統領の乗った飛行機がミサイルで撃墜され暗殺されたため和平は崩壊。フツ族民兵によるツチ族の大虐殺が始まる。

ポールは、フツ族であるが、妻のタチアナはツチ族であった。彼は自分の家族と非難してきた隣人たちを救うことを考えた。町ではナタで殺される人々たちを目の当たりにする。そして命の危険にされされながらも、どうにかホテルに到着する。やがてホテルには行き場をなくした多くのツチ族がなだれ込んでくる。さらに親をなくした多くの孤児たち。ポールは全て受け入れた。ホテルはたちまち満員状態になる。有名ホテルであることを盾に、彼はホテルの支配人としての才覚とそれまで築き上げてきた人間関係と巧みな話術で、どうにか切り抜けていく。

やがて国連が手配した兵士がやってきた。皆、助かったと歓喜した。しかし、兵士と話をするオリバー大佐は帽子を地面に叩きつける。
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映像を放送すれば、きっと沈静化してくれると信じていたが・・。                   自分の無力さに唾を吐きつけろという大佐。

軍は撤退を決定。応援にきたと思った外国の軍隊は、外国人だけを救出して撤退してしまう。望みは絶たれた。
出発の直前、教会から神父を先頭に大勢の人々が。・・子供を連れて行ってください。しかし外国人だけを乗せたバスは走り去ります。

こうして、ルワンダに残された兵士は、国連のオリバー大佐率いる300名のみとなってしまう。彼らがホテルにいない時に危険に晒された時には、本社のオーナーにフランス大統領府と国連に掛け合ってもらい、外交的外圧により寸前のところで難を免れたりと、その場をどうにかしのいでいく。でも、これは一時的なもの。食料は、水は・大丈夫なのだろうか。賄賂が底をついたら。どうやって切り抜けていくのだろう。

妻のタチアナはポールに言います。自分を置いて子供を連れて、逃げてほしいと。無論ポールにそんなことできるはずなどありません。その後、ホテルを脱出するチャンスが巡ってきた。家族で車に乗り込んだが、残った人々を残していけないポールは寸前で降り、家族だけを車に乗せホテルに残った。予想外の展開にタチアナは半狂乱のように取り乱してしまう。しかし、この脱出は裏切りにより失敗に終わった。

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殺されかけたタチアナ。                使えるのはプールの水だけ。         ルワンダ紙幣で「自分のケツを拭け」と将軍

ポールはフツ族のルタガンダや、フツ族で当時のルワンダ軍のビジムング将軍を相手に立ち振る舞い、将軍には警護までさせたりと切り抜けてきたが、既に賄賂の金もなくなってしまった。将軍が立ち去った後は、ホテルが外部から攻撃されるようになってしまう。その頃、多くのツチ族の難民はウガンダやコンゴに逃れ、政府軍に対抗するべく、ルワンダ愛国戦線(反乱軍)を形成していた。ツチ族の反乱軍は優勢になり、政府はルワンダ軍兵士の捕虜の引き換えと、ホテルの人々を安全地帯に移すという交換条件をのんだという知らせが入る。しかし、ナタを振り回す民兵は抑えられない。だがホテルにいてもいずれ民兵に殺されると考えた彼らは、一か八かでホテルを脱出することを決める。出発は2日後だというが・・。

ポールはタチアナに「万が一の時は、子供と一緒にホテルの屋上から飛び降りて自殺するよう」に促した。「ナタで惨殺されるよりはまし」。そんなことできないと泣くタチアナ。彼は翌日、家族を待たせ賄賂を渡すべく将軍を呼び出し、市外に出た。最後の2日を乗り切るために。

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将軍に賄賂を渡すと、「おまえを助けてやる。」 しかし、ホテルに戻らないという将軍に必死の駆引きをして・・・・。

将軍たちを引き連れてホテルへ戻ると、民兵がホテル内に乗り込んでいた。こうして民兵を追い払い、ホテルの人々は助かった。
そして翌々日、ホテルにいた人々は、オリバー大佐の誘導により、反乱軍の前線に向かって出発する。

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ホテルを出た人々を乗せたトラックの前にフツ族の民兵が。       Hotel Rwanda Soundtrackより - 03.Million Voices

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション [DVD]

[監督]
テリー・ジョージ

[出演者]
ポール・ルセサバギナ   ドン・チードル
タチアナ・ルセサバギナ  ソフィー・オコネドー
オリバー大佐        ニック・ノルティ
ジャック・ダグリッシュ   ホアキン・フェニックス
テレンス社長        ジャン・レノ
ビジムング将軍       ファナ・モコエナ



[事件の歴史的背景]

元々この地にいたのは、後の人口の1%程度の少数のトウク族であったが、いつの頃からか北東の方角からツチ族(後の人口の15%)が、南西の方角からはフツ族(後の人口の84%)が移動してきて3つの種族が共存するようになっていった。ルワンダは土地が痩せていて遊牧には向いていても農耕には不向きだった。そんな環境で家畜を所有し比較的裕福であった遊牧民族がツチ族、農耕民族がフツ族という貧富の差が階層を作っていった。 やがて、それは政治的にも反映し14世紀からはツチ族を王とする王朝国家が誕生。フツとツチは言語も習慣もほとんど変わらず、貧しいながらも3つの部族はお互いに尊重しあい穏やかに暮らしていた。しかし19世紀になると、ヨーロッパに侵略され、最初はドイツ、ドイツ崩壊後は、もともとの種族階級にベルギーの植民地支配が介入。ベルギーは少数派であるツチを中間支配に置いた。この差別化は民族間を団結をさせないための当時よく用いられた手法であった。フツ族にとっては奴隷のような日々が始まる。ベルギーは間接的に支配している為、直接フツ族に制裁を与えるのはツチ族。これによりフツ族の憎悪はベルギーではなくツチ族に向けられることとなる。ルワンダのこの先の長い対立や虐殺は、先進国の植民地政策によってお互いを憎みあうように仕向けられた結果である。

1959年、当時の国王ムタラ3世はベルギー人医師によるワクチン接種を受けると、帰宅途上に死亡した。これを暗殺ではないかと考えたツチはベルギーと距離を置きはじめ、植民地支配からの脱却の動きを見せるようになる。ベルギーはツチを支配できなくなると、今度はフツ族に肩入れするようになり、フツ族の知識人の育成に手を貸すようになっていく。こうして、フツとツチの双方が急進化していく。同年、フツの副首長がツチの青年団に袋叩きにされ、副首長死亡の誤報がルワンダ中に広まると、フツのグループが政府機関やツチ首長の活動家を襲いはじめた。そして襲撃の対象はツチ全体に拡大し殺戮が繰り返された。ベルギーは、暴動の初期段階からフツ側についていた為、事態の収拾に動くことはなかった。1961年、ベルギーはクーデターを起こし王政に関する国民投票を実施。ツチによるルワンダ王制が終わり、ルワンダ共和国の設立を宣言した。翌年、正式に共和国として独立すると、初代大統領にフツのドミニク・ムボニュムトゥワが就任した。植民地の時代は終わったが、長年にわたりツチ族の支配を受けてきたフツの不満は消えるはずもなく、彼らは「ツチ族」への支配を開始する。これを受けて、1963年の終わりまでに13万人のツチが国外に脱出した。

1973年に政権についた3代目大統領のフツのジュベナール・ハビャリマナは、ツチに対する種族融和政策を行った。この緩和はツチは政治活動に関与しない限り弾圧されることはなく、むしろ経済活動の活発化は推奨された。やがて政府と良好な関係を持つツチの有力者も現れるようになる。また、フツとツチ間の通婚も進み良好な関係が進みつつあった。しかし過去に難民として国外脱出をしたツチの子孫の多くが反発し軍事的反攻に転じた。そしてルワンダ内戦(1981年から1986年)がはじまる。フツ族はこれを撃退したが、彼らは反政府ゲリラルワンダ愛国戦線を組織して、ウガンダを拠点にフツのハビャリマナ政権に対する反政府運動を活発化させることになる。その後、1993年に北部を制圧したルワンダ愛国戦線はフツ族政府との和平協定を締結することとなった。事態は収拾するかに見えていた矢先の翌年94年、フツ族の大統領が暗殺される。そして総人口約730万人のルワンダにおいて、フツ族による100日間で80万人とも100万人とも言われる『ツチ族』大虐殺が起こった。(トゥワも3割が殺害された)この虐殺の最中ツチの反乱軍、ルワンダ愛国戦線は政府軍とフツの民兵と戦った。やがて首都キガリを制圧。今度はツチ族が政権を樹立。政権を握っていたフツ族は難民として方々に散り、その規模は180万人~210万人にも膨れ上がった。難民キャンプではコレラ、赤痢が蔓延し、数万人の死者がでた。また、キャンプ先の国で反乱が起きると、フツは再びルワンダにもとるという現象が起きた。難民が戻ると再びフツ族による反乱勢力が生まれるが、ツチ族はこれを武力で抑圧する。その後、暴力は沈静化したが緊張が続いた。※大統領の暗殺はフツ族によるツチ族惨殺計画の為の仕組まれたシナリオとの見解もある。

2000年、ツチのポール・カガメが第5代大統領に就任。内戦時代に難民となっていた人々のうち200万人近くが帰国した。彼らは海外で習得した様々なスキルで国の復興に尽力。21世紀に入り急進的に近代化が進み、ルワンダは現在、「アフリカの奇跡」と呼ばれている。
現在も、ルワンダ愛国戦線は現在のルワンダ大統領ポール・カガメが率いる政党である。

ロメオ・ダレール(作品中の「オリバー大佐のモデル」となっている人物) 
もとPKO部隊司令官が語るルワンダ虐殺(1/5)(2/5)(3/5)(4/5)(5/5)
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1946年6月25日生まれ。カナダの元軍人・政治家(上院議員)元カナダ軍中将。国連平和維持部隊(国際連合ルワンダ支援団)司令官であった。ダレールの着任前、国連はルワンダでジェノサイド(惨殺行為)の可能性がある事を知りながらその事実を彼に知らせなかった。ダレールは1994年1月に匿名の情報者によりフツの過激派による虐殺計画を知り、国連に平和維持軍の増強や過激派の武器の押収を提案したが、権限がないという理由で不許可となる。次に彼はアメリカ、フランス、ベルギーの大使へ情報を伝えたが、どの国も 黙殺した。

国連本部から虐殺を止める権限も与えられず、暗殺やツチの民兵の武装、虐殺を目の当たりにしながらも、彼らは何も出来ないことに辛酸をなめる思いだった。虐殺終結後の1994年8月、精神的な症状から任務を果せなくなり司令官を辞任。帰国後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断される。2000年に公園のベンチで自殺を図り昏睡状態になっていたところを発見されるが一命を取り留めた。その後ルワンダでの体験を書いた 書籍「Shake Hands with the Devil」(なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか)を出版した。2004年には虐殺事件から10年後の追悼式典に出席するため、ルワンダを再訪。2005年にはケベック州からカナダ上院議員に選出された。現在は紛争の解決や平和構築について活動し、平和維持活動の教育機関ピアソン・ピースキーピング・センターや大学で講師をつとめている。
(2014年現在)

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ルワンダは「アフリカの奇跡」と呼ばれるほどの目覚しい復興を遂げている。           現在のルワンダ首都キガリ市内

現在の「オテル デ ミル コリン ホテル」 (Hotel Des Mille Colines)
なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか―PKO司令官の手記
NHK未来への提言 ロメオ・ダレール―戦禍なき時代を築く


◆内部関連記事◆

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★外部関連記事★

ホテル・ルワンダの男 / ポール・ルセサバギナ/作られた歴史と受け継がれてきた教訓
ではポールは、ルワンダ人を操る歴史の力とどのように対峙し、難民たちの命を救ったのか。彼は父親や祖父から、歴史とは違う教訓を受け継いでいた。「我々には喜んで人を家に招き入れるという国民性がある。その点でルワンダ人の価値観は中東のベドウィンに非常に似通ったところがある。赤の他人を受け入れ寝床を提供するということが、善行というより自然な行為になっているのだ。ヨーロッパからの支配者が来るまで、ルワンダにはホテルというものが一軒もなかった」 「ルワンダ人はどんな状況にあっても、困っている者に避難する場所を提供する。私はこの教訓を真理とし、誰もがそう感じているものだと信じて大人になった」ポールはそんな教訓を、言葉を通して受け継いだだけではない。彼の父親はそれを過去に実践している・・・

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