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2016-02-27(Sat)

『映像の世紀』第1集「20世紀の幕開け」/大戦の序章

1995年 日本
001_(15)_20160225020820716.jpg 『映像の世紀』シリーズは、戦後50周年とNHKの放送開始70周年の記念番組として1995年から、アメリカとの共同取材により、制作されたNHKの歴史ドキュメンタリー作品です。古い映像を切り貼りして編集したものといえば簡単に思えますが、通信技術も進んでいなかった当時、世界中から情報と記録映像を収集しそれを編集して5年以上かけて制作されたそうです。シリーズは11集まであり、教科書でも見たことないものも多く、その労力は相当なものだったと思われます。映像は、ナレーションとともに続き、淡々と社会の様子を映し出します。過去の映像は多くありますが、それだけを見てもそれは単に「映像」でしかありません。ですが、この作品の特徴は、その中にいる、たった一人の声を伝えているところでしょう。これは、ナレーターとは別の人が朗読します。この第1集は映写機が使われるようになった1890年後半の、世界が比較的平和だった頃の街の様子や、トルストイやルノワール、ライト兄弟といった、多くの著名人も登場します。子供のころに見た児童書の伝記の中の人物が、現実に動いているのが目に飛び込んでくるため、改めて、彼らも20世紀の人だったことに気が付かされました。中でも、一番印象的だったのは、踊り子ダンカンの手記です。皇帝のもとへ行く道中で彼女が遭遇した、棺の行列の様子は、その映像はありませんが、まるで自分もそれを目撃しているようでもあるかのように、その情景をリアルに想像させます。これは、第一次世界大戦の序章ともいえるものでした。皇帝一家(ロマノフ家)のその後の運命は、歴史に残る悲劇として刻まれた事を知る人も多いでしょう。悲しみや怒りといった製作側の誇張はなく、視聴者は、過去の人の声に共感、あるいは反発するのです。第一次世界大戦の映像は次の2集からですが、この1集だけでも、たった100年と少し前、現在の世界の礎を築いてきた無数の先人たちが、塵のように消えていったことに、改めて思いを馳せるのです。


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左)クロード・モネ/画家(1840年11月14日 - 1926年12月5日)/ 右)オーギュスト・ルノワール/画家(1841年2月25日 - 1919年12月3日)

初めて映像化された戦争が第二次ボーア戦争(1899年10月~1902年5月)。ダイヤモンドと金の鉱脈が発見され、その利権の為に始まった。
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イギリスが勝利しアフリカを植民地に。終戦後、ボーア人は農地と農家が焼き払われ強制収容所に入れられた。収容所では2万人が死亡したとされる。イギリスは後に国際的な批判を浴びた。右は戦時中、現地に新聞特派員として現地に赴いていた若き日のチャーチル。彼は、「どんな戦争といえども容易なものはない。一度戦争に身を委ねた政治家は、制御しがたい戦いの奴隷となる。」と発言している。

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20世紀の幕開け、1901年1月にイギリスのヴィクトリア女王崩御。右の映像は葬儀の列席者。中央の白い馬に乗っている人物を挟んで、女王の孫にあたるドイツ皇帝のウィルヘルム2世(左)と、後にイギリスの国王になるエドワード5世(右)。二人ともヴィクトリア女王の孫で、いとこ同士である。この13年後に起きる、第一次世界大戦では、彼らは互いに敵として戦うことになる。

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ライト兄弟が飛行機を完成させると・・飛行機ダンスや飛行機の形の帽子などが流行。滑稽です。
 

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レフ・トルストイ。当時78歳。彼はロシアの行く末を案じていた。1905年、日露戦争が始まると、イギリスのタイムズに、その反戦論を発表。


トルストイ反戦論 タイムズ[思い出せ]より

「戦争はまたしても起こってしまった。一方は一切の殺生を禁じた仏教徒であり、また一方は、世界の人々の兄弟愛を公言するキリスト教徒であるというのに。今や極めて惨たらしい方法で お互いに傷つけあい殺戮を重ねようとしている。陸に海に 野獣の如く相手の隙を覗っているのだ。これは夢ではない」


00a.jpg1905年 「血の日曜日事件」の2日後の早朝、踊り子イサドラダンカンがペテルグルグの駅に降り立った。 貴族のパーティで踊るために皇帝に呼ばれていたのです。夜明けの町で馬車に乗っていた彼女が見たものは、2日前の血の日曜日事件で亡くなった犠牲者の棺を運ぶ男たちの行列でした。

『ダンカンの手記』より

「踊る私は皇帝や貴族達に大喝采を受けました。何かに楯突くような ショパンの軍隊ポロネーズ。悲しみに満ちたプレリュード。あの夜明けの 殉教者に捧げた私の魂が、金持ちの貴族達である観客に感激を与えたのです。奇妙なことです。」


『血の日曜日事件』(1905年1月)は労働者による皇宮への請願行進であった。屈指の財力を誇るロマノフ王朝に相対して、日露戦争により国力は疲弊し、ロシア労働者の生活は貧困に喘いでいた。皇帝を崇拝していたロシアの国民は、労働者の法的保護と日露戦争の中止、それと憲法の制定、基本的人権の確立などの要求をした。自分たちの声が皇帝に届くならば、必ず状況は良くなると信じていたが、武器など持たない民衆に向けられたのは、無差別な発砲だった。これによりデモの参加者1000人以上が死亡した。これ以降、民衆の皇帝崇拝の幻想は打ち砕かれ、後にロシア第一革命と呼ばれる反政府運動が勃発。この時に始まったロシアの共産主義運動は、後のロシア革命の原動力に成長してゆく。


00a_20160227020347e23.jpg1909年トルストイ 82歳。
祖国の有様、世界の行方、妻との生活に失望し、ひたすら沈黙を守るようになったトルストイ。映像は亡くなる3週間前のもの。このあと彼は、妻を残し家を出て汽車で南に向かい、旅の途中、アスターポヴォという小さな駅(現在はトルストイ駅」)で倒れ、その駅舎のベッドで亡くなる。

トルストイが最後に書いた手紙は、ガンジーに宛てたものでした。

あなたの雑誌「インディアン・オピニオン」を受け取りました。そこに書かれている無抵抗主義の人々の事を知り喜んでいます。そこで、私の心に生まれた考えを貴方に聞いて頂きたくなりました。それは無抵抗と呼ばれている事は愛の法則に他ならないということです。愛は人間の生活の最高にして唯一の法則であり、この事は誰でも心の奥底で感じていることです。私達は子供の中にそれを一番明瞭に見出します。愛の法則は一度、抵抗という名の下での暴力が認められると無価値となり、そこには権力という法則だけが存在します。ですから私は、この世の果てと思われるトランスバールでの貴方の活動こそ現在、世界で行われているあらゆる活動の中の最も重要なものと信じます。-「ガンジーへの手紙」より



00a_20160227035847d2d.jpgロマノフ家とほぼ同じころに成立した中国の清王朝も、時同じくしてその歴史の幕を閉じようとしていた。時の皇帝は「愛新覚羅溥儀 あいしんかくらふぎ」です。(映画「ラストエンペラー」で有名です)19世紀のアヘン戦争からアロー戦争、日清戦争にも敗れ、中国国内でも清王朝打倒の声が高まっていった。1900年には義和団事件が起こり、それがかえって列強の進出に拍車をかけた。1909年、海外にいた革命家の孫文は祖国の再建と外国支配からの独立を掲げた政治運動をしていた。

-孫文の宣誓文『興中会章程』より-
中国の弱体化は今急に始まったことではない。為政者は姑息にして、民衆は無知蒙昧、遠く将来の事を考える者は少ない。今、列強は虎視眈々と我国を取り巻き、豊かな資源を狙っている。我が国が列強の為に分割にされる危機は目前に迫っている。国民を苦しみから救い、国家の滅亡を防ごう。


清朝末期、列強下の北京を見たアメリカ人ジャーナリストはこう伝えている。
「何も起こっていなかったのではありません。ニュースはあった。ただそれが我々のところに届いていなかったのです。北京では陰謀が渦巻き、自殺の強要、殺人が繰り広げられ、地方では権力をかさにした役人が金持ちを冤罪で告発し、財産をむしり取っていました。飢餓によってその地方の人口が一掃されたところもあったのです。毎日毎日、全世界の新聞の紙面を飾って多くの人々の関心を集めるはずのことが起こっていたのです。しかし、我々はそれを知ることはなかった。」-「カール・クロウ」の手記より-

1911年、孫文率いる革命軍は帰国。革命により清が打倒されて君主制が廃止された。(辛亥革命)翌年、孫文を臨時大総統とする、革命政府成立。アジアにおいて史上初の共和制国家である中華民国が成立。しかし、中国はこの後も第二、第三革命に突入し混乱が続く。


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1912年タイタニック号 処女航海 この後1503名の犠牲者を出した。   1910年 南極探検が出発する。 後援会長は大隈重信

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チャップリン。アメリカ大陸に、大勢のヨーロッパ人が移住しました。   アメリカは豊かな資源と移民の労働力に支えられて超大国となっていく。

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ロシアの皇帝一家はこの数年後に惨殺され、それを隠蔽される。   サラエボ事件当日のオーストリア・ハンガリー帝国皇太子夫妻。

甥であるフェルビナンド皇太子を殺害された、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝、フランツ・ヨーゼフ1世はこれを口実に、セルビアに宣戦布告。オーストリア・ハンガリー帝国はドイツに支援を求め、ドイツはそれに加担。一方、ロシアはセルビアの独立を支持しているため、ドイツとロシア間で戦争が始まる。戦いの火蓋が切られた。それぞれの同盟国や連合国も対立し、多くの国が次々と参戦、または巻き込まれていくのです。

[追記] ※ご紹介した画像はデジタルリマスター版のキャプチャーです。(ツタヤや他店でも、レンタルが開始されています。)
第一次世界大戦の各国の思惑やストーリーは、2015年10月から『新・映像の世紀』(月1回ずつ、6回シリーズ)で放送された第一集「100年の悲劇はここから始まった」で詳しく描かれています。、ロシア革命を成した恐怖政治の創始者といわれるレーニン、現在に至る、中東紛争のきっかけとなったアラブ人に対するイギリスの裏切りなど。歴史を知るという観点からは、この作品と合わせてみてもいいかもしれません。ちなみに現在は、最終章、第6集「21世紀の潮流・あなたのワンカットが世界を変える」が2016年3月20日 21:00-21:50にNHKで放送予定となっています。

NHKスペシャル デジタルリマスター版 映像の世紀 ブルーレイBOX [Blu-ray]


◆内部関連記事◆

オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝、フランツ・ヨーゼフ1世が(少しだけですが)登場する映画→太陽の雫


★外部関連記事★

僕のほっと一息、ひとり言/20年ぶりに復活!NHK-TV「映像の世紀」は平和への祈りですね、テーマ曲で涙が止まりません♪
「映像の世紀」で使用されている、悲しげで切ないテーマ曲があります。曲名は「パリは燃えているか」という、加古隆さんの作曲によるものです。この曲を聴くと、白黒フィルムによる壮絶な世界大戦、原爆投下、冷戦時代、ベトナム戦争の枯葉作戦など、悲しい人間の歴史がよみがえるかのように感じ、涙を隠すことができません。そして、「平和への祈り」の曲と感じます。

 

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2015-10-01(Thu)

永遠のマリア・カラス/ディーヴァへの想い

2002年 イタリア/フランス/イギリス/他
永遠のマリアカラス世界的に有名なオペラ歌手、マリア・カラス。これは彼女の生誕80周年を記念して作られたもので、伝記映画ではなく、生前、彼女と交流のあった監督フランコ・ゼフィレッリが、彼女の晩年の一時期を架空で描いた創作映画です。古い雰囲気を演出するためか、1980年代の頃の映画のような画質で、あえて映像の鮮明度を落としているような感じで作られてます。マリア・カラスは、20世紀最高のソプラノ歌手と言われていた女性ですが、声の絶頂期は僅か10年ほどであり、難役を歌い続け声を酷使したことに加え、ダイエットや1960年ぐらいから海運王「オナシス」と恋仲になり、何年も続いた不摂生な生活により、声量は失われていったといいます。次第にオペラの出演は減っていき、1974年の日本公演が最後の公式な舞台となったのですが、これが散々な出来で失意に陥り、隠遁して人々の前に姿を現さなくなります。 そして、この公演から僅か3年後の53歳で亡くなっています。 監督は彼女が隠遁していた、この僅かな期間の出来事として、彼女がプロデューサーに説得され、絶頂期の頃の彼女の歌声に、本人が口の動きを合わせて、オペラ映画「カルメン」を作り上げるという内容のものを制作したのです。その過程の中で、吹き替えを使うことへの心の葛藤や、妥協を許さない天才としての本能、周りと協調などしないヒステリックな性格など、彼女がどんな女性であったのかというのを再現しています。カラスを知っている人物だから、予測できうる展開でストーリーを作り上げたのでしょう。映画の中での歌劇「カルメン」は、これだけで、まるまる一本作ってほしいと思うほど魅力的でしたが、そこはメインではないでので、さほど長い時間を取っておらず、もっと観たいという名残惜しさが残りました。「恋に生きる女」としても名の上がる情熱的なカラスを演じたファニー・アルダンのエロババアぶり?(失言ww)も良かったです。スペインの妖艶な男優もでてきました。今でも世界中の人を魅了し続けるマリアカラス。もし彼女が生前中に、このようなオファーが実際あったとしても、本物ではないという偽りを許せなかったのではないでしょうか。上手く歌えなかった時の彼女の言動や行動は、まるで失敗作を砕く芸術家と同じだという印象を受けます。実際、声の調子が悪い時に、大勢の観客を残したまま、ステージを降りてしまったこともあった方でした。生声で歌い続けてきたカラスは、この作品中でも結局「カルメン」をお蔵入りにしてしまうのですが、現代となっては、もし現実に、こんな作品が制作できていて残っていたら素晴らしかったでしょうね。カラスの歌声とファニーの熱演で作られたこの「永遠のマリア・カラス」は、そんな夢が少しだけ実現したと思えるものでした。ちなみに、この3年後の2005年には『マリア・カラス 最後の恋』が制作されています。ケネディ大統領の奥様だったジャクリーンに愛しいオナシスを取られてしまって・・云々・・といった人生劇。若き頃からのカラスについて知りたいという方には、こちらの作品もおすすめです。

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永遠のマリア・カラス [DVD]

[監督]
フランコ・ゼフィレッリ
[出演]
マリア・カラス  ファニー・アルダン
ラリー・ケリー  ジェレミー・アイアンズ
サラ・ケリー   ジョーン・プローライト
ミッセル     ジェイ・ローダン
マルコ      ガブリエル・ガルコ



◆内部関連記事◆

こちらにも登場しているマリア・カラス→グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札

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イタリア映画紀行/永遠のマリア・カラス CALLAS FOREVER
オナシスと別れた後、パリで隠遁生活を送っていたカラスに何度か舞台への復帰を呼びかけたりしたのだが、たえず拒否されたことも事実。本作は、もしそのときカラスがYESといってくれたなら、という作品です。実際のところカラスの世間一般のイメージは全盛期の素晴らしいカラスや、映画に出てくるような誇り高いカラスというイメージよりも、恋にも破れ、歌姫としても盛りを過ぎて人間嫌いになって引きこもった孤独な女性というのが、世間の彼女に対するイメージだったのではないでしょうか。そう、この映画は、そんなカラスではなく、偉大なカラスを後世に伝えるためにゼッフィレッリが執念で作った映画なのではないでしょうか?


2015-03-19(Thu)

エル・シド/カスティーリャの英雄伝

1961年 イタリア/アメリカ
エルシドハリウッドの長編スペクタル映画。11世紀後半のスペインに実在した、伝説となった騎士、カスティーリャ王国の貴族エル・シドこと「ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール」の物語です。実在の人物とはいえ、本作は史劇というよりは英雄伝として脚色されたお話。時間の長さを感じさせず、ソフィア・ローレンが気品ある演技を見せてくれる逸品。古い映画をあまり観ないと言う方もなじみやすい作品です。

[あらすじ]
時の王はフェルナンド1世。王には長男サンチョ2世と長女ウラカ、次男アルフォンソ6世の3人の子がいた。当時スペインは、ムーア人が崇拝するイスラム教とキリスト教とが、互いに讃える唯一神の対立により分断していた。この争いにより国が弱体するのを狙い、北アフリカイスラム系のムーア人ムラービト朝のユーサフは、世界を支配する為、最初の足がかりにスペインへの侵略を計画していた。

主人公のロドリゴは、遠征地から花嫁となるシメンを迎えに領地に戻る途中、ムーア人に襲われていた村で敵の首長、サラサゴのモータミン王らを捕らえた。部下は処刑するべきと言うが、ロドリゴは捕虜を殺さず、領地へ連れて行く。出迎えた父へ捕虜を差し出すと、父はロドリゴに捕虜をどうするか任せるという。ロドリゴは「今後、領土内を侵略しないこと」と、捕虜に約束させて釈放した。恩義を感じたモータミン王は、ロドリゴに「エル・シド」の称号を贈り、忠誠と友情を誓い自らの領地へ戻っていった。しかし、捕虜を逃がしたロドリゴは、騎士オルドネス伯に、「反逆者だ」と通告される。そのことを知らずに城でロドリゴを待ち焦がれるシメン。彼女の父は、王の最高剣士の称号を持つゴルマス。 その父はシメンに、「もう一度、愛を学びなおせ」と、ロドリゴとの結婚に不承の意向を示した。

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予算的に涙ぐましい。アタラヤ城をバッグにお出迎えで節約♪  シメンを愛するオルドネス       最高剣士の父親とシメン

それでもシメンの気持ちは変わることなく、やがて城に着いたロドリゴと再会。シメンはムーア人を助けたロドリゴを「正しかったのだ」と、批判はしなかった。しかし、彼女の父ゴルマスのほうは、オルドネスにより反逆者として告訴されたロドリゴを非難。これに対し息子を庇ったロドリゴの父親はゴルマスから侮辱を受ける。後に、そのことを知ったロドリゴは、ゴルマスに謝罪を求めるが、彼は自身が正しいと断固拒否をする。口論の末、二人は剣を抜き、ロドリコは殺意なくゴルマスを殺してしまいます。息をひきとる父から復讐を頼まれたシメンは、ロドリゴを恨み復讐を誓う。

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ここはおそらく、現存建物内ではないかと思うのです。石造りの廻り階段に、支柱がありません。とてもいいアングルで撮られています。

そんな頃、城にアラゴンの王がやってきて、カラホラの領地をめぐり宣戦布告。すると、フェルナンド王は、ムーア人との戦いで、ただでさえ国内は不安定なのに、キリスト教徒どうしの内輪で戦争やっている場合じゃないと言う。結局、「では、最高剣士同士で戦わせて決着をつけよう」ということになった。ロドリゴは、反逆者の汚名を返上するべく志願し、苦戦しながらも勝利した。こうして彼は正式にカスティーリャ王国の最高戦士となる。そして、シメンの父親を殺した自分は、その「家族を庇護しなくてはならない」という当時の慣習に則り、王にシメンとの結婚を申し出て、王はこれを認めた。王の命であればとシメンは結婚に承諾するが、彼女がロドリコを憎む気持ちは変わりません。結婚式前に遠征に出かけたロドリゴに対し、シメンはオルドネスと共謀して、彼の暗殺を企てます。たまたまムーア人のモータミン王に救われ大事に至らなかったが、ロドリゴは、この策略がシメンの仕業と知るのです。城に戻ったロドリゴは、それを知りつつシメンと結婚式を挙げた。しかし、心を閉ざしたシメンは、ロドリコと一緒にいられるわけもなく、彼女はすぐに修道院に身を寄せた。

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ロドリゴはまだ、若い小僧扱い。           槍の穂先が吹っ飛んでいます。          見事な馬を使っています。

やがてフェルナンド王崩御、領土は夫々の子供達に3分割で相続された。すぐに領地を巡り、兄弟で争いが起こるだろうと、ユーサフは策略をめぐらす。サンチョ王はカステーリアを相続していたが、他の領土も独占するために、アルフォンソを捉え幽閉しようとした。ロドリゴは密かにアルフォンソを助け出し、かつてロドリゴの勝利で得たカラホラの領地を遺領されていた、ウラカの元に彼を送り届けた。ウラカはアルフォンソを匿ったが、サンチョ王がしつこく、危険を感じた二人はロドリゴを呼びだした。彼はサンチョ王の元に仕えていたが、「アルフォンソが兄に捕まると殺されてしまう」というウラカに対し「兄弟のことには口出しは出来ぬ」と二人を突き放す。困り果てたウラカの前に、一人の家来がサンチョ王を止めると名乗り出た。「報酬さえいただければ」と。彼女は、この男がユーサフと繋がっている刺客である事など知りません。こうしてサンチョ王は暗殺される。

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ユサフは軍を上陸させる準備でバレンシアへ。 バレンシア王はロドリゴが助けたもう一人の王です。 弟がこんなんだから・・・

兄が亡くなり即位したアルフォンソ6世。ロドリゴは兄殺しはアルフォンソの仕業ではないかと疑っていた。即位式の日、彼はアルフォンソ王に、兄殺しの疑いがある。無実であることを、神に誓うべきと大勢の家来の前で強要した。この行為に、自尊心を傷つけられたアルフォンソ王は、ロドリゴを追放。すると、ロドリゴが去ってしまった事で、シメンは自分の本心を知る。彼女はロドリゴの後を追い真の夫婦となります。

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無実なんだよ。                    無実だってば                    しつこすぎるロドリゴ

穏やで楽しい一時を過ごした二人は、隠れ家を探して平穏な生活を始めようとしていた。しかし、すぐにロドリゴを慕う男達が集結。母国のために戦う覚悟ができていると訴えます。普通の暮らしができると心躍らしたシメンは悲しんだが、集結した彼らに答えるべくロドリゴは再び立ち上がります。最高剣士の娘であったシメンは知っています。揺ぎ無い戦士の血を。彼女は、再び修道院に身を寄せ、ロドリゴの旅立ちを見送ったのです。

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3分間のいちゃいちゃにご辛抱を。 

数年後。既にユサフはスペインに上陸していた。ムーア人のバレンシアの王を味方に付けて、海辺のバレンシアの要塞都市を拠点にしていたのだ。そんなある日、ロドリゴはアルフォンソ王に再び呼び出される。ロドリゴには、彼を慕う兵士だけではなく、ムーア人のモータミン王らとも、さらに深い友情を築きあげていた。彼らと一緒に王に謁見。王の用件はユサフとサクラハスで戦うので応戦しろと言う。しかし今は、先にバレンシアを攻めるべきとロドリゴは訴え、スペイン国内のムーア人の王らとの同盟を求めたが、王は理解しない。さらに、ムーア人の王達に「自分にひざまずかぬ」と腹を立てる始末。ロドリゴとムーア人の王たちは、全員がアルフォンソ王に背を向け城を立ち去った。

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悪夢で眠れないと叫びながら姉の寝室に飛び込むアルフォンソ。寝かしてあげて、なんか可愛いけど。 同盟を結ばぬというアルフォンソ

ロドリゴはバレンシア城の攻略を開始する。一方、アルフォンソ王はサクラハスでの戦いで失敗する。王は負傷し、シメンのいる修道院に逃げ込んだ。彼は「ロドリゴがいれば勝てたのだ!」と思い通りにならないジレンマをあらわにする。そしてシメンと2人の子供達を城の牢に幽閉してしまう。そうすれば、ロドリゴが戻ってくるだろうと考えたのだった。バレンシアでの対戦準備をしている大事なときに、妻子を牢獄に幽閉された事を知ったロドリコは、家族の身を案じ悩んだ挙句、シメンと子供達を開放しないなら城を攻めると王に通告する。それを知ったシメンはロドリコがバレンシアを離れてはいけないと、オルドネスに頼み脱獄。シメンを、いまだ想うオルドネスは彼女のロドリゴへの愛の深さを知り、一緒に脱走して彼女をロドリゴの元へ送り届けた。そして自らもロドリゴの軍に加わる。ロドリゴはかつて自分を反逆者呼ばわりしたオルドネスを「100人力」だと歓迎した。

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敵陣に投げ入れたのは「パン」腹が減っては戦は出来ぬ。バレンシアの市民はパンを口にくわえたままユーサフの兵と戦いだす。ちょっと面白い。

こうして、ロドリゴたちはバレンシアを落城させた。敵は城外へ。モータミン王はじめ部下達は、ロドリゴにバレンシアの王になるよう望んだが、彼は「バレンシア奪回はアルフォンソ王の名によるもの」(・・ということにしちゃう、優しいロドリゴ)と告げ、バレンシアの王冠を部下に届けさせた。王冠を手にした王は、「彼の妻子を牢獄へ送ったのを知っておろう、にもかかわらず」と、複雑な表情。何か条件があるのではないかと勘ぐったが、「何もないと」言う。しかし、使者の兵士が自分の望みとして援軍を要請したい。と告げると、状況を理解していない王とウラカはそれを拒否した。実はバレンシアを奪ったが、この時点でまだ戦いは終わってはおらず、海岸では城を追い出されたユーサフの軍が再びバレンシアを取り戻そうと戦陣を構えていたのだ。使者が立ち去ると、アルフォンソ王は、忠誠を尽くすロドリゴに相対して、自身の不甲斐なさを隠しきれなかった。

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「良かったじゃない!これでバレンシアの王にもなれたわ!」というウラカに対し、アルフォンソは「王とはいえぬ!」と言って城を飛び出す。

戦いは続いていた。指揮の途中で、ロドリゴは胸に矢を受けてしまう。彼の傷は深く、矢を抜けば望みはあるが、矢を抜かねば数日の命だという。それでも最後の戦闘の指揮をとらねばならぬと、ロドリゴは矢を抜くことを拒否。「明日までは死なん」とシメンに言い聞かせた。その夜、アルフォンソ王が軍を引き連れてバレンシアへやってきた。王は「自分を許せ」と、ロドリゴにひざまずいた。二人は和解し明朝、共に出陣することを約束した。そしてロドリゴはシメンに自分の望みを伝える。

しかし、ロドリゴの命は朝まで持たなかった。それでも彼は彼の意思どおり、戦いの先陣に立つのです。軍は士気高まり、右手後方にアルフォンソ王、左手後方にムーアのモータミン王と共に。白馬にまたがり、負傷したはずの「エル・シド」が、旗を高く掲げ、走り抜ける様を目の当たりにした敵は怯え、我先にと後退する。総崩れとなったユーサフの軍はスペインの国土から逃げ出したのです。



[あとがき]
スペインの国土を宗教の異なりを越えて纏め上げていく主人公。敵であっても、考え方が食い違っても、様々な出来事を切欠に信頼関係が生まれ、同士となっていくという流れが良いです。(RPGが作れそう)王家内情のドラマ構成も面白い。製作が半世紀も前のものなので、特殊効果使いなど全く無かった時代。大勢のエキストラに建物、背景やセットも実在のもの。舞台劇方式なので、登場人物達の心情は全てセリフで表現されているので理解しやすい。古き良き時代のハリウッドを感じさせます。3時間越えの大作ですが、製作費を掛けず、現存する古城を使ったり、様々に創意工夫されて製作されたという。同じ頃の歴史映画と比較してみると、制作費が巨額で有名な1963年の「クレオパトラ」が4400万ドル、1959年の「ベン・ハー」が1500万ドル。1960年の「スパルタカス」でさえ1200万ドル。この「エル・シド」は620万ドルというから、かなり安いのですが、これほどまでに作り上げたことが凄い。最初は鑑賞しながら、このバッググラウンドは現存かセットなのかと気になるシーンも多かったが、セットだと思っていたところが、立体的で、通り抜けできたり、意外な角度で撮られていたり、現存しているのだとしか思えないものばかり。どこの古城なのだろうと興味がわき、いい意味で予想を裏切られました。スペインは古城が多い国なので、もしかしたら、セットなどほとんど使っていないのかもしれません。だから、これだけのものを製作できたのかも。予算が少ないとはいえ、衣装は相応のものを使っており、バレンシアでの戦闘シーンでは、落馬も、体がぶつかり合う様子も、全て実物だから迫力があります。出てくる人数も、画面いっぱい。これが「スパルタカス」の半分だというのだから、天晴れ!鑑賞後に満足感の得られた作品でした。(主演の「チャールトン・ヘストン」さん、「ベン・ハー」の主役でもあったんですね。)

ペニスコラ
※バレンシアの舞台となった「ペニスコラ城」。
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映画中で、ウラーカが遺領されたとなっているカラホラはベルモンテ城  「アタラヤ城」今は周りに建物が密集。城と言うよりもう遺跡ですね。
女王フアナ」もここベルモンテ城で撮影されたようです。
エル・シド [DVD]


[監督]
アンソニー・マン(1967年満60歳没)
[出演]
ロドリゴ(エル・シド)チャールトン・ヘストン (2008年満84歳没)
シメンソフィア・ローレン
オルドニェス伯爵ラフ・ヴァローネ(2002年満86歳没)
ウラカ王女ジュヌヴィエーヴ・パージェ(Geneviève Page)
アルフォンソ6世(第2王子)ジョン・フレイザー(John Fraser)
サンチョ2世(第1王子)ゲイリー・レイモンド(Gary Raymond)
アル・モータミンダグラス・ウィルマー(Douglas Wilmer)
ベン・ユサフ ハーバート・ロム(2012年満95歳没)
ドン・ディエゴ(ロドリゴの父) マイケル・ホーダーン(1995年満83歳没)





[物語の背景]
エル・シッド(ロゴリーゴ)とは、11世紀後半のレコンキスタで活躍したカスティーリャ王国の貴族。叙事詩『わがシッドの歌』で知られる。映画では、この叙事詩の第1詩と第2詩を、脚色をいれて再現している。映画は1080年から始まるが、史実では、フェルナンド一世は1065年に既に没しており、この作品では存命中として描かれている。王には5人の子がいて、映画には登場しないが、他に三男のガルシア2世とエルビラという王女がいた。「シド」という呼び名は、その武勇を讃えたイスラーム教徒が彼を「勇気ある者の意味のシッドと呼んだので、スペイン人は彼をエル=シドと言うようになった。また、レコンキスタとは、キリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称で期間は718年から1492年イスラムのナスル朝滅亡までのことを指す。

[ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール]
02_20150402024945147.jpgロゴリーゴは、1043年頃イベリア半島のビバールという小さな町で、下級貴族の家に生まれる。父親も幾つかの戦いに参加した軍人である事が知られている。彼は15歳で父を亡くしてから、カスティーリャの王家に引き取られて、フェルデナント1世の長男サンチョ2世付きのペイジ(小姓)として成長した。1065年フェルデナント1世が亡くなると、その領地は息子達に分割相続された。カスティーリャ王に即位したサンチョ2世は、全ての領地を受け継ぐべく戦争を起こし、ロドリーゴもサンチョ2世の下で活躍する。そして弟達を打ち破り領土の再統一を果したが、1072年、サンチョ2世は暗殺されてしまう。暗殺については、弟のアルフォンソ6世とその姉ウラカが首謀者ではないかと推測されているが定かではない。(映画では、ウラカが敵が仕掛けた刺客と知らずに家来をサンチョ2世のところに向かわせている。)ロゴリーゴは、暗殺がアルフォンソ6世の仕業だと思い込み、その確執からカスティリアを追放されたのではないかと伝えられているが、はっきりとした理由は明確にはなっていません。当時のスペインは、イスラム教徒に多くの領土を奪われ、イスラム教国家が建国されていた。しかし、それも分裂し小国家に細分化していた。追い立てられていたキリスト教徒は、奪われた土地を取り返すために、イスラム教徒たちと戦っていたが、イスラム教徒同士でも領地を巡り激しい争いを繰り広げていた。つまり、宗教などあまり関係なく、キリスト教徒とイスラム教徒が入り乱れて戦っていたのです。そんな中、追放になったロゴリーゴには、大勢の兵が集ってきた。彼は、複数のイスラム王と結託し、その敵であれば、宗教関係なく戦った。イスラム王に付いて、キリスト教アラゴン王国への侵攻の指揮などをも行っている。その戦いぶりは、残虐非道であったと伝えられている。けれど、かなりの統率力と人気があったことが伺えます。そんな人物、王としては面白くないかもしれません。アルフォンソ王に許され、追放が解かれて、彼はカスティリアに戻るのですが、再び追放されることになります。(追放は生涯で2回とも3回とも伝えられている。)1094年、バレンシアを占領すると、その後はそこの城主となり、アルフォンス王とも和解。幽閉されていた妻子を呼び寄せた。その後は王侯貴族のように暮らし、5年後の1099年に亡くなっている。シッドの妻ヒメーナはその後を継いで統治を行うが、僅か7年後の1102 年、ムラービト朝の攻撃に耐え切れず、バレンシアは、再び占領されてしまいます。その後、バレンシアが再びキリスト教徒の手に戻ったのは、130年以上も先の時代になるのです。

シドの叙事詩のひとつによれば、死期を悟った彼は、自ら食を絶ち、死体を保存できるように準備をして、死後、生きた当時の姿のミイラのまま台座に座っていたという。その姿のまま愛馬に固定され巡行したそうです。しかし数十年後、ついに彼の鼻がもげてしまったことをきっかけに埋葬されたという。自身を英雄として、後世にその威厳をアピールしようとしていたシドもまさか「鼻がもげる」なんてかっこ悪い展開など、想像もしていなかった事でしょう。でも、これが現代まで残される伝説になった事も間違いない事実。逆に考えると、700年以上という何世代にも及ぶレコンキスタの戦いの中で、ミイラになどならず、歴史の流れと共に、人々の記憶から消えた英雄達が沢山いたのかもしれません。
ロドリーゴは現在、妻のヒメーナと一緒にブルゴス大聖堂に埋葬されています。




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こちらにはおかしなムーア人が?→ロビン・フッド(1991年)/ムーア人の恩返し


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Zorac歴史サイト - エル・シド(1) - レコンキスタの伝説の騎士
伝説上の人物と言う点ではアーサー王のようなもので、その愛刀ティゾーナやコラーダにはエクスカリバー並の伝説がある。実在の人物と言う点では、年代的には八幡太郎義家と同年代であるが、鬼退治の源頼光や鵺退治の源三位頼政、あるいは源義経*2に近いかもしれない。新王アルフォンソ6世は暗殺を指示したと思われる姉ウラッカを罰せず顧問として迎えた為、カスティラ貴族はアルフォンソも暗殺の共謀者だと疑い、また、以前はレオン王として敵対関係にあった為、レオンの臣下が幅を利かすことを恐れて反発した。エルシドはその代表として、アルフォンソ6世に「暗殺には関わっていない」と聖書に誓わせた為、それを侮辱として恨まれたとされる。



ペニスコラ城/ベルモンテ城
2015-01-21(Wed)

M:i:III ミッション:インポッシブル3/仕事片付けたらハネムーンに行こう

2006年 アメリカ
MiⅢおなじみトムクルーズ主演の「Miシリーズ」といえば、あの「ピタッと地面擦れ擦れポーズ」を思い出す人が多いでしょう。このⅢではちょっと変わった風貌でやってますね。前作までとは異なり、かっこよさを少し削った主人公のイーサン編。ダレてる暇も、眠くなる暇もない、エキサイティング ハイテンポ アクションムービー。この回は「結婚」のテーマを、ほど良い加減で入れているので、アクション物に飽きてしまう人も受け入れやすいと思います。私は、公開当時に映画館で観たのですが、数年後、ここに登場する、ある俳優のファンになってからはDVDを入手。とはいえ作品自体はトムクルーズの一人舞台なのだけど、まぁ、まぁ、これだけ面白いなら独り舞台だって「いいじゃない」と許せちゃう映画です。

[あらすじ]
諜報機関のスパイだったイーサンは第一線から退き、今はIMFの教官。彼は婚約をしたジュリアと暮らしている。ある日、教え子だったリンジーが諜報活動中に捉えられた為、新しい仲間と共に救出へ。脱出には成功したがリンジーは脳に仕掛けられた爆弾で死んでしまう。その上、潜入先から持ち帰ったPCは破損し役にも立たなかった。彼は上司のブラッセルに今回の計画は失敗だったと告げられる。一方ジュリアはイーサンの職業を知りません。ジュリアは「秘密は言えないけれど信じて」というイーサンを信じ結婚。リンジーの葬儀の日、イーサンは彼女が生前に送った絵葉書を受け取った。その葉書の切手に隠されたマイクロチップには内部の上層部の者が闇の商人ディヴィアンと通じているというメッセージが残されていた。イーサンは破損したPCのHDを解析させ、一部の情報の復元に成功。ディヴィアンが2日後に取引でバチカンに行く事を突き止めた。取引の「ブツ」は世界を滅ぼすサイエンステクノロジー「ラビットフット」だという。イーサンは上司には伝えず、仲間とディヴィアンを捉える計画を立てる。

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バチカンの警備ってどうよ?と聞いている          おなじみの相棒ルーサー       凄腕操縦するカッコイイ役頂きました
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宅配員スタイルは二人とも二度とないだろう多分。   進入~DHLの提供でお送りしました~   3秒で神父に変身!コッチのほうが似合うよ
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チャラ男に変身~普通に進入(普通に入れるジャン!)    地下から進入・・・・地味ッ!      警備員に変身~まるで着せ替え遊び
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ランボルギーニでどっ派手に進入       「後ろ向くなよ」それにしてもデカイ          捕獲、捕獲、捕獲、モーターボートで脱出

ディヴィアンを捉えたイーサンは、取引相手を吐かせようとしたが簡単にはいきません。教え子を殺されたこともあり、しかも挑発され、彼は超腹立つわけですね~。「コノヤロー!ぶっ殺す!」「いやいや、イーサン、やりすぎだって!」と仲間ヒヤヒヤ・・・。飛行機を降りて陸で移送中、リンジーのマイクロドットから新しい情報が。リンジーは局長がディヴィアンに電話しているのを知ったというもの。まさか局長が黒幕? なんて困惑していたら、戦闘機出現~ミサイルで橋をぶっ壊して、一般人に乱射~ォィォィ。・・こうしてディヴィアンが派手に連れ去れてしまう。・・・。

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ディヴィアンに逃げられたイーサンは「ジュリアが心配ー!」と誰かのベンツで現場から飛び出す。(お廻りさーん!オープンカー窃盗してますー)

心配的中。あっという間にジュリアを拉致されてしまう。ジュリアと引き換えの条件は、ディヴィアンから奪っていた書類ケースの中にラビットフットの情報があるので48時間以内に現物を奪ってこいと言う。モタモタしている時間はないのにIMFから同行命令が。捕まってしまい。局長が・・

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イーサンの頭の中「やっぱり黒幕はコイツなのか?」

局長が部屋を出ると隣にいたマスグレイプからディヴィアンと局長の電話の件を傍聴し事情がわかっていると上海のアパートの住所と部屋番号、そして逃亡するためのキーを密かに手渡された。「マスグレイプ君!ここでの味方は君だけさ!」 してIMFの建物から脱出し、いざ上海へ。マスグレイプから連絡があったと仲間と合流。「なんて気の利く奴なんだ♪マスグレイプ君!」

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「ブツ」は上海の某ビルの中。厳戒態勢で守られている。「空から行くさ!」ということで、イーサンの空中飛行です~。

イーサンは入手したラビットフットを持ち、約束の場所へ。迎えの車は白のリムジンです。(目立ちすぎー)ジュリアを人質に取られてるから、相手の指図に従わなくてはならず、薬を飲んで意識を失い脳に爆破装置を埋め込まれてしまう。ラビットフットを渡したのに本物ではないと責められるし、挙句の果てには目の前でジュリアを殺されてしまう。嘆き悲しむイーサンの前に、味方だと思っていたマスグレイプ君が登場。

「ねぇ、ねぇ、リンジーって俺の裏切り知っていた?どうなのさ?、オレ局長って気に入らないんだよねー」

(「ブツ」渡したところで大掃除しちゃえばオレ様、株上がる♪ ついでに局長とデイヴィアン繋がってることにして、追い出しちゃるんだもんね~)
・・ということらしい。・・なんて、ちっちゃいんだー!局長ではなくマスグレイブがデイヴィアンと通じていた裏切り者でした。そして、殺されたジュリアは変装させられたヴァチカンにいた通訳の女性だった。ジュリアが生きていると知ったイーサンはマスグレイブを気絶させ監禁場所へ走る。彼女を見つけるも再びディヴィアン登場。この男はずっと飛行機で吊り下げられたことを根に持っているのか、イーサンをタダでは死なせません。頭の爆弾を起動させ、苦しむイーサンを殴りはじめます。もみ合っているうちに外に出たと思ったらディヴィアンは自動車にひかれてあっけなくお陀仏。

さぁ、次は脳に仕掛けられた爆弾を不発処理しなくてはなりません。イーサンってば、ジュリアに銃の使い方を説明すると「俺、一回死んで、生き返えるからヨロシクね!」って、「そんな役回り勘弁ですぅ」なんて言ってる暇なくビリビリ電気で死亡。そして、すぐに敵が来ちゃいます。

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戦うジュリア(イーサン死亡中)           戦うジュリア(イーサン死亡中/敵死亡)    戦うジュリア(イーサン死亡中/マスグレイプ死亡)

いやージュリア、物に映る敵を捉えるなんてあんたプロだよ。そして心停止したイーサンを蘇生させます。戦闘モード100%のイーサン復活~
アレレ、敵がいないよ??・・ってなことで以上、イーサンの結婚ボケ編でした。

[あとがき]
シリーズ3作の中ではこれが一番好きです。実は突っ込みどころ満載なのですが、アクションとストーリのテンポが良い。黒幕が小物ってのも重くなくて良い。細かいこと言いません。娯楽映画はこうでなくっちゃね!次のお話「ゴースト・プロトコル」は実はまだ未見なので、次回公開予定の「ミッション:インポッシブル5」の前までには見ておきたいです。(最終章「ミッション:インポッシブル5」は2015年12月25日に全米で公開予定)

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(左から)ケリー/トム/フィッシュバーン/子供?/ジョナサン/マギー/ミシェル/ヴィング
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                              トムが大人に見えるよ。ジョナ無邪気!
M:I トリロジーBOX [HD DVD]

[監督]
J・J・エイブラムス
[出演]
イーサン・ハントトム・クルーズ
ルーサー・スティッケル ヴィング・レイムス
デクランジョナサン・リースマイヤーズ
ゼーンマギー・Q
ブラッセル局長ローレンス・フィッシュバーン
ディヴィアン フィリップ・シーモア・ホフマン
マスグレイブビリー・クラダップ
リンジーケリー・ラッセル
ジュリア・ハントミシェル・モナハン
ベンジーサイモン・ペグ
リックアーロン・ポール
ケビングレッグ・グランバーグ
トム・クルーズ/ヴィング・レイムス/ジョナサン・リースマイヤーズ/ローレンス・フィッシュバーン/フィリップ・シーモア・ホフマン/ビリー・クラダップ/ケリー・ラッセル/ミシェル・モナハン/サイモン・ペグ/アーロン・ポール/グレッグ・グランバーグ


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コチラも・・一回死んで自力で生き返るトム・クルーズ?→遥かなる大地へ


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Husky's Cafe blog/3作目もすごかった!M:i:III(ミッション・インポッシブル3)
序盤から息をもつかせぬ、いわゆるジェットコースタームービー。英語なら"Roller Coaster Movie"!ど派手なアクションは、映画館のスクリーンで見ると、そりゃ大迫力!今回は、イーサンいきなり大ピンチ!って場面から始まります。そこから、過去へフラッシュ・バック。『マトリックス』のモーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)がIMFの局長役で登場したのには、笑ってしまった~




2014-09-13(Sat)

8Mile/白人ラッパーが目指した8マイルは世界のスターダムに変化した

2002年 アメリカ
8mile.jpg白人ラッパーエミネムの半自伝的映画。2004年当時、彼の曲をはじめて聴いたのは街中で。「ルーズ・ユアセルフ」です。一度聞いただけでこの曲が好きになった。ラップの概念が180度覆された曲でした。曲名を聞いて音楽をダウンロードし「エミネムというアーティストが歌っている」という情報以外は調べずに曲をしばらく楽しんでいたのですが、この「8Mile」の主題歌で、本人が主役を演じていることを知ったのは、それから何年もしてから。ジャケットだけを見て、気まぐれで借りたこのDVD。再生して驚いたのはいうまでもありません。エミネムの顔はおろか彼の恵まれなかった環境さえ知らなかったので、興味深く観ることができました。半自伝なので、どこまで事実かというのは明確ではありませんが、対立グループや女性関係などの部分が脚色されている程度ではないでしょうか。成功への一歩や家族環境については事実を曲げられていることはないでしょうから。スクリーンに映る彼の眼光が良かったです。現状を乗り越えようとする挑戦的なイメージが表れていました。終盤のラップバトルシーンでは、1度目より2度目、2度目より3度目とテンポもリズムも覇気も上がっていくのがわかります。そして最後は「ルーズ・ユアセルフ」。この曲が好きな人にはたまらないエンディングです。

[あらすじ]
題名の「8マイル」とは境界線のこと。ミシガン州デトロイトには都市と郊外を隔てた道路があり、これを境界とし富裕層と貧困層、白人と黒人とを分けている。主人公はジミー。愛称はラビット、父はなく貧困の家庭で育ち自動車のプレス工場で働きながらプロのラッパーになるためにお金を貯めている底辺層の青年。彼の夢はその「8マイル」の向こう側だ。

母親は彼の幼い妹リリーとトレーラハウス住まい。そこに一緒にいる彼氏はジミーの高校時代の先輩のグレッグ。彼は事故にあい保険金が出るのを待っている。仕事に行かないジミーの母親もそれを当てにしている。そんな頃、同棲していた彼女と別れたジミーはアパートを追い出され母親のところへ戻ると家賃滞納で今にも追い出されそう。息子のような年齢の男に依存し、幼い娘がいるのに駄目な母親っぷり。

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悪い女ではないのだが・・。

あるとき出合った女性アレックス、ウエイトレスの彼女の夢も「8マイル」の向こう側。「彼女は利用できるものは利用する」と。
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ジミーには彼の実力を認めている友人達がいた。彼らの後押しはあったが、「ラップは黒人音楽」という考えが主流であり、ジミーは自分が白人であることや、家族の問題にも悩み、ラッパーとして食べていく事が叶わぬ夢のようにも思えた。

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チャンスを掴んだアレックスは、明日ニューヨークに出発すると別れを言いにきた。そして「今夜のシェルターに出てほしい」と言う。彼女はジミーを傷つけるつもりなどなかった。ただ単に自分の夢をかなえるのが最優先だっただけだ。今はただジミーの成功を願う一人として、アレックスは工場へ足を運んだのでした。大会には出場しないつもりだったジミーは、工場の仕事を2時間だけ友人に頼み会場へ向かう。

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勝負は「こう出たか!」かっこ悪い自分をさらけ出し、そのあとは予想外にも・・しかもこの盛り上がり!そりゃ、ぐうの音も出なくなるわ~。

ルーズ・ユアセルフ                                Not Afraid/Rap God ets・・楽曲性高くパターンも様々

夢を見なければ、何も始まらない。勝負のあと、職場の工場に戻るエミネムの後姿がカッコイイ。

8Mile [DVD]

[監督]
カーティス・ハンソン
[出演]
ジミー・スミスJrエミネム
アレックスブリタニー・マーフィ(2009年12月20日/満32歳没)
ステファニー・スミスキム・ベイシンガー
リリー・スミスクロエ・グリーンフィールド
デヴィッド・・ポーター メキ・ファイファー
チェダー・ボブエバン・ジョーンズ
ソー・ジョージオマー・ベンソン・ミラー
ウィンクユージン・バード
パパ・ドクアンソニー・マッキー
ジャニーンタリン・マニング
グレッグマイケル・シャノン



エミネム(本名:マーシャル・ブルース・マザーズ3世)
アメリカのヒップホップMC、プロデューサー。1972年10月17日ミズーリ州セントジョセフ生まれ。 身長173cm。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第83位。

[家庭環境と私生活]
幼い頃から極貧の環境に育ち、12歳の時までカンザスシティとデトロイトを母親と共に2、3ヶ月ごとに転々と過ごす。友達もできず、仲間外れにされ、いじめられ、自殺未遂も経験する。悪環境の中、自然とアフリカ系アメリカ人層やヒップホップに親しむようになる。14歳ごろから本格的にMCとして活動しはじめ、黒人優位のヒップホップ界において、白人ながらいくつものMCバトル・コンテストに挑戦する。中学校時代には三回留年している。1995年、23歳の時、学生時代からの付き合いであったキンバリー・スコットとの間に、娘のヘイリー・ジェイドが生まれ、1999年に結婚したが2001年に離婚。しかし2004年から再び交際が始まり翌年に復縁。2006年に再び結婚するが3ヶ月程で再び離婚している。現在、実の娘のヘイリーの親権は共同親権となっている。子供に対しては、子煩悩な父親としても有名で、家では特に言葉遣いを厳しく躾けているという。また、エミネムの右腕には、ヘイリーのポートレートが彫られている。

[母親との確執]
1999年、エミネムの母親デビーが、エミネムのLPに含まれる歌詞中の彼女に関する中傷で約1000万ドルで彼を訴え、約1,600USドルを勝ち取っている。2014年母の日、エミネムはこれまでずっと憎んできた母への謝罪として「Headlights」のPVを公開。悲惨な幼少時代を過ごした彼にとって、母は憎しみの対象だった。しかしエミネムは母を許し、その証明として今後は彼女を罵倒した曲である「Cleanin' Out My Closet」をライブ上で演奏しないということを「Headlights」の歌詞に記している。そのきっかけとなったのは、母親の心臓の病にあるのではないかと推察されている。病床の彼女が果たしたいと思った望みは、エミネムと和解し彼の娘に会うということだったという。

[父親への怒り]
2歳のときに家を出て行った実の父親に対しては、次のように厳しい見方をしている。「彼のことは知らない。会ったこともない。会いたいか、訊かれるけど、そうは思わない。なんで、自分たちをおいて出て行ったのか、理解できない。もし俺の子供たちが地球の裏側に移り住んだとしても、俺は彼女たちを見つけ出す。それは確かだ。金がないとか関係ない。俺が何も持ってないとしても、子供は見つける。だから、弁解の余地はない。」

[数々のヒット]
1996年に自主制作アルバム『インフィニット』をリリース、しかしこの作品はあまり注目されずに終わる。1997年、自主制作テープ「ザ・スリム・シェイディ EP」が2万枚の売り上げを記録。ロスで行われたラップ・オリンピックに参加し準優勝した。注目されつつあったエミネムは、翌日、西海岸のヒップホップ・ラジオ・ショー「フライディ・ナイト・フレイヴァス」に出演しフリースタイルMCを披露。ヒップホップ界の大物であり名プロデューサーのドクター・ドレーに見出され「アフターマス・エンターテインメント」と契約。1999年にデビューアルバム『ザ・スリム・シェイディ LP』をリリースした。これがいきなり全世界で600万枚を超えるセールスを記録した。そして「グラミー賞最優秀ラップアルバム部門」受賞する。2000年には2作目の『ザ・マーシャル・マザーズ LP』を発売。1週間で179万枚を売り上げ、世界最速最多売上記録としてギネスブックに認定され、更に「グラミー賞最優秀アルバム部門」を受賞。2002年、3作目のアルバム『ザ・エミネム・ショウ』の発売と相前後して半自伝的映画「8 Mile」に主演。
主題歌『ルーズ・ユアセルフ』は2003年度アカデミー歌曲賞を受賞した。

2005年8月、体調不良から公演をキャンセル。原因は睡眠薬の過度服用及び依存症によるものであった。
治療のため精神病院に強制入院させられ、閉鎖病棟に隔離されていた時期もあった。

2009年、エミネムは復活。『リラプス』、2010年『リカバリー』を発表。リカバリーはアメリカで341万5,000枚のセールスを売り上げた。
2013年11月、アルバム 『ザ・マーシャル・マザーズ・LP2』を発売。発売から2か月でアメリカで170万枚、世界で290万枚以上を売り上げ、2013年のアメリカのアルバムセールス2位を記録する。エミネムのYouTube上での公式Vevoページのミュージック・ビデオの合計視聴回数が、20億を突破。2014年6月10日、RIAAはエミネムのシングル「ノット・アフレイド」を1000万枚売り上げたダイアモンド・アワードとして認定。彼はすでにリアーナとのフューチャリング曲「ラヴ・ザ・ウェイ・ユー・ライ」でも同賞を獲得しており、デジタル・ダイアモンド・アワードを二つ勝ち取った史上初のアーティストとなった。

Not afraid 日本語歌詞
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ファンに向けてのメッセージや父親として、これからの自身のことなどを歌っています。(いい親父になるんだーって言ってます)ガンバ♪

Marshall Mathers Lp3 (2015)


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伝説のソロ・アーティスト/キング・オブ・ロックン・ロール「プレスリー」の映画はコチラ→ELVIS(2005)


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・洋楽の和訳とかワンポイント英会話とか。/のんびり和訳しています。/Eminem - When I'm Gone 歌詞和訳
[Intro]Yeah..あぁ..It's my life..これが俺の人生..In my own words I guess..多分、自分の言葉で伝えるとしたらな

・ミシガン New Life ~Great Lakes ダラリン日記/メトロデトロイトと8Mile
デトロイトシティの北には南西に伸びる5MILE Roadという道があり、そこから北に順に6MILE Road, 7MILE, 8MILE.そして郊外の26MILE Roadまで数字を使った道路が水平に並び、そのエリア一帯がメトロデトロイトと呼ばれています。デトロイトのダウンタウンから車を走らせ、8MILE Road付近までの景色は、私から見ても荒廃とした雰囲気が見てとれますが、8MILE Rdを越えると雰囲気が一気に変わります。「エミネム」出演の「8Mile」という映画がありますが、8MILE Rdの南側出身の彼にとって、この8MILE Rdは特別な存在だったようです。というのも8MILE Rdの南側(デトロイト)の住人は大半が裕福ではない黒人、北側(ウォレン)は大半が白人で占められている街。白人でありながら8MILE Rdの南側で育った彼にとって、8MILE Rdの北側に行くというハングリー精神は私達にははかり知れないものだと思います。

2013-12-01(Sun)

エビータ  マドンナ/愛人からファーストレディ、そして伝説となった女性

1996年 アメリカ
エビータ1940年代のアルゼンチン。貧しい生まれで、かつ私生児でもありながら、第二次大戦下の中でファーストレディーまで上り詰めた女性、エバ・ペロンの生涯を描いたミュージカル映画。彼女は、幾人かの男性との愛人関係を経て、大統領になる男の愛人となり、そして結婚。 夫が大統領になると政治にも介入し、貧困層の人々の保護に努め、絶大な支持を得た。 33才という若さで子宮がんにより死去するが、没後60年を経た現在も尚、国民に親しまれている。作品ではアントニオ・バンデラスが、有名なアルゼンチンの革命家の「チェ」と称し様々な職業の人物に扮して、その時代と彼女を取り巻く状況の語り手として観る者に伝えている。エバを演じるのはマドンナ。題名となっている「エビータ(Evita)」とは親しみを込めて呼ばれている彼女の通称である。

アルゼンチンの貧しい村で父親のいない15歳の彼女は、最初にミュージシャンの愛人になり都会ブエノスアイレスに出たいと彼に無理矢理付いていく。しかし、そのミュージシャンには妻子がいて行き場をなくす。生きていくために彼女はその後、様々な男達と関係を持つ。グラビアモデルから女優となりラジオドラマの声優の仕事も得て活躍するようになる。女優の演技力はゼロ、だがコネは100%、男達を石段の踏み石のようにして上流階級へ登っていく。

ある日のパーティーで、副大統領兼国防大臣兼労働局長のペロン大佐と出会う。彼女はそれまでの彼の愛人を家から追い出し、自らその座を得て社交界にも踏み込んだ。当然、上流階級からの非難が彼女に集中するが、そんなことに屈するような女性ではない。ペロン大佐庇護の下、自身のラジオ放送番組を持ち、ペロンの民衆向け政治宣伝の活動を始めると、エバはラジオを通して多くの国民から支持されるようになる。

しかし、1945年アメリカを後ろ盾にしたアバロス将軍がクーデターを起こし、ペロンは軍事裁判で有罪となり、刑務所に投獄されてしまう。 弱気になるペロンを励ましエバはラジオに向かい国民に彼の釈放を呼びかけた。彼女の民衆への影響力にアバロス将軍はベロンを開放せざる得なくなる。もともと支持母体の弱かったアバロスは政権を放棄しペロンは釈放された。釈放後すぐに彼女はペロンと結婚する。


 その後、選挙で圧倒的な票を獲得したペロンは大統領となり、同時にファーストレディ
 となったエバは国政に介入するようになる。下層階級出身でまともな教育も受けて
 いなかった彼女が政治に首を突っ込むことは富裕層や軍上層部からの激しい批判を
 浴びる事となる。さらに、水着モデルで元愛人という経歴は「淫売」「成り上がり」と
 非難される。しかしそんなことにも屈せず、彼女は「レインボー・ツアー」と呼ばれる
 ヨーロッパ外遊を行い多数の国家元首と会見した。アルゼンチンは中立国でありな
 がら、戦時中、枢軸国寄りの姿勢を保ったことから戦後、ファシストの一員として
 見なされていた為、ペロン政権をヨーロッパにおいてイメージアップする事が目的
 だった。しかし、その中で、イギリスは、エバとの公式晩さん会を開催することを拒否
 したほか、バチカンも法王との会見は行ったものの、彼女に勲章を与えなかった。



[アルゼンチンよ、泣かないで/マドンナ]

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福祉基金「エバ・ぺロン財団」を設立し、貧困層への食糧の配給、養護施設の建設、低所得者向けの賃貸住宅の建設などを行った。

それでもレインボーツアーは結果的には成功。夫は、エバに副大統領の地位を与えて政治的権力を強めようとしたが、直後に彼女が子宮癌と診断されたため、それを断念した。1952年33歳でエバは、子宮癌によって死去。葬儀には数十万の市民が参列した。


女性の人権が今より認められなかった男性至上主義時代に、10代の貧しく教育も受けていない田舎娘が、たった一人、都会で生きていくためには、愛人という手段は、ごく普通のことだったのだろう。成り上がったからといって、これをたった一言「したたか」という表現だけでは収められない。きっと彼女はそうやって生きていくうちに、他者への影響力を持っている自分の能力を知ったのかもしれません。彼女は、愛人となっても男に溺れることなく目的に向かって人生を歩んでいた。批判する人たちはこれを「野心」と表現し、肯定する人は「志」と表現する。いずれにせよ、彼女は男性ではなく政治に恋をしたのだろうと感じた。その心理の移り変わりが、もっと明確に描かれていればと思う。当初、ムッソリーニのファシズムに影響されていた夫。もしも、彼女の存在がなければアルゼンチンはどのようになっていたのだろうか。
いや、そもそも、エバがいなければペロン大統領は存在しなかったのかもしれない。様々な非難を浴びながらも、現代に至って伝説となっている女性。彼女は生まれながらの政治家だったのかもしれません。この映画の製作にあたって、アルゼンチンでは、エビータをマドンナが演じることに抗議デモが発生したという。しかしながら、下積み時代、タイムズスクエアで、「私はこの世界で神よりも有名になる」と誓ってそれを現実にしたマドンナはエビータとよく似ている。そして、ミュージカルなのだから、歌手であるマドンナが主役で良かったと思う。
寂しげで優しい「アルゼンチンよ、泣かないで」はエビータと共に後世に残る名曲。まだ知らない方には是非、聞いてもらいたい。

エビータ [DVD]

[監督]
アラン・パーカー
[出演]
エバ・ペロン   マドンナ:
チェ        アントニオ・バンデラス
フアン・ペロン  ジョナサン・プライス



★外部関連記事★

飾釦 映画「エビータ」(出演:マドンナ)
登場する人間も多い大作なのですが、押さえるところはきっちり押さえている感じで激烈なる人生を送ったエバ・ペロンをただ称賛するだけでなく、彼女への批判的な部分をもアントニオ・バンデラス演じるチェという男を狂言回しのように登場させ彼にエバ・ペロンの闇、矛盾点を語らせることによりきっちり表現して、本来、善悪を兼ね備えている人間という矛盾した存在を一人の稀有な女性の生き方を通して描いているように思いました。

2013-07-03(Wed)

エリザベスゴールデン・エイジ/黄金時代を築いた処女王

2007年 イギリス
エリザベス・ゴールデンエイジ1998年公開の『エリザベス』の続編。恋する女と女王である事との狭間で揺れ動く焦燥。
宗教対立によるエリザベス暗殺計画とスペインの無敵艦隊に勝利するまでを描いている。

時代は1585年、エリザベスはプロテスタントの女王としてイギリスを統治していた。この頃のエリザベスの傍には、いつもお気に入りの侍女ベスがいた。まだ弱少国だったイギリス国内には、カトリック信者も多かったが、姉メアリーによって行われた反対者への迫害を繰り返さないために、異端排斥法を廃止していた。その為、国内のカトリック信者がいつ謀反を起こすか判らない状況であり、国外のカトリック列強国やバチカンも彼女を妾腹の子と決して王と認めなかった。さらにカトリックで正当なイギリスの王の血族でもあるスコットランド女王のメアリースチュアートが、自国を追われエリザベスを頼り、イギリスに亡命してきていた為、国内は常に不安定な状況にあった。

当時のヨーロッパの最強国はスペイン。その王フェリペ2世は亡き姉メアリー1世の夫であった。
彼は敬虔なカトリック信者であり欧州全土をカトリックの国にしようと目論んでおり、イギリスにおいては幽閉中のカトリックであるメアリーに王位を移しエリザベスの失脚を画策していた。

ある日の謁見で、エリザベスの元には相も変わらず各国から求婚者の肖像画を持った家臣達が殺到していた。その中で新世界から戻ったばかりでさらに新天地にいくためその許可を求めにやってきたローリー卿と出会う。謁見者たちの中にはスペイン大使らもいた。彼らはイギリスに滞在しメアリー1世と国内の反乱分子と繋がっていた。

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エリザベスはローリー卿を宮廷に呼び、新天地での話を聞くことを楽しんだ。エリザベスは彼を気に入り、その後も頻繁に宮廷へ呼びます。やがてエリザベスは彼に惹かれ、出向させず引き止めるようになります。

メアリーは亡命当初より謀反を企んでいました。フェリペ2世はメアリーを英国女王にするため、国内にエリザベス暗殺集団を結成させており、彼らはメアリーからの暗殺指示を待っていた。その中にはベスの従兄弟フランシスやウォルシンガムの弟ウィリアムが含まれていました。しかし、ベスの従兄弟フランシスとその父親は暗殺集団から離れ隠れていました。集団に裏切り者として殺される仲間を見てきたフランシスは、父と共に改宗をするので助けて欲しい。宮廷に帰りたい。助けてくれないと、寝返ったことで殺されてしまうとベスに頼み込みます。しかし親子はウォルシンガム下の秘密警察に捕らえられ、拷問を受けスペインの陰謀の内容を吐かされます。これによりスペインの画策が明るみになり、エリザベスはスペイン大使らを国内から追い出します。大使から報告を受けたフィリペ2世はイギリス攻撃を開始する準備を始めます。

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フランシスは死刑になり、おそらくその父も亡くなっています。ベスはこのような結果になり何もしなかった自分を責め悲しみます。そんなベスを慰めるローリー。程なく惹かれあっていた二人が結ばれるその頃、自身の裸体を照らし出すエリザベスの姿が哀れに映し出されます。その後、ベスとローリの仲を知らないエリザベスは、二人にダンスを躍らせ自分が彼と踊ってるような瞑想に浸るのです。一方、ローリーは他の家臣と異なり、出世の為にエリザベスの寵愛を自ら受けるような事はしませんでした。

エリザベスの暗殺計画が直前という頃に、ウィリアムが兄ウォルシンガム卿に会いにきます。彼はウォルシンガム卿を殺しにきたのですが、ウォルシンガム卿は弟が暗殺集団の一員である事を知っていました。ウィリアムは結局兄を殺せず、兄弟は抱き合いながら涙を流します。

暗殺計画の決行当日 エリザベスが教会で祈りを捧げている時、暗殺者が飛び込んできてエリザベスに銃を向けます。銃は発砲されますが空砲でした。暗殺集団のリーダーは実行者に空砲を渡していたのです。こうしてエリザベス暗殺計画は失敗に終わりました。

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暗殺集団もウィリアムも捕らえられ彼らには死が待っています。しかしウォルシンガム卿はウィリアムをフランスに極秘で亡命させました。メアリーの密書は全てウォルシンガム卿の下にありました。法を守り反逆者としてメアリを死刑にしなければならないというウォルシンガム卿に対しエリザベスは「法は民を縛るもの、王族は法の上の存在よ」とメアリーの死刑執行に激しく反発。しかし「法と言うのは、民を守るためにあるものです」というウォルシンガム卿の言葉にエリザベスは返す言葉を失う。死刑は決行され、これに対しオランダは戦いの火蓋を切る。

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暗殺者の銃が空砲だったのは何故か。ウォルシンガム卿は暗殺団のリーダに聞きましたが「彼は自分の役目は終わった」とだけ。やがてウォルシンガム卿はエリザベスに謝罪します。黒幕はスペイン王、目的はエリザベスの暗殺ではなく、イギリス政府によってメアリーを殺させること。彼女が書いた本物の密書は証拠としてイギリスにあり、暗殺集団へはそれを写したものが届けられていた。スペインはその動きさえも全て把握していた。メアリーを王位につけるというのは表向きだけで、イギリスの海賊行為に加担しているエリザベスへの報復と、メアリーの死刑執行を理由にスペイン王はイギリスへ戦争を仕掛け我が物に。あわよくばわが娘イザベラを王座につけること。これが本当の目的でした。エリザベスを暗殺し、メアリーが即位させるということは、実は意図ではなかったところまでは読めなかったと、ウォルシンガムは謝罪したのです。

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ベスは妊娠します。侍女は女王の許し無しに結婚はできない為、彼女とローリーは極秘のうちに結婚をしてしまいますが、すぐにエリザベスに知られ彼女は激しく嫉妬しヒステリックに取り乱し二人を責めます。ベスを宮廷から解雇、ローリ卿は逮捕しロンドン塔に幽閉します。

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しかし女王にはいつまでも落ち込んでいる時間などありません。スペインが攻めてくるのです。農民には武器を持たせ囚人は開放。ローリーも罪を許され釈放されます。総出で応戦に取り掛かるのでした。敵の艦隊数万人に対し英国軍はわずか三千人。自らも戦地へ出向いていたエリザベスにウォルシンガム卿は避難を促すが、彼女はその場を去らず鎧をまとって兵士を鼓舞した。圧倒的に不利なこの戦争は、焼き討ち船をスペイン艦に突っ込ませ撃破させる作戦で、イギリス側からの風が効を奏し、スペインの無敵艦隊は全滅。奇跡的な勝利を収めます。そして、スペインでは戦いに敗れた父を冷ややかに見つめ、彼に背を向ける幼い娘のイザベラ。手には物語の最初から握られているエリザベスの人形が。

エリザベスは許した二人を尋ね彼らの子に祝福を。子を持たなかったエリザベスの物語は子を抱いたシーンで幕を閉じます。そしてこの後、英国は穏やかで平和な時代「ゴールデン・エイジ」を迎えるのです。


[あとがき]
史実とは細かいところが異なっていますが、あえてストーリーの謎解きができるように作られています。たったひとつのセリフが、謎解きの解明になるので聞き逃せません。事実と異なるところは、メアリーはエリザベスの暗殺を企てましたが、実行される前に捕らえられてしまうので、銃を発砲されるシーンはこの物語の脚色です。しかしエリザベスは彼女の死刑執行には躊躇い苦悩したのは事実。べスとローリーの結婚についてはエリザベスが知った時には、既にベスは彼との間に3人の子供がいました。ローリー卿は、この後のスペインの無敵艦隊の応戦(1588年アルマダの海戦)では参戦してはいません。彼はエリザベスの寵愛を回復後、1596年スペインの要衝カディス港を襲撃し成功しています。アルマダ海戦で彼の活躍を纏めてしまったのでしょう。スペインはこのアルマダの海戦の帰途、イングランド艦隊に追われたため、当時の航海士にとって未知の航路を行かなければならず、悪天候や難破や座礁で半数近い艦船と2万人の兵を失いました。

◇ベスは従兄弟を売った?スペイン大使の役割は?(選択で見られますが作品を観ていない方はご自身でみてからのほうがよいかもです)
従兄弟はベスに助けを求めた後捕まって殺されますが、二人が隠れている場所をイングランドに流したのはスペイン大使です。
 ベスは誰にも告げることなく、映画の中のセリフどおり何もしなかったのです。大使の役割とはメアリーを死刑に近づける為の罠でした。

◇イザベラが持っていたエリザベスの人形に隠されていたキーワード(選択で見られます)
フェリペ2世は4度結婚しエリザベスの姉メアリー1世は彼の2度目の妻で子供の無いまま亡くなりました。3番目の妻エリザベート・ド・ヴァロワの二人の娘のうちの一人がこの作品に登場するイザベラです。映画中では冷たい子供のように描写されていますが、フェリペ没後、イザベルとその夫はスペイン領ネーデルラントの統治をし、彼女は夫の死後も総督となり2人が治めていた時代はネーデルラントの「黄金時代」と呼ばれ南ネーデルラントの経済と平和を安定化の方向に導びきました。エリザベスとの共通点・キーワードは「黄金時代」でした。

エリザベス:ゴールデン・エイジ [DVD]

[監督]
シェカール・カプール
[出演]
エリザベス1世            ケイト・ブランシェット
フランシス・ウォルシンガム     ジェフリー・ラッシュ
ウォルター・ローリー        クライヴ・オーウェン
エリザベス・スロックモートン(ベス)アビー・コーニッシュ
メアリー・スチュワート        サマンサ・モートン
ロバート・レストン          リス・エヴァンス
フェリペ2世              ジョルディ・モリャ
アミアス・ポーレット         トム・ホランダー
トーマス・バビントン         エディ・レッドメイン
Dr. ジョン・ディー(ワイズマン)  デヴィッド・スレルフォール

★受賞★
第80回アカデミー賞衣装デザイン賞



[ローリー卿の首を防腐処理をして持っていたベス]
ウォルター・ローリーはアメリカ大陸におけるイングランド最初の植民地を築いた功績を持つ人物です。1603年にエリザベスが死去しジェームズ1世の時代になると、彼は内乱の疑いをかけられ、裁判ののちロンドン塔に監禁。1616年に解放されると、彼は再び探検隊を指揮することになるが、探検中ローリーの部下がスペインの入植地で略奪を行ってしまう。この頃になると、イギリスはスペインとの宥和政策がとられるようになっていて、これに対しスペインはローリーの死刑を要求。ジェームズ1世は、これを拒むことが出来ず、1618年ローリーは斬首刑となる。65歳だった。J・H・アダムソンとH・F・ホランドによるローリーの伝記『海の羊飼い Shepherd of the Ocean』によると、ローリーの妻ベスは、彼の首を防腐処置を施していつも自分のそばに置き、しばしば訪問者達に「ウォルター卿に会いたいか」と尋ねたそうです(((( ;^Д^)))コワイ  これだけ愛されていれば本望??ローリーの首はその後、聖マーガレット教会に、彼の胴体と共に無事に埋葬されましたとさ。

[メアリースチュアート・間違いだらけの人生の選択]
12393_20130706042102.jpg1542年12月8日生-1587年2月8日没 スコットランド女王であり、イギリス王ヘンリー7世の曽孫になります。父のジェームズ5世が急死しわずか生後6日で王位を継承しました。即位後、イングランド王ヘンリー8世は彼の息子のエドワード6世とメアリーの婚約を要求。ヘンリー8世は買収行為などで画策しメアリーとエドワード6世との婚約が決められた。しかし母親のメアリー・ギースはヘンリー8世を警戒し、メアリー王女を人目の付かない修道院に匿っていた。一方、フランスもスコットランドとの同盟を深めるためメアリーと王太子との結婚を望んでいた。ヘンリー8世が没するとメアリーの摂政のアラン伯がカトリックに改宗した事でイングランド宮廷は激怒。スコットランドに侵攻してきます。危険を感じた母親はメアリーをフランスのアンリ2世の元に。エドワード6世との婚約を破棄しフランスとの間で王太子とメアリーとの婚約が交わされ、1558年メアリーは王太子と結婚式を挙げた。二人が結婚するとアンリ2世はメアリーこそ真の王位継承者であると主張。メアリー自身もエリザベスは庶子だとし、イングランド大使を招いた祝宴の席で王位継承権者であることを示す紋章を発表しエリザベスを激怒させた。アンリ2世が亡くなると王太子がフランソワ2世として即位しメアリーはフランス王妃となるが、フランソワ2世は16歳で病死。同じ頃に母メアリーギースが亡くなり彼女は自分の意思でこの先の人生の選択をしていく。

間違いその① スコットランドに帰る
・フランスで未亡人生活を送ることができた。
・義弟で王位を継いだシャルル9世からの求婚、結婚してフランス王妃でいることができた。
×しかし、スコットランドに帰国。

スコットランド実権はすべてメアリーの異母兄のマリ伯爵が握っていた。
そのため、彼にとってのメアリーの帰国はとても迷惑で邪魔な存在であった。

間違いその② 夫選び 
・ スペイン皇太子 →カトリック同士だった為、エリザベスが警戒・妨害される。
・ ロバート・ダトリー →こりゃ、いくらなんでも、メアリーに同情するわさ。
× ダーンリー卿 →この結婚でイングランド王位継承権を強化することを目論む。しかし、この男とんでもない奴だった!
・ 他 →シャルル9世・差しさわりの無い国内貴族・このご身分なら外国王室貴族などいくらでも。

帰国したメアリーはエリザベスと社交辞令のような文通が続けられていた。やがてメアリーは再婚相手についてスペイン皇太子との結婚を検討するが、エリザベスが介入、妨害されたうえ「イングランドとの友好を保ちたければイングランド貴族から夫を選びなさい」とエリザベスは自分の寵臣、ロバート・ダトリーとの縁談を持ちかける。当然メアリーは拒否。従兄弟であるダーンリー卿とさっさと結婚してしまった。ダーンリー卿はメアリーと同じカトリック教徒であったため、プロテスタントの多いスコットランドでも二人の結婚は歓迎されていなかった。ダーンリー卿の祖母(イギリスの王女マーガレット)の再婚相手の孫に当たりイングランドの有力な王位継承権を持っている。メアリーにとっては「してやったり」だ。メアリーの王位継承権がさらに強化される事を恐れたエリザベスは事前に阻止しようとしたが叶わなかった。だが、ダーンリー卿は傲慢で我侭で暴力的な性格であった為、メアリーは彼への愛情がすぐに冷めてしまい、やがてメアリーは秘書のダヴィッド・リッチオを寵愛し重用するようになった。やがて嫉妬に狂ったダーンリー卿はリッチオをメアリーの目の前で殺してしまう。その後息子ジェームズ(後のイングランド王兼スコットランド王ジェームズ1世)を出産するが、その後ダーンリー卿は暗殺される。

間違いその③ 夫死亡後すぐの再婚 先の読めなさ天下一品。
・エリザベスの寵臣ロバートダトリーが妻を殺した?時のエリザベスのように「結婚をしない」という選択肢がありました。

カトリックは継承権を損なわない離婚ができない。しかし死んでしまえば別。彼女は夫が死んでから、すぐに国内貴族ボスゥエルと結婚した。これでは共謀して夫を殺しましたと公表しているようなものである。当時は二人が共謀しダーンリー卿を殺害したと見ており、国内のカトリック、プロテスタント双方もこの結婚に反対した。そして人々はメアリーに呆れ返り離れてしまう。夫殺しの犯人には女王の資格などないと反ボスウェル派の貴族達が反乱をおこし、メアリーとボスウェルは反乱軍と戦ったが投降。メアリーは廃位された。その後、幽閉先より脱走したメアリーは兵を集めて軍を起こすがスコットランド貴族連合軍に敗れ彼女は自国を追われる。 

間違いその④ 亡命先
・ フランス
・ スペイン
×イングランド

「私、イングランドに行くわ!」よりによって・・プロテスタントのエリザベス1世の元に逃れた。(いやいや、ここはフツー、カトリックのスペインか育ったフランスじゃん?) これは、エリザベスにとっても大変迷惑な事であった。イングランド国内は半数の国民がカトリックだったからだ。しかし、エリザベスは彼女を受け入れ、監視下ではあったものの軟禁状態とは思えないほど自由な生活を送ることを許していた。

間違いその⑤ 謀反
・改宗をし、息子と交流を持ち、王位が廻ってくるのを待つという選択ができた。
 →息子ジェームズ(当時スコットランド王、後にイングランド王及びスコットランド王となる)はプロテスタントだった。
・改宗をしなくても、そのまま静かな生活を送ることが可能だった。
×エリザベスを暗殺して自分が王位に付くという野望を実行させようとした。

軟禁中、エリザベスの足下で、たびたびイングランド王位継承権者であることを主張し、またエリザベス廃位の陰謀に関係した。1570年にはリドルフィ事件、1586年のバビントン事件、バビントン事件の裁判ではメアリーが関与した証拠が提示され、有罪・死刑を言い渡された。エリザベス1世は死刑執行書への署名を渋る様子を見せたが、結局1587年2月8日、フォザリンゲイ城のホールでメアリーは処刑された。

君主の立場を理解せず、政治的手腕も統治者としての責任も無く、女王になることに固執したメアリー。
彼女は沢山の選択肢の中から、自ら一番不幸な結果となる道筋を選んでいたのです。

※尚、メアリーがダーンリー卿の暗殺に関与したかどうかの真相は謎のままです。



◆内部関連記事◆

※エリザベスゴールデン・エイジの前編映画→エリザベス
※エリザベスの父ヘンリー8世のお話→チューダーズ <ヘンリー8世 背徳の王冠> 
※エリザベスの母アン・ブーリンのお話→ブーリン家の姉妹


★外部関連記事★

映画のメモ帳+α エリザベス:ゴールデン・エイジ (2007 イギリス・フランス)
生涯独身だったことから"ヴァージン・クイーン"とも呼ばれました。エリザベスがスペインの無敵艦隊を撃滅させて、当時弱小国だったイングランドの黄金時代を築き上げるまでの姿を描いた映画が『エリザベス:ゴールデンエイジ』です。『エリザベス』(1998)の続編にあたる作品で、主演は引き続きケイト・ブランシェット。

2013-02-05(Tue)

エリザベス  ケイト・ブランシェット/女王がイングランドとの結婚を決めるまで

 1998年 イギリス
エリザベスこれは世にも有名な、英国の「黄金時代」を築いたバージンクイーン「エリザベス1世」の愛と孤独の物語です。反逆者を一掃し、女王の地位を安泰にして、イングランドに身を捧げると宣言するまでの、前半生を描いています。

ヘンリー8世の死後、王位を継承した弟のエドワードが亡くなると、1953年から異母姉のメアリー1世がイングランドを統治した。「ブラッディメアリー」血まみれのメアリーとして有名な人物です。彼女は不遜のカトリック教徒であり、プロテスタントを弾圧。多くの人々を殺害。物語はそのプロテスタントの処刑のシーンから始まります。

メアリー1世は母親譲りのカトリックでしたが、エリザベスはプロテスタント。兄弟でありながらも思想の違いからメアリーはエリザベスをロンドン塔に幽閉していました。自身が病魔に冒されている事を知ってからは、エリザベスの反逆の証拠をあげようとしますが見つからず、病気のメアリーはこの世を去ります。こうして即位したエリザベス、彼女には既に恋人のロバート・ダトリーがいました。

国内情勢、蓋を開けてみると、国庫は空、軍は弱化、宗教対立は激化、王位狙い策略するノーフォーク卿、そして周囲からは小娘扱い、この難局を大国との結婚でどうにかしのごうと結婚を勧めるセシル卿。そんな中でエリザベスは君主としての責任と自身の恋に紆余曲折します。


まずエリザベスはイギリス国教会にまとめる決意をし宗教を統一。対立したカトリックはローマ教皇も巻き込みエリザベス暗殺を企てます。また、各国はエリザベス女王との政略結婚を迫りますが、エリザベスは結婚せずに微妙なバランスの外交を続けたため、焦れた反対勢力はエリザベスを排斥しようとします。それを察知した腹心ウォルシンガム卿は、反対勢力であるスコットランド女王のメアリを暗殺。また、王位を狙い画策しているノーフォーク卿は、ウォルシンガム卿の罠により愛人に裏切られます。反逆の証拠がウォルシンガム卿へ渡され反逆者名が挙がると、そこにはウォルシンガム卿だけではなく、エリザベスが愛する恋人のロバートの名前が並んでいたのです。恋人に裏切られたエリザベスは、ノーフォーク卿らを反逆罪で逮捕し処刑しましたが、ロバートは生かして自身への戒めとします。そして彼女は「イングランドとの結婚」を宣言します。
「信愛なる者が敵」この時代なら珍しいことではありません。長年の主従関係があっても、愛人であっても、恋人であっても。


[恋人・ロバート・ダトリーについて]
200px-Robert_Dudley_Leicester.jpgロバート・ダトリーは「9日間女王」で有名なジェーン・グレイーと策略結婚させられ、ジェーンと共に死刑になってしまった「ギルフォード・ダドリー」の兄弟です。この時ロバートは既に結婚していた為、生き延びることができました。ジェーンを無理矢理即位させ我が息子を結婚させた父親「ジョン・ダドリー」も、メアリー1世により処刑されました。(ちなみにロバートの祖父である「エドマンド・ダドリー」も彼女らの父ヘンリー8世によって反逆罪により処刑されています。)メアリー1世は当初、ジェーンの処刑に躊躇したと言われていますが、スペイン王カルロス1世による王太子フェリペとの婚約解消の脅しに屈し、処刑の命令を下したといわれています。このときロバートも兄弟や父親と一緒にロンドン塔に幽閉されていたのですが、そこで幼なじみであるエリザベスと再会。二人は密かに塔内で文通をしていました。エリザベス即位後、彼は女王の寵臣となります。やがて彼の妻が不審な死を遂げます。裁判では妻の死因は自殺とされたがロバートによる妻の殺害説が噂され、エリザベスは却ってこれで結婚すると自分も殺人犯だと思われると考えた為、結婚しない決意を固めたと言われています。(この事故が起きる前にロバートはスペイン王に自分がエリザベスと結婚した暁にはイングランドをカトリックに戻すと勝手に約束しています。妻はいなくなるって言っているようなものですね)勿論、この事が後からバレてエリザベスは憤慨します。彼は女性関係も非常に派手。浮気はするわ裏切るわ妻殺すわ?なのに彼が死んだときエリザベスは数日自室に立てこもり、命を心配した家臣がドアを打ち破ったそうです。悪い奴と知りながら引き離すことができなかったようです。彼女が生涯独身を貫き通した本当の理由は、この男のせいかもしれません。


[エリザベスの育て親・キャサリン・パーについて]
エリザベスはヘンリー8世の最後の妻・6人目の「キャサリン・パー」により養育されています。キャサリンバーは夫を病気で亡くした後、ヘンリー8世の3人目の妻のジェーン・シーモアの兄トマス・シーモアと交際していましたがヘンリー8世に見初められ結婚、王妃となりました。彼女は王の看護、子供たちの教育にも大変熱心で自身の役目を立派にこなした王妃です。ヘンリー8世の死後トマス・シーモアとようやく結婚。エリザベスはトーマスとキャサリンに引き取られます。しかしトマス・シーモアは、キャサリンの妊娠中に王女エリザベスの寝室に出入りしているところを見られ、結局エリザベスはシーモア家から出ていくこととなりました。翌年キャサリンは女児を生むと産褥感染症にかかりこの世を去ります。子供の頃から母親のように面倒を見てくれたキャサリンとエリザベスの二人の関係を考えると非常に残念です。しかし若いエリザベスにとっては、きっとこの先の大変な教訓になったであろう事は間違いありません。※キャサリン・パー 1548年9月5日(35-36歳)スードリー城にて没する。

※エリザベス続編→エリザベスゴールデン・エイジ
※エリザベスとその父・詳しい記事はこちら→チューダーズ <ヘンリー8世 背徳の王冠>
※エリザベスの母アン・ブーリン関連の作品→ブーリン家の姉妹

エリザベス [DVD]


[監督]
シェカール・カプール
[出演]
エリザベス1世・・・・・・・・・・・ケイト・ブランシェット
ロバート・ダドリー・・・・・・・・・ジョセフ・ファインズ
フランシス・ウォルシンガム・・ジェフリー・ラッシュ
ウィリアム・セシル・・・・・・・ リチャード・アッテンボロー
ノーフォーク公・・・・・・・・・・・クリストファー・エクルストン
アランデル伯・・・・・・・・・・・・エドワード・ハードウィック
メアリ・オブ・ギーズ・・・・・・・ファニー・アルダン
アンジュー公・・・・・・・・・・・・ヴァンサン・カッセル
ローマ教皇・・・・・・・・・・・・・ジョン・ギールグッド
ジョン・バラード・・・・・・・・・・ダニエル・クレイグ
侍女カット・アシュレー・・・・・エミリー・モーティマー
イザベル・ノリス・・・・・・・・・・ケリー・マクドナルド
メアリー1世・・・・・・・・・・・・・キャシー・バーク
フランス大使ド・フォア・・・・・・エリック・カントナ
スペイン大使アルヴァロ・・・・ジェームズ・フレイン
ガーディナー司教・・・・・・・・・テレンス・リグビー
サセックス伯・・・・・・・・・・・・ジェイミー・フォアマン

※受賞※
[アカデミー賞] メイクアップ賞
[ゴールデングローブ賞] ・主演女優賞(ドラマ部門)(ケイト・ブランシェット)
[英国アカデミー賞] 主演女優賞(ケイト・ブランシェット)・助演男優賞(ジェフリー・ラッシュ)・作曲賞・撮影賞・メイクアップ&ヘアー賞 ・英国作品賞
[放送映画批評家協会賞] 主演女優賞(ケイト・ブランシェット)ブレイクスルー賞(ジョセフ・ファインズ)



★外部関連記事★

★☆ひらりん的映画ブログ☆★「エリザベス」「真冬にケイト特集」第4弾。
主演はケイト・ブランシェット。彼女は近々公開のブラッド・ピット主演の「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」にも出演。ここから何本か「ケイト・ブランシェット特集」も行う予定ですよーーー。


2013-01-03(Thu)

ELVIS(2005)/キング・オブ・ロックン・ロール

 2005年 アメリカ/ドイツ
41OT0.jpgこれは「キング・オブ・ロックンロール」こと、エルヴィス・プレスリーの半生を事実に基づいて描いた作品。演じたのはジョナサン・リースマイヤーズ。プレスリーとジョナサンの声の質が全く異なるのでセリフと歌声のギャップが気になりましたが、彼のダンスはファンにとってはとても見ごたえがあります。だいぶ練習したのではないかと。ジョナサン独特の個性が全く感じられない部分もあり、俳優としての力も感じた作品でした。

物語はエルヴィスの青年期から始まります。彼はシンガーとして成功したいという希望を持ちチャンスを模索していました。ある日、母親にプレゼントする曲のレコードをサンレコードで製作。受付のマリオンに帰り際にボーカルが必要な時には連絡をしてほしいと話し、これがきっかけでサンレコードの創業者サムはエルヴィスを売りに出すこととなります。やがて凄腕マネージャー、パーカー大佐に見出されサンレコードとの契約は終了。パーカー大佐の手腕で、レコードは次々にミリオンセラーを記録し、出演映画も大ヒットし、スターダムにのし上がります。こうして彼は貧しかった両親に屋敷を購入し裕福な生活を手にいれます。

プレスリーはマザコンで有名ですが、印象に残るのは、この母親のセリフです。裕福な生活を手に入れても、少しも幸せそうでない母親が言います。「お前が幸せなら私も幸せなのよ。本当に幸せかい」と。  でも、このときエルビスは気づいていません。 自分が幸せではないことを。
その後エルビスは2年間徴兵されますが、その間に母親は病気で亡くなります。


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  満期除隊後マネージャーの大佐は儲け主義で 
  プレスリーが納得のいかない仕事ばかりを 
  させていました。

  エルヴィスは母親にプレゼントするレコードを
  作る時も安くできる店があったにも関わらず、
  数倍高いサンレコードで作ったように、彼は
  良いものへのこだわりとセンスの良さがありました。
  そんな人物が自分の思いを全て抑制されたら
  どうなるでしょう。精神的にいい訳がありません。
  ウエストサイド物語のオファーが来ていて
  プレスリーは乗り気なのに対し、
  利益主義の大佐は
  「主役じゃない・期間が掛かりすぎる」
  という理由で出演させてもらえません。

 
  後にこの映画は第34回アカデミー賞を受賞します。
  意に沿わない仕事を我慢して続けていましたが、
  この苦悩とストレスでやがて彼は映画だけでなく
  音楽への情熱も失っていきます。
  そしてクスリに依存し、ウサ晴らしに金を湯水の
  ように使います。しかし残るのは虚しさだけ・・。

  プレスリーは考えます。結婚もして、地位も
  名誉も沢山の友達もいる。なのになぜ不幸なのか?  

  やがてパーカー大佐との契約を解除しようと
  しますが、父親が賛成しません。

  もしもこの時に、母親が生きていたら・・・。

 

この映画どおりの母親だったならきっと彼の助けとなり、この先の彼の人生が変わっていたかもしれません。
エルヴィスはパーカー大佐を最後までクビにすることはありませんでした。
そして「エルヴィス・カムバック」のTV企画が持ち上がるのです。

ELVIS/エルヴィス [DVD]

[監督]
ジェームズ・スティーヴン・サドウィズ
[出演]
エルヴィス・プレスリー ジョナサン・リス・マイヤーズ
トム・パーカー(大佐)ランディ・クエイド
ヴァーノン・プレスリーロバート・パトリック
グラディス・プレスリーカムリン・マイハイム
サム・フィリップスティム・ギニー
アン・マーグレットローズ・マッゴーワン

※エミー賞6部門ノミネート


[実際のプレスリーの映像]
エルヴィス・アーロン・プレスリー 1935年1月8日 - 1977年8月16日(満42歳没)
アメリカのロックンロールミュージシャン、映画俳優。ロックンロールの誕生と普及に大きく貢献した創始者の一人。後の様々なアーティストに大きな影響を与えた。当初、ロックンロールが青少年の非行の原因と中傷され、大人たちはプレスリーの音楽を禁止し弾圧運動を展開。しかしそれを跳ね返すかのように若者たちの間でさらにブームは拡大する。

1967年プリシラ・プレスリーと結婚し、1968年に長女で一人娘のリサ・マリー・プレスリーが誕生。しかし、結婚生活は長くは続きませんでした。エルヴィスが結婚前から続いている昼と夜が逆転した生活やメンフィス・マフィア(エルヴィスの取り巻き)といつも一緒の生活、何ヶ月にも及ぶツアーによる別居状態などの理由から、プリシラは空手教師のもとに走り、二人の結婚生活は破綻してしまいます。自宅のグレイスランドを出たプリシラはリサ・マリーを引き取りロサンジェルスへ。1973年に正式離婚します。但し離婚後も二人は友人関係にあり以前よりも密に連絡を取り合うようになったという。事あるごとにプリシラをグレイスランドに呼び寄せたりして精神的に彼女を頼りにしていました。また、娘のリサ・マリーが二人が離婚したことで不幸にならないようにと願い、頻繁に会っていました。

[ミーニーストリート]初期の頃のプレスリー


  プレスリーは70歳になる私の父親がファンでした。
  子供の頃によく曲を聞かされたことを覚えています。
  その頃はそれはそれで上手いのだろうなんて思って
  いたのですが、大人になってからは、その魅惑的な
  歌声に酔いしれてしまいそうな曲もあります。 

  彼は1977年に42歳という若さで急死します。
  死因は処方薬の極端な誤用による不整脈と
  公式に発表されました。処方された薬を
  「誤った使い方」で服用した影響で癇癪持ちになり
  体調を悪くしていました。

  彼が死んだその日も娘のリサはグレイスランドにいました
  現在は母親と共にグレイスランドに埋葬され、
  安らかに眠っています。




[Presley who acted by Jonathan Rhys-Meyers]
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◆内部関連記事◆

白人ラッパーエミネムの半自伝的映画→8Mile


★外部関連記事★
●Paradiso di cinema e cibi
エルヴィス・プレスリーにどっぷり影響を受けた世代ではない。1977年に42歳で他界したエルヴィス。
小学校だった私の記憶には・・

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