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2016-12-05(Mon)

お知らせ

いつもご訪問頂きありがとうございます。
年内、投稿を休止させて頂きます。

1か月ほど前から、突然、右肩の関節から腕の筋肉、指の関節まで痛みだして、なかなか更新できないでおります。
しかも12月は繁忙期なので、仕事だけで精一杯になりそうです。検査して医者にはリウマチではないと言われたのですが、
診断の結果は「わからない」で押し通されてしまいました。(♯`∧´) ・・つまり、自分で治せば?ってことなの。
尿検査の結果はどうでした?と聞いたら、医者、「尿検査してませんよ」・・・・・え? 必要のない検査していたということ?
この人、尿検査させたこと忘れてるし。ガックシ・・はずれの医者にあたってしまった。

もしかして、ひょっとして、これが、○十肩ってやつかしら・・・。 更年期はいらっしゃらないのに。

と思いながら、あれこれ対策中。どうにか日常生活と仕事はできるものの、油断して動かすと激痛が走ります。

それでも少しずつ、和らいでいるようなので、1月には、投稿を始められると思うのですが・・♪ということで、

(o・ω・)ノ)) See you again








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2016-10-26(Wed)

ブリッジ・オブ・スパイ/国境の壁と人生の尊重

2015年 アメリカ
022.jpgアメリカとソ連の冷戦中、両国は核兵器開発の脅威から、互いにスパイ活動が盛んに行われていた。
当然スパイ狩りも。これは1957年にアメリカで、諜報活動を行ったとして逮捕された男アデルの弁護を担当した弁護士ジェームズ・ドノヴァンを主役として描かれた実話です。序盤から、単なる法廷ストーリーが続くのかと思っていたら、判決後の続きがあり、ここからが本筋でした。当時、アメリカはレーダーに移らない高度で飛行する偵察機を開発して、ソ連の偵察を行っていたことは有名な話ですが、この機が墜落。アメリカのパイロットはソ連に捉えられてしまいます。さらに同時期、ちょうど東ベルリンと西ベルリンが分断される時でもあり、この混乱の中で、東ベルリンにいた25歳の学生が、何の根拠もなくスパイ容疑をかけられ、身柄を拘束されてしまいます。アメリカは、既に有罪として5年間、刑務所に収監されていたアデルと、ソ連に拘束されたパイロットとの人質の交換を行うべく、その交渉人として、再びドノヴァンに白羽の矢を立てます。ドノヴァンがベルリンへと向かう際、拘束されているアメリカ人学生がいることを知ると、任務外であったが、この学生も同時に開放しようと交渉を試みるのです。しかし、交渉の相手は「ソ連」と「東ドイツ」となり、両国の国家関係は複雑で、こんなことをすれば交渉は当然に難しくなります。失敗を恐れる同行してきたCIAの男が 「学生は見捨てろ」というが、彼は少しの迷いもなく交渉を続けます。20世紀の歴史のなかの一片の出来事。娯楽性を加味したり、脚色することなく制作されており、当時の思想の渦の中に生きる人々を描写、重厚な感性で仕上げています。 国境も任務の枠も超えて、ひとりの人生を尊重するドモヴァン。信頼と相手を思いやる気持ちから生まれた、アデルとの人間関係が、じんわりと心にしみる作品です。
(あらすじ)
ソ連のルドルフ・アベルは、諜報活動を行っていたとしてアメリカで逮捕される。保険交渉の分野で活躍していた弁護士ドノヴァンにアベルの弁護の依頼が入る。ドノヴァンは、敵国のスパイを弁護すると非難を受けることを承知しながらも引き受けた。当時アメリカの人々は、ソ連から、いつ原子爆弾が落とされるかもしれないという不安からソ連に敵対する風潮が高まり、学校では爆弾が落とされた場合の為に、どのような行動をとるべきかという教育までされていた。こんな時代ゆえ、彼は世間から非難され、子供たちがいる自宅に弾丸まで撃ち込まれる。それでも彼は信念を曲げず、弁護士としての職務を果たそうとします。

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アベルと対面。彼はドノヴァンに面会する前に、アメリカへ協力をしないかともちかけられたが断ったと話す。裁かれることを知りながらも、アベルは母国に忠誠を尽くしていたのです。ドノヴァン弁護士は敵国のスパイと偏見など持たず、はじめから有罪と決まっていると言われている裁判にも、真剣に取り組んだ。そして徐々に二人の間に信頼関係が生まれていくのです。死刑にしろという世間の声の高まる中、ドノヴァンの弁護でアベルは懲役30年となり、裁判は終わる。やっと終わったと胸をなでおろすドノヴァンの妻。

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5年後、ソ連を偵察飛行中だったアメリカ人パイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズが、ソ連に捕らえられた。アベルを弁護中に、ドノヴァンが言っていたことが現実になったのです。再びこの交換交渉にドノヴァンのところに政府から依頼がきた。表向きはアベルが依頼人として交換交渉にあたるというものだ。そして政府交渉ではなく民間人として行うとの命令。現地にはCIAの男が1名同行するだけだった。この頃、東ベルリンは、住人の西側への流失を防ぐため壁の建設を始めていた。ドモヴァンはソ連大使館にいく途中、イエール大学のアメリカ人学生プライヤーが東ドイツの秘密警察にスパイと言い張られ、東ベルリンにとらわれていることを知る。現地のアメリカ大使館員から、ソ連側はハワードではなく、学生のプライヤーのほうを差し出してくる可能性があると告げられる。政府のほうは、国家秘密の情報を持っているパイロットを取り戻したく、学生のプライヤーは二の次でした。ドモヴァンは、プライヤーも同時に解放させなければ、彼は東ベルリンから出ることができないことを予見していた。

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ドノヴァンは、この国の現状を目の当たりにしながら、二人をアベルと、同時に開放させるべく、交渉を始めるが、相手側は探りを入れてか、交渉の相手が本当は何者かもわからないという状況のまま進む。そして先に東ドイツ側でアベルとプライアーの交換を取りつけることに成功すると、その後、ソ連でアベルとパワーズの交換交渉にも成功した。しかし、ソ連との交渉もしたことを知った東ドイツ側は、先に決めたプライアーの交換は行わないと言い出す。理由は、アメリカは共産圏である東ドイツを、国家として認めていなかったため、東ドイツは主権国家であるアメリカと取引することで、東ドイツを国家として認めさせる好機だと考えていたのです。ソ連と東ドイツ。同じ共産圏ではあるが、複雑な関係が垣間見えます。

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再び、東ドイツから連絡が入った。同行していたCIAの男ホフマンはソ連との合意を潰すと反対するが、ドノヴァンは再び交渉に出向く。東ドイツの要望は、1対1、1国間で交換をしたいという。つまりソ連側との交換をせずに、こちらの取引に応じよというものでした。話は平行線。簡単にはいきません。交渉中に席を外した相手は途中でいなくなり1時間待たされたあげく、出かけてしまった。そのことを伝えに来た秘書に、ドノヴァンは伝言を伝える。一か八かの賭けです。相手の心理を計算しつくした交渉。これが成功します。


ブリッジスパイという題名は、人質交換された場所が橋の上だったからなんですね。ソ連側のスパイ、アベルの人間性がとても魅力的に描写されています。そして、アベルを見送る、ドノヴァン弁護士が一人立つ情景は、静かで哀愁に満ちており、作品中で一番印象に残るシーンでした。

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アメリカに帰ったドノヴァンは、いつもの電車で通勤。彼を見る世間の目は一転。尊敬のまなざしに変化しています。ふと彼は窓から塀を乗り越える若者たちを見ながら、あの日見た、ベルリンの壁を乗り越えようとして兵士たちに射殺された人たちを想います。ベルリンの壁が崩壊となるのは、この人質交換が行われた時期から、約30年後のことです。これは、彼の功績を讃えるだけでなく、多くのメッセージも託されているのです。

ブリッジ・オブ・スパイ [Blu-ray]


[監督]
スティーヴン・スピルバーグ
[出演]
ジェームズ・ドノヴァントム・ハンクス
ルドルフ・アベルマーク・ライランス
フランシス・ゲイリー・パワーズ(アメリカ空軍中尉)オースティン・ストウェル
フレデリック・プライヤー(留学生)ウィル・ロジャース
メアリー・ドノヴァン(ドノヴァンの妻) エイミー・ライアン
キャロル・ドノヴァン (長女)イヴ・ヒューソン
ロジャー・ドノヴァン(長男)ノア・シュナップ、
ペギー・ドノヴァン(末娘)ジリアン・レブリング
ダグ・フォレスター(ドノヴァンの部下)ビリー・マグヌッセン
モーティマー・W・バイヤーズ(判事)デイキン・マシューズ
ウィリアム・トンプキンズ(検察官)スティーヴン・クンケン
トーマス・ワターズ・Jr(法律事務所のドノヴァンのパートナー) アラン・アルダ
ホフマン(CIAエージェント)スコット・シェパード
ヴォーゲル(ドイツ人の弁護士)セバスチャン・コッホ
ハラルド・オットー(東ドイツの司法長官) ブルクハルト・クラウスナー
オットーの秘書マックス・マウフ



[ルドルフ・アベル(本名ウィリアム・フィッシャー)]
00a4_2016102823131531f.jpg両親はドイツで革命運動に参加していた。1901年、夫妻はロシア人政治難民となりイギリスに移住。1903年にウィリアム・フィッシャーは生まれる。1920年、一家でモスクワに戻りウィリアムは通訳として働いた。その後、モスクワ東洋学大学インド分校に入校するも、召集され軍管区第1電信連隊に配属。除隊後は労農赤軍空軍科学研究所に入った。1927年、統合国家政治局に作戦係補佐として採用され欧州諸国で諜報活動を行った。モスクワ帰還後、昇進するが1938年解雇となる。解雇後、全連邦商工会議所、後に航空産業工場の仕事に移った。独ソ戦勃発後、破壊工作とパルチザン活動に従事する部隊に志願。このとき、後の彼の偽名となる「ルドルフ・I・アベル」と知り合う。ウィリアムはドイツ軍の占領地に派遣されたパルチザン及び諜報員のための無線手を養成した。第二次世界大戦終戦後、非合法諜報に復帰。1948年11月、原子力施設で働く者から情報を得るために、アメリカに渡り、自称画家、コードネーム、マイクとして活動。同年8月には具体的な成果を挙げ赤旗勲章を授与された。その後、ウィリアムを補佐するために、コードネーム、ウィックをいう男が派遣されたが、彼は素行が悪かったため、モスクワに戻されそうになる。すると、ウィックはアメリカ当局に自首し、ウィリアムの存在を吐露した。FBIは4年の歳月を費し、1957年にアメリカの核情報を探るスパイとしてマーク(ウィリアム)を逮捕した。ソ連はスパイ行為の関与を否定。ウィリアムは、自分が逮捕された事と自分が裏切り者でないことをソ連側に知らせるために、自身の名前を、死んだ友人の名前「ルドルフ・アベル」で押し通した。取調中、スパイ行為への関与を否定、裁判での証言を拒否、アメリカからの買収の申し出も拒否した。裁判では死刑判決が出るところを、ドノバンの弁護により禁固30年に減刑され、ニューヨーク刑務所、後にアトランタ刑務所に収監された。1962年、東西ベルリンの境界であるグリーニッケ橋でアメリカのU-2偵察機のパイロット、フランシス・ゲーリー・パワーズとスパイ容疑で拘留中であった留学生フレデリック・プライヤーと交換される形で解放。この際、ロバート・ケネディ司法長官から恩赦された。帰国後は、諜報部に復帰し、非合法諜報員の教育にあたった。1971年11月15日、死去。




★外部関連記事★

彼方の音楽/映画「ブリッジ・オブ・スパイ」 程よい重さの冷戦もの
ドノバンは保険専門の弁護士です。保険会社の代理人として、保険金の請求者と交渉するシーンが出てきます。「一回の車の事故で5人を怪我させた。これは一回の事故だ。5つの事故じゃない。だから保険金も1回分しか出せない」。ここで「one, one, one」とドノバンが言います。これは彼の口癖のようです。この口癖が、東ベルリンでの交渉での伏線になります。ドノバンが優秀な弁護士であるということを示しつつ、後の伏線にもしちゃう、もう一切無駄がない心憎い脚本です。





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