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2014-01-07(Tue)

終戦のエンペラー ボナー・フェラーズ/日本の行方を変えた名もなき将校

2012年 アメリカ
終戦のエンペラー小学生低学年の頃、母に尋ねたことがある。「どうして日本は戦争に負けたのに日本でいられたの?」と。母はこう答えた。「戦争が終わり、マッカーサーというアメリカ人がきて、天皇陛下は彼に「戦争の責任は全て自分にあり、その命で行われた限り、他にはただ一人の戦争犯罪人はない。」と、天皇は死刑を覚悟してマッカーサーにそう言ったから、今でも日本があるのよ。」

当時、子供だった私は「天皇とは何か」なんて全く理解などできなかったが、この作品は、子供の頃の私と同じように天皇の存在の意味が理解できないアメリカ人が、戦後の天皇の扱いを決定するまでの流れを描いている。主人公は実在した情報将校であるボナー・フェラーズというアメリカ人。敗戦直後にマッカーサー元帥と共に、彼の副官として来日した。彼は学生時代、日本の女子英学塾留学生と交流があり日本に関心を深めていた。当時、フェラーズが友人と会うと記して頻繁に出かけていた事、その女子留学生が帰国後も彼女に会いに来日していた事にも着目し、映画の製作者は恋愛が絡んでいる可能性がある事を想像し、この部分をフィクションとして作り上げている。しかし歴史の記録の中で個人の恋愛感情まで記録されるわけは無くすべてフィクッションとは言い切れない可能性も秘めているということも、頭の片隅におきながら鑑賞しました。

フェラーズは、この戦争の真の責任者を探るべく任務を受けその調査をしていきます。すなわち、この戦争における昭和天皇の役割を明確にするための調査だったのです。期限は10日間。物語はシナリオどおり淡々と流れ面白いかと言うと歴史物なのでそうではない。けれどクライマックスで子供の頃、母に聞いていた想像通りの情景が映し出されたときに感動の涙が一粒。そして作品を観た後に改めて、国が存在することの幸せと、日本人は天皇と同じ種の精神を持つという誇りを感じました。日本人なら一度は見ておいたほうがよい映画です。そしてこれから生まれてくる子供達への贈り物のような作品でもあると思います。
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昭和天皇 昭和64年1月7日崩御 感謝と哀悼の意を込めて。 


終戦のエンペラー [DVD]
[出演]
ボナー・フェラーズマシュー・フォックス
ダグラス・マッカーサー トミー・リー・ジョーンズ
島田あや 初音映莉子
鹿島西田敏行
高橋羽田昌義
昭和天皇片岡孝太郎
木戸幸一伊武雅刀
関屋貞三郎夏八木勲
近衛文麿 中村雅俊
東条英機火野正平



(昭和天皇とダグラス・マッカーサー)
18-85_201401080520269c8.jpg1945年8月15日昭和天皇による玉音放送をもちポツダム宣言受諾を表明。大東亜戦争は終結した。9月27日、昭和天皇は、敗戦国の国家元首としてマッカーサーが滞在するアメリカ大使館に出向き会談した際、マッカーサーは昭和天皇の真摯な姿勢に感銘を受ける。当時、連合国のソ連とイギリスを中心としたイギリス連邦諸国は、天皇を「戦犯リスト」の筆頭に挙げ「処刑すべき」という声が上がっていた。しかし、マッカーサーは、もし天皇を処刑した場合、日本に軍政を布かなくてはならなくなり、ゲリラ戦に陥る可能性を予見していたため、ソ連やイギリスの意に反し天皇を丁重に扱うことで、安定した占領統治を行うつもりだった。

マッカーサー自身は、天皇が、敗戦国の多くの君主がそうするように戦争犯罪者として起訴されないよう命乞いをするのではないかと予測していたが、昭和天皇は命乞いをするどころか「戦争の全責任は私にある。私は死刑も覚悟しており、私の命はすべて司令部に委ねます。しかしながら罪のない8000万の国民が、住む家も着る物も食物も無く苦しんでおります。温かい閣下のご配慮を持って、どうか国民が生活に困らぬようご高配を賜りますように」と述べられました。

マッカーサーはこの時の事を『回想記』にこう記している。「死をともなうほどの責任、私が知り尽くしている諸事実に照らしても明らかに天皇に帰すべきではない責任まで引受けようとされた。この勇気に満ちた態度に、私の骨の髄までもゆり動かされた。私はその瞬間、私の眼前にいる天皇が、個人の資格においても日本における最高の紳士である、と思った」と。そして、この時マッカーサーは、こう返答したという。「かつて、敗戦国の元首で、このような言葉を述べた人物は、世界の歴史にも前例がないことと思う。私は陛下に感謝したい。占領軍の進駐が事なく終ったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これ総て陛下のお力添えである。これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わねばならぬことは多い。どうか、よろしくお願いしたい」マッカーサーは、立ち上がり昭和天皇の前へ進み、天皇の手を握りしめて、「私は、初めて神の如き帝王を見た」と述べた。会見後、マッカーサーは、自ら昭和天皇を玄関まで見送った。
こうして、マッカーサーは、ソ連やアメリカ本国からの「天皇を処刑すべき」という主張を退け、自ら天皇助命の先頭に立つこととなる。

当然の事ながら、戦後間もない日本人は飢え、苦しんでいた。12月頃、昭和天皇は当時の農林大臣に「国内で多数の餓死者を出すようなことは耐え難い」と、皇室の御物の目録を大臣に渡し「これを代償としてアメリカに渡し、食糧にかえて国民の飢餓を一日でもしのぐようにしたい」とおっしゃった。こうして、マッカーサーの元へ御物の目録が差し出されると、それに感激したマッカーサーは、「自分が現在の任務についている以上は、断じて日本の国民の中に餓死者を出すようなことはさせない。かならず食糧を本国から移入する方法を講ずる」と請け合ったという。それからはどんどんアメリカ本国からの食糧が移入されるようになり、飢えた国民に食糧が届けられるようになった。

6年後マッカーサーは、大統領から更迭を指示され日本を離れた。1955年重光外相は安保条約改定に向けダレス国務長官との会談の為、アメリカへ渡った。このとき、昭和天皇は「もし、マッカーサー元帥と会合の機会もあれば、自分は米国人の友情を忘れたことはない。 米国との友好関係は終始重んずるところである。特に元帥の友情を常に感謝して、その健康を祈っている、と伝えてもらいたい」と外相に伝えた。重光外相はニューヨークにいたマッカーサーを訪ね、昭和天皇の言葉を伝えた。マッカーサーは、「私は陛下に出会って以来、戦後の日本の幸福に最も貢献した人は天皇陛下なりと断言するに憚らないのである」と語った。さらに、マッカーサーは昭和天皇と初めて会見した日のことを重光外相に、こう語った。「もし国の罪を贖うことが出来れば進んで絞首台に上がることを申し出るという、この日本の元首に対する占領軍の司令官としての私の尊敬の念は、その後ますます高まるばかりでした。陛下は御自身に対して、いまだかつて恩恵を私に要請したことはありません。とともに、決して、その尊厳を傷つけた行為に出たこともありませんでした。どうか日本にお帰りの上は、私からの挨拶と親しみの情を陛下にお伝え下さい。その際、自分の心からなる尊敬の念をも同時に捧げて下さい」とその思いを語った。



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天皇陛下のご聖断が遅かったのではない。そもそも天皇陛下には御一人で御決断を下される権限は付与されていなかった。アメリカは、最初から何が何でも原爆を投下するために、日本に和平を決断させないような工作をしていた。米国は、日本にポツダム宣言を受諾させないために意図的に降伏条件を不明確にした


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